幕間:真紅の女神と飛将
今回は夜姫の妹と呂布の会話となります。
で、次が連合軍に戻った話となり、数話ほど書いてから再び戦闘シーンになる、と思われる次第です。
「・・・・失敗した、な」
地上より遥か高い天の上。
いや、正確に言えば夜空に高々と照り輝く月より下で、長安の中に設けられた城壁の上から一組の男女が外の様子を見つめていた。
男の方は壮年の年齢で、如何にも武人らしい体格をしているが狡猾と傲慢が混ざり合った顔立ちをしている。
その隣に二十代の娘が立っており、忌々しそうに下の状況を氷のように冷たい双眸で見下していた。
風が吹いて、真紅の髪が揺れる。
まるで娘の苛立ちを表しているようだ。
「ちっ・・・・・やっぱり愚民は愚民でしかないわね」
舌打ちをして娘は額を抑える。
「あれだけ煽ったのに・・・・・高が、数人の者に難なく突破されるんだもの」
「そうだな。だが・・・・それで諦める訳じゃないだろ?」
男は娘を左眼で見ながら尋ねる。
「当たり前よ。誰が・・・・・あんな女に負けるもんですか」
あの女---輪廻転生した自分の姉は、何時だって自分の下に居たのだ。
両親も姉は居ない、と考えていたのか自分を可愛がってくれて自分も姉という知らない女と認識しており、幼い頃から何かと見下していたのだ。
成長してからも見下すのは変わらなかったが、逆に成長した姉は・・・・・手強くなった相手、と認識は変えた。
しかし、所詮は見下した女でしかない。
両親は自分に多くの物を与えたが、姉には慰め程度の物しか与えていないのが良い証拠である。
そんな女には唯の一度も・・・・・敗北して膝を屈したりしたくない。
所が自分は敗北して膝を屈した。
眼前で膝を屈した訳ではないが、結果論を言えば・・・・・・自分は膝を屈したのである。
あの女に・・・・・男を奪われた。
「絶対に・・・・・もう二度と膝を屈したりしないわ。逆に私の前に跪かせてみせるわよ」
娘は武将と思われる男---呂布に言った。
「その後は貴方の好きなようにしなさい。私は目的を達成するから」
「心得た。しかし・・・・あの女に付き従う者達は何者だ?」
呂布は陣に辿りついた自分が狙う女---織星夜姫に従う男達に眼をやる。
年齢は全員そろって違うも、全員が数多くの戦場を潜り抜けた者達とは武将として分かる。
一人の正体は分かる。
前漢時代に初代漢王朝の皇帝となった劉邦の宿敵---西楚の覇王と謳われた項羽だ。
彼に対する逸話は極めて血生臭いが、同時に武将として感動すらする一騎当千の逸話ばかりである。
そんな男に自分は負けたが・・・・次は勝つ。
だが、他の者達は分からない。
「全員、貴方と同じ人間よ。でも、姉上の臣下で・・・・・戦においては右に出る者が居ないわ」
「だろうな。眼を見れば・・・・・全員、幾多の戦場を駆けた、と分かる。では、次の質問だ。誰が一番厄介だ?」
少なくとも呂布から見れば、直に戦った項羽が厄介である。
戦術家としても一武将としても・・・・・厄介過ぎる相手だ。
「それは何とも言えないわね。全員そろって違う面で優れているの。ただ、一言だけ言える事があるわ」
「何だ?」
娘は双眸を呂布に向けた。
「ここで負けると・・・・・姉上は更に力を付けるわ。そうなれば、また一から策を練らないといけないわ」
「・・・・ここが正面場、か」
「えぇ。どう?勝てるかしら?天将呂布」
娘は真紅の髪を左手で掻き揚げてから聞いた。
「愚問。俺が指揮する五原騎兵団に勝てる者など居ない。しかも、高が数人。如何に優れた将と言えど手足となる兵が居なければ・・・・・・役に立たん」
娘は呂布の言葉に一定の理がある、と眼を細める。
確かに優れた将と言えど・・・・・手足となる兵が居なければ役に立たない。
将とは兵が居てこそ力を発揮できる存在なのだ。
「考えてみろ。ここに来るまでマトモに戦った相手は、何処の誰と誰だ?」
