幕間:長安の攻防
今回も幕間で、次話から戦いを描きたいと思います。
夜も深くなった長安だが、その長安は昼間のように明るくて騒がしかった。
ワー!ワー!ワー!!
大勢の人間が威勢よく声を出しては、手に松明と武器---鍬、鎌などを持ち何かに向かって突っ込んで行く。
そして彼等を先越すように馬に乗った武将たちが進んで行った。
旗を掲げて馬に乗る武将に集中すれば・・・・・旗が誰の物か分かる。
あの旗は・・・・・・・・・・五原騎馬軍団だ。
騎馬民族出身と謳われる“二代目飛将”の呂布が率いる軍団で、その名は呂布と共に隣国に広まっているほど戦が強い。
しかし、そこに呂布は居なかった。
「進め!!」
先頭を走る呂布より少しばかり年下だが、見る限り偉丈夫な武将である。
左手で手綱を握り、右手には柄が長くて身幅が広い刃---青龍刀を握っていた。
色は他の者に比べると地味な紺色であるが、誰よりも目立っていたのは彼の偉丈夫振りと勇敢と思える坑道からだろう。
先陣を切るのは古来より最高の名誉だが、死ぬ確率が高いのも事実である。
その先陣を彼は切っており、他の者を率いているから凄い。
「進め!敵は目前だ!!」
青龍刀を振り翳して男は言うが、その目前には巨大な建物---城と門があった。
あの門を越えれば、こちらの軍---五原騎馬軍団と民達の兵---民兵団が侵入できる。
そうすれば、後は数の大波で全てを飲み込んで・・・・・・詰みだが、男は先陣を切りながらも「果たしで出来るか?否、出来ない」と思っていた。
長安は洛陽よりも堅牢だし、しかも、自分達が攻める方だ。
古来より城などを攻める時、自軍は敵軍の三倍は兵力が必要と言われている。
所謂“攻撃三倍の法則”というヤツで、少なくとも三倍以上の兵力を擁していたが、民兵団は烏合の衆であり戦経験は無い。
つまり・・・・・・・五原騎馬軍団で戦う、と言って良いのだ。
しかも、自分達が先陣を切るなら損害は免れないだろう。
それでも男が先陣を切っているのは、他でもない・・・・・・・呂布の命令を受けたからだ。
『董卓の首を刎ねろ。断じて民などに刎ねさせるな!奴等を思い上がらせるな!!』
と、厳命されたからだ。
厳命した呂布は参加していないから酷い話だが、男にとっては関係ない。
『私にとっては任じられた事に全力を注ぐのみだ!!』
青龍刀を握る男は、心中で自分に言い聞かせると馬の手綱を握り締めて門へと前進したが・・・・・・・
「むっ!?」
夜の空を切り裂く鋭い音を耳にして、青龍刀を右手だけで振る。
何かが折れて地面に落ちた。
矢であったが、その矢は一本だけではない。
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
立て続けに到る所から矢が雨霰の如く降り注いできた。
「ちっ!円周防御!!」
男は暴れそうになる馬を落ち着かせて青龍刀で矢を叩き落とす。
部下達も習うが、何人かは矢の餌食になり地面に倒れ込む。
そして武の心得が殆ど無い民兵は・・・・・・・・・・
『ぎゃあああああ!!』
瞬く間に矢の餌食となり、我先にと逃げ出し始める。
「怯むな!我等には天の姫が居る!今こそ悪逆非道の董卓を倒して、返す刃で偽者を殺すのだ!!」
遥か後方で男の怒鳴り声が聞こえた。
民兵を指揮する男だ。
彼の放った言葉---天の姫が居る、という言葉に奮い立たされたのか民兵たちは再び向きを変えて走り出した。
それに押される形で五原騎馬軍団も走り出すが、城門には長柄の槍を持った兵達が並んでおり前へ突き出すように配置されている。
長柄の槍を水平に並べて・・・・・突っ込む者達を容赦なく突き殺す“槍衾”であった。
“流石は董卓。騎馬の殺し方を知っているな”
誰かの声がしたのだが、その声は騎馬の放つ蹄音と民兵の怒声などで掻き消された。
