第四十一幕:もう私だけの殿方達に
ガギィィィン!!
二振りの白刃が合わさり、火花を散らした。
それを左右に居た群雄達は見ていて、上座に控えていた者達も同じく見ていた。
二振りの白刃は、火花を散らしたが徐に距離を保って互いに離れる。
片方は1尺3寸(39)cmの短刀だったが、その短刀の柄頭が中々に興味深い。
蕨の若芽みたいに渦を巻いており、糸などを巻いて滑り止めもされていた。
その短刀を持つ者は黒装束に身を包んで容姿などは分からない。
逆に2尺6寸(78cm)の大刀を振うのは、20になったばかりの娘だった。
限りなく黒に近い濃紺色の変わった鎧を纏い、反りが浅い片刃の剣を振っている娘の名は織星夜姫。
都内の大学に通う者だが、どういう経緯か・・・・・既に三国が出来上がり始めている異世界へと迷い込んだ。
ところが、今は織星夜姫であるが、織星夜姫ではない。
これが一体どういう事かは分からないが、一つだけ言える事は・・・・・・曲者と戦っている、という事実であろう。
「せいっ!!」
夜姫が気合いを入れた声を出して、剣を左手に持ち替えて右手を峰に当てた。
そのまま足を踏み込み右手で峰を押して相手を真っ向から斬らんとする。
この時、片足を引く事で半身となり相手の攻撃を退けられるようになっていたのは、まさに武を齧っている者なら「妙なる者」と称賛する動きだ。
曲者は頭上に襲い掛かる白刃を後ろに跳躍する事で退けたが、夜姫は振り下ろされた白刃を素早く上に向けると切り上げた。
空を切り裂いて股間を斬ろうと白刃が迫るも、曲者は逆に半身で避けると夜姫に突きを繰り出したではなか。
「あら、日陰者と自嘲する割には・・・・・・・やるじゃない」
夜姫がクスッと笑い、蝶の如く宙を舞って突きを退ける。
追えば出来たが、曲者は敢えて追わなかった。
ふわり、と着地した夜姫は再び右手に剣を持ち直して、月色の双眸で曲者を見る。
「中々の腕ね。でも、仕える主人が悪いわ。あんな妹の下では・・・・・・・悲しいでしょ?」
「・・・・・・それも、また我が身の宿命。貴女様と我が主人が嫌悪を抱き合う仲も宿命です。そして私は、貴女様のように己の力で道を築けぬ者」
ならば、我が身を悲しもうと意味など無いし、更に自分を陥れる行為でしかない。
「故に、私は悲しくありません。ただ・・・・貴女様---戦の舞姫、戦女神、と謳われた方と生死を賭した戦いが出来る事は嬉しく思います」
と言い、曲者は短刀を鞘に納めて、夜姫が渡した2尺3寸5分(71cm)の剣を抜いた。
やはり、と言うべきか。
それも片刃で反りは先反りだった。
あれならば徒歩戦でも振り易いだろう、と思われる作りだ。
「やっと使う気になった?」
夜姫が剣を平正眼に構えて聞くと曲者は剣を頭上に構えて頷いた。
頭上に構えるのは上段、と言い別名を「火の構え」と言う。
上段は面以外の防御が出来ないが、相手に与える威圧感はあるし、刀剣の長さを活かした攻撃---一番素早く打ち下せる。
ただし、先ほども書いた通り面以外が防御できないから多数で対決する場合は向かない。
同時に相手が格上では半ば勝負を捨て、捨て身とも取れるだろうが・・・・・・それこそ曲者の本心だった。
「我が主人は、貴女様を亡き者にせよとの事。ならば・・・・・・日陰者である私は一命を捨てても貴女様を殺さなくてはなりません」
故に面以外は全て捨てた上段の構えを取った、と曲者は言う。
まるで、己の意思を伝えんが為のように聞こえたのは気のせいではない。
「・・・・・・・・・」
これに対して夜姫は何も言わず、ただ剣を正眼から外して・・・・・・・・・刃を下に向けた。
刃を下に向けた事で全てが曝け出されてしまった。
要は「斬ってくれ」と言わんばかりだったが、皆はジッと固唾を飲んでいるが眼は生きていた。
特に上座の者達は「勝負あり」と最早、眼がいう始末だった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
どちらも無言だったが、徐々に距離を縮めて行く。