呂布は試すように娘に問い掛ける。
「魏の曹操、呉の孫堅、義勇軍の劉備辺り、ね。まぁ、途中からは他の群雄達も参加したけど」
「そうだ。その曹操は俺が蹴散らして逃亡して、残ったのは前より半分にも満たない。しかも、袁紹と袁術は半ば仲違い状態。どうして、マトモに戦える?」
否・・・・無理だ。
「そんな奴らに負けはせん。全員、我が方天戟牙の餌食にしてやる」
「・・・・そんなに甘くないわ」
娘は呂布に釘を刺した。
「確かに、将は兵が居なければ役に立たないわ。でも・・・・・・将の上に立つ将---即ち総大将が動けば兵も動くわ。あの女---姉上は、そういう女なのよ」
見下していた相手であり、手強い相手と認識を変えた姉は・・・・・そういう女だ。
「これは忠告よ。姉を甘く見ていると・・・・・ここで死ぬわよ」
「・・・・なら、手を打つのか?」
娘の言葉に気を悪くした呂布は、意地悪く娘に聞いた。
ここで死ぬなど有り得ない。
自分は天下に名を轟かせる男---呂布だ。
そんな自尊心がある呂布にとって、先ほど娘の言った忠告は心を害するには十分だったから意地悪く聞いたのだ。
「・・・打つわ。それにしても姉上が嫌うタイプね。やっぱり」
小さすぎる自尊心を持つ男ほど器も比例して小さい。
「そういう男が姉上は大嫌いなの。私も好きじゃないけど・・・・・・来なさい」
娘が声を掛けると、直ぐに何者かが背後に現れた。
黒染めされた服に口元を鼻の辺りまで布で覆い隠している。
「この者は?」
呂布は得体の知れない雰囲気を感じたのか、娘に疑うような眼差しを向けて尋ねた。
「私の間者よ。現在は・・・・袁紹の所に潜り込ませているわ」
「なに?袁紹の所に」
娘の思わぬ言葉に呂布は眼を見張ったが、娘にとっては何でもない。
いや、戦で勝つ為の手段を一つ使ったに過ぎないのだ。
「謀略は戦に勝つ手段の一つよ。武器を取り合い殺し合うのが戦じゃないわ」
内部から連合軍を破壊するのだって立派な戦いである。
「では、聞くが・・・・・どうして袁紹に?袁術達の方が夜姫を慕っているではないか」
「あら、賢い答えね。でも・・・ちゃんと考えているの」
案に口を出すな、と娘は呂布に言い間者に聞いた。
「袁紹の方は?」
「ハッ。現在ですが・・・・・憎しみの炎を燃え上がらせております」
どうして自分の所に夜姫は来ない。
何で自分を見てくれない。
何故だ?
憎い・・・・・・・・・
袁術も憎いが、自分を見ようとしない夜姫も憎くて堪らない。
どうすれば良い?
ああ、そうか。
「姉上を自分の物にしてしまえば良い、と思い始めているんでしょ?」
私が吹き込んだからね、と娘は言うが呂布から言わせれば違う。
「あの女は俺の物だぞ。誰が、あんな袁紹如きに渡すか」
娘に食って掛るが、その娘は静かに落ち着かせた。
「そう怒鳴らないでよ。それに姉上を物にするかは、貴方の問題よ。私は私の考えがあって、動いているの」
「・・・・・・・・・」
呂布は勝てない、と肌で感じながらも娘を引っ叩きたい衝動を覚えずにはいられなかった。
こんな女は初めてだし、もう係わり合いたくない。
とは言え今は従うしかない。
「良い子ね。私を引っ叩いても何も変わらないわ。でも、大丈夫よ・・・・・ちゃんと姉上が自ら来るわ」
自分を倒す為に・・・・・・・・・・・・
「そこからは貴方が男を見せる所よ。姉上を物に出来るか、どうかね」
「物にしてみせるさ」
呂布は静かに娘の言葉に返答した。
何時の間にか間者の姿は無い。
しかし、既に娘は命令を下していたのだ。
『そのまま連合軍の陣で活動を続けて、袁紹を炊き続けて姉上を襲わせなさい』
今なら力を補充する為に眠る筈だから隙は出来る、と娘は考えたのだろうが・・・・・・そういう所が詰めが甘い、と姉である夜姫は言うだろうとは考えていなかった。