“槍衾、か。これを見たら姫さんも眼を丸くするだろうな”
この手の方法は騎馬隊などを始め・・・・・・殺すには打って付けだ。
おまけに二間半---4.5m以上もある槍なら勢いよく“しなる”から叩きつけて相手を殲滅できる。
逆に長柄の槍を倒すには、長大な剣などを持たせて力任せに斬り続けて行くしかない。
もしくは自分達も同じ物を持つ事だが、この技術は普段から武に集中した者でしかできないのが欠点だ。
つまり兵農分離が出来ている者にしか出来ない。
しかし、董卓は・・・・・やってみせた。
馬たちの断末魔が夜に響き渡る。
見れば何頭かが・・・・・・武将ごと槍衾の餌食になっているではないか。
そして城門から槍を持った兵などが飛び出して、一気に槍を振り上げて叩き付ける。
五原騎兵団と民兵団は叩きつけられた槍に押されたが、その隙間を見て突撃する果敢な者も居た。
ただし・・・・・・・その者も矢の餌食になる運命だった。
『引けぃ!ここは引くのだ!!』
青龍刀を握って先陣を切った武将が五原騎馬軍団に命令する。
すると、五原騎馬軍団は馬を翻して後退した。
逆に民兵団は「逃げるな!!」と怒鳴り、五原騎馬軍団を襲う者まで出た・・・・・・・もっとも、訓練された者と、されていない者では圧倒的に実力の差があり容易く退けられたが。
五原騎馬軍団が退くと民兵団は、否応なく正面から城門から出て来た兵達と戦う羽目になるが、運よく後退を意味する太鼓が鳴った。
『引けぃ!引けぃ!!』
先ほどまで突撃しろ、と口煩く叫んでいた男が一転して後退と叫ぶ。
しかし、ただ後退するだけでは気が済まないのか・・・・・・・・・・・・
『悪逆董卓は死すべし!偽者も死すべし!!』
と捨て台詞を言った。
“はははははは・・・・・董卓が悪逆なら、お前等は下劣だ。そして姫さんは偽者ではなくて、元から治める都が違うんだよ”
また誰かの声がした。
その声は民兵団などを蔑む声を出して、後退した民兵団を見るような口調になった。
“さぁて・・・・・・姫さんは、もう一人の姫さんと会話したから覚醒は順調だな”
つい先ほど織星夜姫は、夢の中で転生前の自分と対峙して会話をしていた。
本来なら転生すれば、もはや赤の他人となるが・・・・・あの娘は違う。
何故なら自分達が仕組んだからに他ならない。
しかし、決して悪い事ではない。
本人の意向を無視したのは悪いかもしれないが、結果を言えば・・・・・・・あれで良かったのだ。
転生した夜姫では虫さえ殺せないし、精神的にも脆い面がある。
これから先は更に辛くて険しい道のりだから・・・・・今のままでは確実に押し潰されてしまう。
そこを考えて転生前の夜姫は、敢えて転生した後の夜姫と対峙したのだろう。
いや・・・・・そうではないな。
“もう男絡みで失敗したくないんだろうな”
因果な話だが、転生前も後も・・・・・・夜姫は男で痛い目に遭っている。
どちらも口では言い辛い事に遭い、それが元で消える事が無い傷痕は残った。
ただ、違う点を敢えて挙げるならば・・・・・・・・・・・・・・
“転生前の姫さんの場合は八つ裂きにしたが、転生後の姫さんには・・・・・・・・・・何も出来ていない、だな”
転生後の織星夜姫を傷つけた男は、今も生きており夜姫の事など覚えていない。
寧ろ人生の春を謳歌していたから腹立たしい事この上なかったが・・・・・・・・・・・・・
“待っていろよ?色男・・・・・・何れ姫さんは、戻って行く。しかし、再び会っても姫さんは靡かないぞ”
何故なら、その時には・・・・・・・・・・・・
“既に姫さんは、昔の男と思っているからな。へへへへへ・・・・・かつて好意を抱いた女が冷めた眼つきで見られたら狂うだろうな。まぁ、それこそ最高の肴になるんだけどな”
我らが饗宴の肴には・・・・・・・・・・・・・・