第三十九幕:愛しき英雄たちと戦女神
今回は甲冑を着た所まで書きました。
次から、どう攻撃するかなどを書きたいと思います。
袁術と袁紹が同盟を結んで、更に長安においては民兵と五原騎馬軍団が董卓軍と戦っている、という混沌の坩堝と化しているのが長安だ。
しかし、その長安を目指すように袁術と袁紹の両軍は戦支度をしている。
「良いか?今回の戦いで董卓と雌雄を決する。油断するなよ?」
雑兵達の周りを武将格の者達が回り声を張り上げて言う。
「今回の戦いには、我らの姫君も出陣するようだ。皆の者!気を引き締めて掛るぞ!!」
『応!!』
と、雑兵達は頷いて武具の手入れを念入りにする。
それは武将格の一人が言った“我らの姫君”を護らんが為だ。
この娘は天から降りてきた姫で、自分達を都へと誘う存在である。
何処に居るのだろうか?
嗚呼・・・・・あそこか。
兵達の中を潜り抜けて、更に奥へと行けば天幕が在り・・・・・そこから声が聞こえるではないか。
『はぁ・・・・・これを着るのも懐かしいわ』
と天幕越しに声が聞こえてきて、同時に甲冑独特の音が聞こえる。
声からして、まだ二十になった位だろう。
『姫様の鎧って、私達の知っている鎧とは違いますね』
『そうよね。でも、何か格好良いです』
と別の娘二人の声もした。
恐らく中に居るのは女三人だろう。
『この鎧は私が経験から導いた鎧で・・・・私の育ての親が手掛けてくれたの。だから、これだけは絶対に失いたくないの』
と鎧を着ているであろう娘は沈痛な声を出した。
『でも、戻って来たわ・・・・・大事な鎧が』
『・・・・・・・・・』
娘の独白に二人の娘は無言だったが、直ぐに動いたのか何かを持つ音が聞こえた。
『姫様の剣って変わってますね』
『確かに、私の父とかは両刃だったわね・・・・・・・・』
『ああ、これは私が戦で経験から考えた物よ。まぁ、もう一人の近衛兵が最初に考えたんだけど、ね』
と鎧を着ている娘は言い、天幕の入り口に向かう音がした。
バサッ、と天幕を左右から閉じていた布が開けられて中から・・・・・・・一目見れば忘れない戦女神が現れて皆の眼が集中する。
その娘は黒に近い濃紺の鎧を纏っていたが、他の鎧と違っていた。
胴が一枚の鉄板で出来たように繋ぎ目が表面に見られない。
肩当ては長方形だが、左側は丸くて動き易いように見える。
籠手は腕から手の甲まで繋がっており、丈夫な布地に鉄板を縫い付けていた。
親指の部分は独立して他の指部分は露出しており自由度がありそうだった。
下の方はスカート状だが、脛と足を護る脛当てなどは付けている。
そして兜は真ん中に龍とも虎とも見える・・・・・様々な動物が合わさった怪物の飾りがあって、その怪物の翼は上に伸びていた。
差し詰め・・・・・・戦乙女と言われるワルキューレの兜をモチーフにしたのだろうが、この時代に北欧神話を知る者は居ない筈だ。
つまり・・・・・彼女は知っているのだろう。
しかし、その彼女の腰に差してある武器も眼を引く。
黒漆を柄から鞘---金具まで塗り込めた拵えである。
柄の部分には糸巻きがあり、更に漆を塗り込めた事で滑り難く堅牢になっていた。
長さは二尺六寸(78cm)で反りは浅いがある。
臍辺りに差してある短刀は凡そ1尺6寸(48cm)と言った所で、大刀の代わりにしているのかもしれない。
何とも仰々しい格好だが・・・・・・何とも美しくもあり、そして神々しい姿であろうか。
流れるような銀と紫の髪は腰まで伸びていて、白い肌は鎧などで見えないが顔は何処までも美しく魅了して止まない。
そして何人にも屈さず・・・・・何人も膝をつくであろう威厳がある月色の瞳が・・・・・・・・・・・
「相変わらず鎧姿が似合いですね。我が姫君」
一人の男が娘の前に現れた。
白銀と漆黒を主にした鎧を纏っており、作り等が娘の鎧と似ていて端正な顔立ちと落ち着きある年齢が何とも女心を擽りそうだ。
