幕間:もう一人の自分
今回は夜姫と、もう一人の夜姫---即ち今の夜姫について少しばかり説明などを書いてみました。
袁術の陣で開かれた宴は、夜遅くまで続いたが・・・・やっと灯が消された。
そして大勢の群雄達が顔を赤くしながら出て来たではないか。
皆、酒を飲んだ為か赤いが、足取りはシッカリしている。
同時に眼も据わっていた。
『良い宴であったな・・・・・・・』
一人の群雄が言えば、残りの者は頷いた。
『あぁ、あんなに楽しい宴は初めてだ』
『近い内に戦となるが・・・・・例え死んでも悔いは無い』
『うむ。仮に死んでも姫様が都へ連れて行ってくれるのだ』
『どのような都であろうと・・・・我らは既に姫様の御身に勝利を約束した』
ならば、死んでも戦い続けるまでだ。
何れ姫が都へ連れて行ってくれるのだから・・・・・・・・・
そして群雄達は足を止めて、既に暗くなった天幕---姫が寝ている天幕を見る。
『どうか・・・・・良い夢を。我らが姫君』
と頭を下げてから、それぞれの天幕へと下がった。
袁術の陣で開かれた宴の主催者は、天の姫---と呼ばれる織星夜姫だ。
その娘だが、既に天幕に戻り寝ていて臣下達は外の周りを囲むように直立していたり、静かに会話をしている。
何者かは、簡単ながら説明された。
近衛兵の長は伝説の武将にして初代漢王朝の皇帝---劉邦の宿敵である西楚の覇王と謳われた項羽。
副将は元祖「飛将」の名で異民族に畏怖された李広。
そして夜姫の弟子であるカルタゴの将軍というハンニバル・バルカ。
ハンニバルの敵にして、弟子でもあるローマの将軍と言われる大スキピオ。
董卓の将だったが、夜姫の臣下となった文秀。
ここまでが人の形をしている臣下である。
次は動物だ。
漆黒の狼であるフェンリル。
蛇であるが神をも殺す毒を持つヨルムンガルド。
二羽で行動するフギンとムニン。
この人間五人と動物三匹が天幕を囲むようにしている為、先ず近付く事も不可能と思って良い。
しかし、その天幕の中に入れば・・・・・・・・・・・・
三人の娘が眠っていた。
先ず左右に侍女らしき二人の娘が簡素だが土台のシッカリした寝台で寝て、一人は豪華な寝台の上でスヤスヤと眠っている。
豪華な寝台の上で寝るのが織星夜姫で、土台のシッカリした寝台で眠っているのが侍女の朱花と翆蘭だった。
この朱花と翆蘭だが、寝る前に主人である夜姫より変な事を言われた。
『今度、目が覚めたら今の私か、本当の織星夜姫かは分からないわ。まぁ、直ぐに私に戻るかもしれないけど』
と意味あり気ながらも理解し辛い事を言われたのである。
殆ど理解できなかった二人を尻目に夜姫は寝てしまい、二人も「明日になれば分かるでしょう」と簡潔に結論付けて寝たのだ。
もし、これを老将であり元祖飛将の李広当たりが聞けば・・・・・・・・・・・・・
『侍女ともあろう者が主人の言葉を理解せずに寝るとは言語道断!!』
と髪を逆立たせて小一時間以上は正座して説教するだろう。
話を戻すと、夜姫はスヤスヤと眠っていたが・・・・・・どんな夢を果たして見ているのだろうか?
それが気になって仕方ない故に・・・・・・・・・・その夢を見るとしよう。
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「ここは、何処?」
何処か分からない。
暗くて・・・・・・周りが見えない場所に織星夜姫は居た。
だが、その容姿は元の容姿---茶色の長い髪を腰までストレートに伸ばして、肌が白く黒に近い紺色の瞳と言う・・・・・・・これと言って特徴が無い容姿。
「戻ったのかしら?」
自分の容姿が変わったのは、劉備の言葉で解かっていた。
しかし、一体どうして・・・・・・・・・?
