第四十幕:限りなく黒に近い灰色から・・・・・・・・・・・・
甲冑に身を包んだ織星夜姫は上座に座り、集まった群雄達---愛しき英雄たち、と称した者達と軍議を始めた。
「先ず長安の現状を教えるわ。私が見た事、そしてフギンとムニン、閻象の潜り込ませた間者が調べた結果よ」
と夜姫は前置きをしてから・・・・・・パチンッ、と指を鳴らした。
すると、中央に長安の模型が出たではないか。
「これが長安。そして虹色が私達、灰色が袁紹、黒が民兵と呂布、紫が董卓よ」
夜姫は長安の模型に置かれた四つの色を皆に教える。
「現在、民兵と呂布は董卓を倒そうとしているけど、流石は堅牢な長安と董卓だけあって未だに攻め落とせてないわ」
そして自分が陣に戻って来た。
故に・・・・・・・・・・・・・
「今、私を殺さんと向きを変えているわ。フギンとムニンの報告だと、長安から出ている所よ」
董卓の方は・・・・・・・・・・・・
「逆に民兵と呂布を殲滅せんとしているけど、逆に私達と戦わせて漁夫の利も狙っているわ」
賢くて良い男ね、と夜姫は笑いながら灰色の陣---即ち袁紹を指した。
「そして袁紹。こちらは・・・・・・黒でも白でもない。つまり灰色。何を意味しているか、お解りいただけて?」
『御意』
群雄達---愛しき英雄たちは口を揃えて頷く。
灰色は黒でも白でもない。
つまり同盟こそ結んだが・・・・・・味方とも言い辛いし敵とも言い辛い訳だ。
しかし、袁紹の場合は違う。
「見ても分かると思うけど、袁紹の灰色は“限りなく黒”に近い灰色。つまり敵と考えて良いわ。まぁ、中々に骨があるから・・・・・・・少し灸を上げるけど」
夜姫は灰色の陣を指で押し潰して、チラッと前を見る。
愛しき英雄たちも眼を向けると・・・・・・前方から三人の男が近付いて来た。
真ん中の男は偉丈夫で左右を固める男は無頼な感じがするも・・・・・・・武将としては並み以上の雰囲気が醸し出されていた。
真ん中の男が袁術と腹違いの兄弟であり、元連合軍の総大将であり、今は袁術と同盟を結んでいる袁家の当主---袁紹である。
そして左右の護衛が顔良と文醜と言い、袁紹の片腕と言える武将だ。
「夜姫様、その御姿は・・・・・・・・・・・・?」
袁紹は夜姫の甲冑姿を見て眼を見開かせて、顔良と文醜に到っても同じだが彼等の場合は“武将としての
眼”も合わさっていた。
『繋ぎも結び目も無い。二枚の鉄板から作成されているな・・・・・・・我々の甲冑とは段違いだな』
甲冑は高貴な者などは自身の名を広めたり、目立たせる為に敢えて目立つ色や特徴のある奇抜な装飾を施している。
ところが、夜姫の場合は色よりも合理性に富んで更に実用性も高かった。
それを二人は一瞬で見抜いたのであるから、やはり武将としての格はあると言って良いだろう。
甲冑を見た後は武器に眼をやる。
『武器は・・・・・・我々とも違うな。鞘に入っている刀身は、何だろうか?しかも、右側にもあるな』
流石は2人ね、と夜姫は微笑んだ。
「一瞬で私の事を見るんだから」
『・・・・・ハッ』
二人は袁紹を左右に挟んだ状態で膝をつくと、夜姫に頭を垂れた。
「夜姫様、それで今なにをしているのですか?既に我が軍は何時でも出立できますが」
「これを見て分からない?」
模型を指差した夜姫に袁紹は「失礼します」と断りを入れてから前に行って、模型を繁々と見た。
「この模型・・・・・灰色は、その、あの・・・・・・・・・・・・・・・・」
「貴方よ。袁紹」
夜姫が冷たく言うと・・・・・模型から眼を離した袁紹はハッと顔を見上げる。
その眼前には・・・・・・・・鞘から抜き放たれていた白刃が向けられていた。
「袁紹、貴方には色々と助けてもらったし、劉備お父様の事もあるから感謝しているわ」
「それは、有り難く・・・・・思いますが、私が、一体なにを・・・・・・・・・・・」