そして・・・・・互いの撃尺の間合いに入った。
日陰者が先に動いた上段から一気に夜姫の面を割らんと振り下ろす。
しかし、夜姫は突如として刃を動かして振り下ろされた白刃を・・・・・・・退けると日陰者の横へと移動する。
斬・・・・・・・・
吸い込まれるように白刃は日陰者の腹を薙いだ。
この時、夜姫は半身となっており・・・・・日陰者の刃は退かれる形となっていたが、日陰者が突如として短刀に手を伸ばす。
だが、その短刀は手に握られた・・・・・空しく手元から落ちて地面に突き刺さる。
「・・・・・・・・流石は、戦女神。やはり、私では勝てない」
力なく日陰者は笑う。
「ですが、貴女様の生命は頂きます」
徐に日陰者が夜姫に抱き付こうとしたが、それを夜姫は軽やかに避けると距離を取った。
突如として日陰者の身体が弾ける。
辺り一面に内臓などが飛び散り、群雄達---愛しき英雄たちは眼を見張るが、夜姫は何処までも静かに日陰者が居た場所を見ていた。
「・・・・・・・・」
その月色の瞳は、憐みとも任務を果たさんとして死んだ者への敬意とも・・・・・取れる眼差しをしていた。
ところが、鋭くなり左側を睨んだ。
「・・・・出て来なさいよ」
と言えば・・・・・・・・・・
「やはり所詮“捨て駒”程度の日陰者では、姉上は倒せませんか」
そう言って姿を見せたのは、夜姫と同い年くらいで赤い髪に水色の瞳をしており、夜姫とは対照的に金色と真紅を使った派手な鎧を纏っている。
腰には80cmほどの“ロング・ソード”と70cmほどの“ショート・ソード”を差して、左手には全長40cmの円形型の盾---“カエトラ”を持っていた。
カエトラは革製の盾だが、娘のカエトラは周りを金属で覆われており堅牢に仕上がっている。
この娘は一体・・・・・・・・・・・・
「久し振り、と言った方が良いかしら?」
「貴女に久し振り、と言われるのは反吐が出ます。でも、それが正しいでしょうね。姉上」
と赤い髪を持つ娘は夜姫に言い、愛しき英雄たちは「この娘が姫様の妹、か」と納得する。
ただし、夜姫とは違う雰囲気を持っており、間違っても「仕えたくない」と思ったが。
「何しに来たの?まさか、この日陰者とは名ばかりの・・・・・勇敢な者の死体を持ち返りに来た訳じゃないでしょ?」
「えぇ。こんな原形が無い死体を持ち返るほど、私は優しくないので」
娘は足元に転がっていた内臓の一部を無造作に踏み付けた。
「まったく・・・・・何をやっても日陰者は日陰者ね。たかが、一人の女を殺せないんだから」
「それを知りながら差し向ける貴女も貴女ね。おまけに袁紹に身を委ねるなんて、尻軽も良い所よ。そんなんだから私に婚約者を“寝取られた”のよ」
意地悪に夜姫が言えば、娘は水色の瞳に憎悪を宿して睨んだ。
「口を慎みなさい。彼は、一時の迷いで姉上に従ったに過ぎません。ですが、それも終わりです」
娘がニヤリと笑って夜姫を指差す。
「姉上、如何に貴女が足掻こうと・・・・・長安に居る私の駒には勝てません。貴女は、空しく躯を晒すんですよ」
「言いたい事は、それだけ?」
夜姫は涼しい顔で受け答えて、娘は更に顔を険しくさせる。
「皆、聞いて。この女は天の姫じゃないわ。本来なら私に傅く身よ。こんな女に仕えるなら、私に仕えなくて?悪い様にはしないわ」
今度は群雄達に娘は甘い言葉を吐くが、誰も答えようとしない。
「自分で自分の顔に泥を塗るなんて・・・・・本当に馬鹿な妹ね」
クスッ、と夜姫は笑い群雄達を見て断言した。
「この者達は、私の愛しき家族にして、恋しい臣下。そして貴女の元婚約者も同じ事よ」
どう?
良い殿方達でしょ?
「うふふふふ・・・・・もう私の物よ。私だけの、ね」
もう貴様の物ではない、と夜姫は高笑いをして言う。
「・・・・・精々、今の内に強がってなさい。後で泣きを見るわ」
娘は捨て台詞を残して姿を消したが・・・・・・・夜姫は「それは貴女の事よ。お馬鹿さん」と毒を吐いて何処までも涼しい顔で居た。
間もなく長安の戦いが始まる・・・・・・その少し前の出来事であった。




