第三十五幕:姫君の天幕と主人の嫉妬
すいません、今回は袁紹などを主にしました。(汗)
また、ここ最近は更新が遅れた事も重ねて申し訳ありません。
袁術の陣に設けられた天幕に料理と酒などを持った者達が何度も往復しているのを・・・・・少し離れた場所に陣を構えていた袁紹の兵達は訝しんだ。
「おい、さっきから何か袁術様の天幕に・・・・・・料理と酒が多く運ばれてないか?」
松明という頼りない明かりだけで、袁術の天幕を見ていた兵士は隣の兵士に聞いた。
「だな・・・・というか、楽器まで持って行くぞ」
見れば、楽器まで持って行く所が見えた。
「もしかして、宴か?」
「かもしれないな・・・・・・・・・・」
長安と向き合う形で宴をするなど、と思うが・・・・・・有り得なくないような感じがした。
言わば勘だ。
そうなると、これは報告しないといけない。
ここに配置されたのも主人の袁術から直々に命令されたからだ。
『もし、袁術の陣で何か見たら報告しろ。些細な事だろうと構わず報告しろ』
というのが袁紹の命令で、下手に報告しないと後が恐い。
ここ最近の袁紹は明らかに変だったからだ。
以前に比べると苛立つ姿が多くて、ちょっとした事にも怒鳴り散らす事が多々ある。
ここで報告しなければ叱咤されるのは眼に見えているから・・・・・・・・二人の内一人が直ぐに袁紹の天幕へと向かった。
袁紹の天幕に行けば、袁紹は一人で酒を飲んでいた。
以前なら有り得ない光景だったが、今では見慣れた光景でしかない。
「夜姫様に何かあったか?」
ジロッ、と酒に酔った眼が兵士を射抜く。
「何か、料理と酒が大量に持ち込まれています」
「酒と料理が?他には?」
「楽器なども持って中に入る所が見えました」
出来るだけ見た事を袁紹に伝えた。
下手な事を言えば逆鱗を買うのは経験しているからだ。
「他には?」
酒の杯に酒を注ぎながら問い掛けて、袁紹は杯を煽った。
乱暴に煽った為、酒が口から漏れて服を濡らすが関係ないように注ぐ。
「今の時点では、ありません。ですが、何か行うと思われますが・・・・・・・・・」
「それくらい知っている!貴様等は言われた通りに見ていろ!!」
袁紹が突然に怒鳴り、兵士は慌てて一礼して天幕を出た。
しかし、直ぐに先ほど残った兵士が入れ替わる形で天幕へ向かう。
「おい、気を付けろ。今・・・・・酒を飲み過ぎて気が荒いぞ」
擦れ違い様に小声で言えば、その兵士は気を引き締めたように天幕の中へと入って行った。
そして兵士は先ほどの場所に行って、地面に突き立ててあった松明を取り袁術の天幕を見る。
「ん?」
松明の明かりで兵士は、天幕から誰かが出て来るのが見えた。
いや、松明が無くても・・・・・・その者は自ら光を放って自分の存在を知らせていた。
「あれは、夜姫様」
松明の明かりと自ら放つ光で兵士の双眸には・・・・・袁紹を始め多くの者を虜にしている織星夜姫と分かった。
その彼女に従う二人の侍女らしき者が居て、何処かに向かっている。
何処へ?