『こんばんわ。もう一人の私』
声がして振り返ると、そこには同い年だが自分とは比べられない程に綺麗な娘が居た。
銀と紫の色を絶妙に混ぜた髪色、雪のように白い肌、そして見る者を跪かせる月色の瞳・・・・・・・・
「あの、貴女は・・・・・・・・」
『私は貴女。そして貴女は私よ。まぁ、一言で言うなら・・・・・生まれ変わる前の貴女よ』
と、娘は言い手甲を填めた右手で髪を梳く。
「生まれ変わる前・・・・・・じゃあ、輪廻転生?」
茶色の髪の夜姫が問えば、娘は梳いていた髪を揺らして答えた。
『えぇ。私は、転生して今の貴女になったの。でも、記憶が・・・・・・時々だけど頭に浮かぶでしょ?』
「じゃあ、あの夢は、かつて私が・・・・・・・・・」
『経験した事よ。本当なら転生すれば、転生前の記憶とかは無いんだけど爺達が残したの』
何時の日か・・・・必ず見つける為に。
「・・・・そうだったんですか。じゃあ、時々だけど私の意識が無かったのは貴女が動いていたから?」
『えぇ。でも、私は転生する前の存在。だから、何れは貴女と一つになるわ』
「私と?あの、どうやって?いいえ、その前に・・・・・・この世界は、何処なの?」
自分が知らない三国志の世界、とは何となく分かるが・・・・・・・・・・・・・・
『ここは、異なる世界。言わば、パラレル・ワールドよ。ここに来たのは、一言で言えば運命なの』
あの劇団に遅くまで残り、そして衣服を纏ったのも・・・・・・・・・・・・
「そう、ですか・・・・・・あの、それで元の世界には・・・・・・・・・・」
『戻れるわ。でも、まだ先なの。だけど、皮肉な運命ね。貴女と私・・・・・どちらも左手に“傷痕”を残しているんだもの』
「!?」
夜姫は慌てて左手を右手で庇う。
『驚かないで。私の同じようにあるの』
「貴女、にも?」
『えぇ。私、両親は居たけど・・・・・愛されなかったの。そして愛した男にも裏切られたわ。よりによって妹の息が掛った奴だったから情けないわ』
恋は盲目と言うが、眼前の自分---転生する前の自分も同じようだ。
それは自分も同じだ。
「・・・・・私も両親が居ないわ。愛した男も・・・・・・私ではない別の女性を取ってしまい、私の前から去ってしまったわ」
あの男が果たして何処に居るのか・・・・・・それは分からない。
ただ、気が付けば自分は生きており、男は何処かへ去った後だった。
『本当・・・・転生する前も転生した後も男には苦労するわね。だけど、大丈夫よ。もう・・・・・あんな男には、決して出会わないわ。仮に再会しても貴女の周りには、私の臣下であり家族が居るもの』
それに、と転生する前の自分である娘は微笑んだ。
『貴女には、必ず出会える男が居るわ。私にも居たように・・・・・・・・・・・』
「でも、さっき貴女・・・・・・・・・」
『えぇ、男に裏切られたわ。でも、その方は違うの。特に取り得は無いし、従兄弟の影に隠れていて、何処か情けない所があるわ。だけど、そんな所を補うだけの魅力があったの』
その男性を喋る時の娘は・・・・・・・・心から愛した男を思い出す女の顔そのものだった。
「・・・・・私にも出会えるかしら」
もう恋愛なんて御免だ、と夜姫は思っていたが・・・・・・このような言葉を聞くと、どうしても羨ましく思ってしまった。
『言ったでしょ?必ず出会えるわ。そして貴女も彼も互いを好きになるわ』
何故なら・・・・・・・・・
『貴女は私。私は貴女。だから、きっと出会って好きになるわ。向こうも必ず貴女を見つけて好きになってくれるわよ』
その時こそ・・・・・・・・・・
『私と貴女は一つになるわ。初めて私と貴女は本当の意味で織星夜姫になり、都に帰れるわ』
「都・・・・・・その都って」
最後まで言う前に娘が人差し指で自分の唇に当てた。
『しぃ・・・・言わないの。女は秘密というヴェールで美しさを保つのよ。それに誰に聞かれるか分からないわ』
「ご、ごめんなさい・・・・・・・・」
夜姫は慌てて謝罪して口を抑える。
『良いのよ。貴女は私なんだから。まぁ、今夜は・・・・これ位で終わりにしましょう。嗚呼、それから暫く貴女の身体を借りるわね』
これから自分は戦をするのだ。
『まだ貴女では、荷が重いの。でも、覚えておいて。貴女は私なの。だから、貴女にも私のような事が出来るわ。いえ・・・・・しないといけない日が来るわ』
「・・・・・覚えておきます。出来るなら、訪れて欲しくないですけど」
と本心で夜姫が言えば、娘はクスッと笑った。
『正直ね。私も正直だけど・・・・・・じゃあ、御休みなさい。もう一人の私』
「えぇ、御休みなさい。もう一人の私」
互いに眠りの言葉を言えば・・・・・・・・・どちらと言わず双眸を閉じて意識を手放した。
これが・・・・・織星夜姫という人格に大きな影響を及ぼしたのは、後になってから判明するが、今は安らかにして穏やかな夢を見ん事を願おうではないか。