「何を?あらあら・・・・・とぼけちゃって。分かるでしょ?貴方・・・・・・・私の妹と繋がっているでしょ?」
白刃の切っ先を向けつつ夜姫は聞いたが、これの場合は確認の為である。
「どうなのかしら?」
「つ、繋がってはおりませぬ!!」
袁紹は切っ先を向けられながら身の潔白を訴える。
しかし・・・・・・周囲の者達は何処までも冷たかった。
「なら・・・・これで少しは変わるかしら?」
フギン、ムニン。
と夜姫が言うと・・・・・・二羽の鴉の双眸が光って空中に映像を映し出した。
そこに映し出されていたのは・・・・・・・袁紹と赤い髪を持った娘が対話して、それから寝台に倒れ込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
袁紹は蒼白させて身体まで震えさせる。
「どうかしら?これを見ても潔白と訴えられる?」
夜姫が白刃を袁紹の首筋に当てた。
「や、夜姫様、私は・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は別に誰も寵愛してないわ。敢えて言うなら皆平等に愛しているわ。そして私でない女を抱いても別に煩く言わない。でも、貴方は嫉妬して、それを妹に付け込まれた。ここまでなら救いがあるし、情状酌量の余地もあるわ」
だが・・・・・・・・・・・・・
「間者を連れて来たのは・・・・・・頂けないわ」
そう夜姫が言えば、袁紹の背後から白刃が飛び出した。
バンッ!!
夜姫の白刃が飛び出した白刃を弾いて、顔良と文醜が袁紹を左右から挟んで横に飛ぶ。
すると、背後から白刃を持った者の姿が露わとなった。
全身黒尽くめで容姿などは分からない。
ただ、白刃の長さは1尺3寸(39cm)程の刃渡りだが、肉厚で重厚なフォルムだった。
「貴方ね?妹の回し者は」
夜姫が2尺6寸の白刃を正眼に構えて尋ねると、その者は無言で1寸の短刀を右手で構えた。
「・・・・我が主の命により、貴女様の生命を貰います」
「それは出来ない相談ね。でも、貴方・・・・どうして現れたの?戦場で殺した方が効率的で合理的でしょ?」
「・・・・・・貴女様は、我らのような“日陰者”でも眩しいのです。ですから、せめて死ぬ時は、と思ったのです。矛盾していますが・・・・・見ていて我慢できなかったのですよ」
「そう・・・・なら、名乗りなさい。日の陰に隠れた者よ。我が名は、織星夜姫。真名ではないが、我が名として覚えておくが良い」
夜姫が徐に李広、と呼んだ。
すると初老の老将が前に出て日陰者に何かを投げた。
それは2尺3寸5分(71cm)ほどの剣だった。
「流石に短刀では死んだ時に嫌でしょ?それを使いなさい」
「・・・・・・貴女様は、やはり噂・・・・・以上の方だ。我らのような日陰者にも名乗ったばかりか、私に剣を差し出すのですから」
薄らと日陰者の双眸が歪む。
「・・・死ぬ者に対して、手向けをしているだけよ」
「ありがとうございます。ですが・・・・・我が生命を賭しても貴女様の生命は頂きます」
それが我に与えられた命故・・・・・・・・・・
日陰者が1寸の短刀を片手にバンッ、と地を蹴り夜姫に襲い掛かるが・・・・その左腰には投げられた剣が差してあった。
何故・・・・大刀を抜かない。
と英雄たちは首を傾げるが、夜姫の構えにも眼を向けた。
「・・・・・・・・・・」
夜姫は正眼---刀身を真っ直ぐにしていたが、それを平にして構えた。
いわゆる“平正眼”という構えだ。
相手からは剣先しか見えず、突いて退かれようと刃が水平ゆえに・・・・・・・相手を斬れる、という訳だ。
刹那・・・・・・・・・・・
日陰者が短刀で鋭い突きを繰り出したが、逆に夜姫も平正眼から突きを繰り出した。
その刹那に・・・・・・・・白刃が連続で交わりを始めたのである。