現に天幕から現れた娘二人など・・・・・直ぐに見惚れているのが良い証拠である。
「貴方も鎧姿が似合っていてよ。それで他の者達は?」
娘は月色の瞳を細めて男に尋ねた。
「既に皆、集まっております。後は姫様の到着を待つのみですが、ここは近衛兵の長として貴女様を導かんと思い参上仕りました次第であります」
片膝をついた男は娘が通る道の横に移動した。
「それなら・・・・・行くわよ」
娘が侍女らしき二人を引き連れて歩くと、男は少し遅れて後を追って娘の右側を歩く。
左側に立てば直ぐ様、剣を抜けるが右側では逆となる。
つまり男は「私は貴女に敵意を持ちません」という事を言いたいのだ。
同時に敵が来れば、直ぐに娘を護れる為の意味もあるだろう。
そういう雰囲気が男の身体全体から放たれていたのが良い証拠である。
「ハンニバルは何か言っていた?」
娘が男に・・・・・・世界史でも五指に入る戦術家の名を口にして尋ねた。
「特に。いえ・・・・ここは姫様に命令されたい、と思っているのですよ」
彼の男なら直ぐに大軍の陣形を如何に崩して奥深く行くか・・・・・・考えているだろう。
しかし、それは既に娘が考えた陣形だ。
ならば・・・・・師に花を持たせるべき、と考えたに違いない。
「貴女様の弟子だけあって皮肉屋ですが、性根は貴女様に惚れ込んでおります故に・・・・・・・・・」
「あら、何だか妬いている口調ね?」
男の口調に娘は愉快そうに笑いながら答えた。
「否定はしません。かつては貴女様の寵愛を一人占めした、と言っても過言ではなかった身ですから」
「今でも貴方は寵愛しているわよ。でも、それは皆も同じ事よ。私は皆を愛しているの」
「存じております。我が姫君」
と男は娘の言葉に頭を垂れて、侍女二人に話し掛ける。
「そなたら二人は、陣に残り我々が帰って来るのを待つが良い」
『は、はい』
二人は首を後ろにやり、男を上目遣いに見て頷く。
「中々に可愛らしいな。いやはや、もし戦場でなく、何処ぞの街か、或いは草原、そうでなくても宮廷で会っていれば、是非とも茶の誘いをしたい所だ」
と男は言い、二人は無言で顔を赤くした。
「あら、暫く会っていない間に随分と女を口説く言葉が上手くなったじゃない」
先頭を歩く娘が皮肉気に言えば、男は微苦笑した。
「貴女様が自然と男を口説くように私も言ったまでです。それに・・・・・この程度で嫉妬するほど貴女様は“安い女”ではありますまい」
「あら、言うわね。でも、正解よ。私は“一定の価値”がある女。別に高い女とまでは言わないわ」
「一定の価値とは中々ですが、貴女様は桁違いに高い女ですよ」
と二人は昔馴染みの如く会話をして、侍女二人は蚊帳の外に追い出された気分になったが、こればかりは仕方ないと諦めたように嘆息する。
そして袁術の天幕---と言っても、既に群雄達は外に出て腰掛けに腰を下していた場に到着した。
しかし、甲冑に身を包んだ娘に仕える者達は、直立不動で立っていたが。
娘が来ると、群雄達は腰掛から立ち上がり一歩下がると、片膝をついた。
当然と言わんばかりに娘は群雄達の間を通って上座の方へ行き用意された腰掛けに腰を下す。
これを見てから改めて群雄達も腰掛けに再び座った。
「遅くなって悪かったわね。ちょっと太ったのか・・・・・キツかったの」
と娘は言い、群雄達は何と言えば良いか分からない顔をした。
「少しは笑いなさいよ」
『そう言われましても・・・・・・・・・・・』
群雄達は何と言えば良いか分からない顔をしたが、娘は微苦笑して謝罪した。
「嗚呼、良いわ。少し悪ふざけた過ぎたわ。それでは改めて・・・・・・・軍議を始めましょう。“我が愛しき英雄達”よ」
『御意に。我らが姫君---織星夜姫様』
・・・・・・そう群雄達は上座に座った甲冑に身を包んだ娘---夜姫の名を口にした。