双眸で追い掛けると袁術の天幕から少し離れた方に設けられた天幕に三人は入って行った。
「おい、何か変わりはあったか?」
と声を懸けられて慌てて振り返ると、酒を飲んだ火照った身体で現れたではないか。
「あ、はい。ありました」
「何があった?!」
袁紹は酒に酔った勢いに任せて兵士に詰め寄る。
「や、夜姫様は侍女らしき二人を連れて、直ぐ隣の天幕に入りました!!」
揺さ振られながら兵士が答えると、袁紹は酒で歪んだ双眸---いや、酒以外で歪んだ双眸で天幕を見る。
袁術達が居るであろう天幕は明かりが点いているが、隣の天幕は余り明るくない。
しかし・・・・・・・袁紹には見えた。
『見える・・・・見えるぞ!あそこに夜姫様が居る!!』
先日、言われた通りだと袁紹は思う。
夜姫の妹を名乗る娘から力を与えられて・・・・・・夜でも良く見えるし、身体中から力が湧いて来る。
『これで夜姫様を物に出来る。もう、あの方を奪う者は誰も居ない!私だけの夜姫様になってくれる!!』
袁紹は薄笑いをして、兵達に命令した。
「これより夜姫様の陣に行くが、貴様等は兵を何時でも動かせるようにしておけと顔良、文醜の両名に伝えておけ」
『殿、それは止めた方が良いと思われます』
兵達の背後から袁紹の腹心---顔良、文醜の両名が現れて進言する。
「何故だ。今、夜姫様は侍女と居て、袁術達は居ないのだ。今こそ私の言葉を・・・・・・・・・・」
「お言葉を返すようですが、夜姫様が侍女と一緒に行ったという事は何かある筈です」
「左様。おまけに・・・・ここからでも天幕を兵達が護っておるのが見えましょう」
二人は袁紹の言葉を遮り、現状を把握しろと伝える。
以前なら・・・・・・こんな事を言う必要など余り無かったが、ここ最近は夜姫の事ばかり話して袁術から如何に奪うかなどを話している。
要は夜姫の事で頭が一杯、と二人は考えている訳だ。
こうなっては・・・・・自分達が止めないと、また失態をやらかしてしまうのは火を見るより明らかだったこそ進言したのだろう。
「兵達が何だ?私は同盟軍で袁家の当主だぞ。雑兵など壁にすらならん」
「ですが、ここは少々お待ち下さい。何かあるなら向こうから連絡が来る筈です」
「そうでなければ、先ずは我らが行って事の次第を聞いて参ります」
二人は腰を折って出来るだけ刺激しないように袁紹に言い、それを黙って袁紹は聞いていた。
やがて・・・・・・・・
「・・・・そこまで言うのならば、行って来い。ただし、長居はするなよ」
『御意』
袁紹の言葉に二人は頭を垂れて、その場から離れて袁術の陣へと徒歩で向かう。
「我が兄弟よ。殿は・・・・・最近、変わられたな」
文醜が言えば、顔良は神妙な顔で頷く。
「うむ。夜姫様の事で頭が一杯なのだろうが、どうも・・・・・・それだけではない気がする」
確かに、と文醜は義兄弟の言葉に相槌を打つ。
「とは言え・・・・・我らは殿に仕えるのみだ」
「そうだな」
文醜と顔良は頷き合い、袁術の陣に足を踏み入れた。
直ぐに兵士が来て「何か?」と聞かれたが、二人は落ち着いた声で答える。
「夜姫様に用がある」
「我が主人---袁紹様の命だ」
と言われて兵達は下がるが、どうも怪しんだ顔だった。
やはり先日、袁紹が一人で来た時に何か問題を起こしたな、と二人は勘づいたが敢えて顔には出さず自陣から見た夜姫の居る天幕へと向かう。
『誰かしら?』
天幕の手前で中から綺麗な声が聞こえて、二人は足を止めて片膝をついた。
「文醜です」
「顔良です。姫様、少々よろしいでしょうか?」
顔良が言えば、天幕から「少し待って」と返ってくる。
『今、着替えているの。それとも見に来る?』
『姫様、そのような事を・・・・・・・・・』
『というか、私達も着替えているんですから』
夜姫以外の声も聞こえてきたから侍女だろう、と二人は思いながら・・・・・・・・・・・・
『恥ずかしながら姫様に余計な真似はするな、と我が主人より言われているので』
袁紹に言われた事を、そのまま口に出した。
最初は名を出さないように、と考えたが・・・・・夜姫は自分達の考えなど直ぐに見透かすと理解していたから意を決して主人の名を出したのである。
『もう袁紹ったら嫉妬深いわね。だから・・・・・私の妹に誑し込まれるのよ』
私の妹・・・・・・・?
二人は顔を見合わせたが、それから間もなく「どうぞ」と言われて天幕の中へと入った。
しかし、入る直前に視線を感じた。
自陣からだ。
チラッと見れば・・・・・・・・・袁紹が自分達を嫉妬の眼差しで睨み据えていた。
それを見て二人は「確かに、誑し込まれる」と思わずにはいられなかった。