第三十幕:義勇軍の陣へ
長安から離れた場所に陣を構える二つの連合軍がある。
一つは総大将の一人であり、名家である袁家の当主である袁紹の陣だ。
もう一つは同じく総大将であり、袁家の嫡男であり袁紹とは腹違いの兄弟に当たる袁術の陣である。
現在、袁術の陣には義勇軍の劉備と部下であり総大将の一人でもある孫堅の軍が居る。
残りの連合軍は洛陽において、呂布の殿と交戦して曹操軍が離反して、残りも各々の領土へ戻ってしまった。
その為、長安まで来たのは上記の二人と従う群雄達である。
しかし、長安に来てから・・・・・・いや、洛陽を攻略する前から連合軍には大きな亀裂が入っていた。
元から董卓軍と戦っていたのは孫堅や曹操くらいなもので、後は陣に引き籠り宴を開いただけだ。
これが一つの亀裂だ。
こんな事が身近で起きれば、否応なく亀裂は入り統制は取れなくなる。
案の定と呼ぶべきか・・・・・亀裂は深まり、もはや誰が敵で味方のか分からなくなる始末だったが、それを解決したのが一人の娘である。
天から来た姫だ。
銀と紫という贅沢な髪色に曇り一つ無い白い肌、そして見た事も無い生地で出来た衣服。
そして天から来たのが証拠である。
娘の名は織星夜姫と言い、彼女の存在が連合軍を統制して奮い立たせる原動力となった。
天の世界は地上と違う楽園で、行けば何の苦労も苦痛も無い生活が送れる。
第一・・・・・天の姫は、この世の者とは思えぬ美貌を誇っているのだ。
良い所を見せたい、と思うのが男心であるから奮い立つのも無理ない。
所が、その存在が連合軍に大きな亀裂を入れたのだから皮肉でしかなかった・・・・・・・・・・・・
彼女は最初に義勇軍の所に身を寄せて、次に袁術の陣に身を寄せた。
他の陣には寄せておらず、半ば隔離されたという見方もあったのは嫉妬心からであろうが、概ね当たりだ。
袁術と義勇軍以外の者から言わせれば、明らかに独占していると映る。
故に亀裂は大きくなり、更には敵側に奪われた事で完全に修復は出来なくなった。
ここに来て洛陽を落としたが、殿を呂布が務めた事で曹操が離反して済し崩し的に連合軍は空中分解した訳である。
しかし、だ。
それでも董卓は生きているし、夜姫も囚われたままだ。
故に無事な者---即ち袁術、孫堅、袁紹は董卓を倒して、夜姫を取り戻そうと長安まで追い掛けたのである。
とは言え腹違いの兄弟である袁術と袁紹の仲は極めて悪く、更に夜姫の事も加わり溝は深まってしまったが、やっと同盟を結ぶ事に成功した。
同盟を結んだ事で長安に攻める事も可能になったが・・・・・どちらも腹の探り合いで、背中を見せる事など出来ない。
何より長安は洛陽以上に堅牢な護りを備えており、呂布なども居るから容易には攻められない。
だが・・・・・・・それでも手を拱いている訳ではない。
袁術の陣を見れば分かる事だから、その陣を見る事にしてみよう。
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「良いか?皆の者」
低い声だが、腹から出した声が左右背後一列ずつ並んだ兵達の耳に聞こえた。
松明は僅かに掲げられているが、出来る限り暗闇にしている。
声が低いのも下手に聞かれたくないからだろう。
「我々は直ぐ隣の陣---袁紹と同盟を結んだ。しかし、未だに奴は動かない。我々が動くまで奴は動かないのだ」
何故なら自分たちは天の姫に寵愛された側で、向こうは寵愛されていない。
「言わば嫉妬で、奴らは動かない。しかし、もはや限界だ」
このまま時間を無駄には出来ない。
「我々だけでも姫様を助け出す」
長安が不穏な空気に支配されて、更に新月だったのに満月が出ている。
「姫様が我々の為に照らしている、と私は考えている」
演説をする男に兵たちは無言で問い掛ける。
何故?
「夜道で道を踏み外さない為、我々には加護がある、と知らしめる為だろう」
男が剣の柄に右手を掛ける。
「皆の者、我々の手で姫様を救うぞ」
兵たちは武器を掲げて男の言葉に答えた。
そして行こうとした時である。
「袁術様、あれを」
剣を掲げた男---袁術に側近と思われる男が声を掛ける。
「貴様は何時も私のやろうとした瞬間に水を差すな」
閻象と袁術は男の名を口にする。
「あの音が聞こえませんか?」
袁術が耳を澄ませると・・・・・・・・・・・・
『偽者と仲間を包囲して殺せ!!』
長安の城壁内から誰か知らないが、物騒な声が聞こえてきた。
「何が行われているんだ?」
袁術が聞けば閻象は静かに答えた。
「どうやら・・・・・・呂布が董卓を切ったらしいです。手引きしたのは王允などの文官と反董卓一味で、民達も誰かに唆されたそうです」
では、偽者とは誰なのか?
「まさか・・・・・・・・・」
考えたくなかったが、そうである可能性が高いと袁術は慎重に聞いた。
「・・・そのまさか、です。偽者とは夜姫様です。どうやら民達の前に本当の天の姫、と名乗る者が来て夜姫様は偽者、と吹き込んだようです」
「・・・・・・・・・・・」
袁術は無言になるしかない。
確かに、夜姫が天の姫であるという証拠は何も無い。
しかし、だ。
自分を助けて、大軍を二度に渡り退けたのは夜姫だ。
閻象だって見たし、劉備と孫堅も知っている。
「・・・・劉備と孫堅には?」
絞り出すように聞けば、閻象は軽く首を振り「伝えた」と答える。
「それで何と?」
「どちらも激怒しておりました。いえ・・・・・夜姫様は断じて偽者ではない、と言いました」
「そうであろうな。しかし・・・・・天の姫ではない、という点は私は賛同だ」
これに閻象は驚いたが、この主人の性格を思い出してみる。
普段は支離滅裂な性格で尻拭いを何度もしたが、稀に正論を言ったり、的を射ている事を言うのだ。
今回も稀な分類に入る、と理解した。
「夜姫様は天の姫ではない。名からしても、そうであろう?」
「織星、夜姫・・・・・なるほど。そういう事ですか」
姓名に天などは無い。
あるのは星と夜。
即ち・・・・・・・・・・・・・・・・
『前進して包囲網を突破するわよ!!』
長安を越えて、連合軍の陣内に一際甲高い声が聞こえた。
「殿、この声は・・・・・・・・・・」
「夜姫様の声だ・・・・・・・・・・」
閻象が見た時、袁術は何処か打ち震えたような感じだった。
「・・・・・皆の者!我らが姫様が、我らが何時までも助けに来ない故に自らが向かおうとしておるぞ!!」
ここで袁術を押し退ける形で、壮年の男が腹の内から声を出して兵達に叫んだ。
継ぎ接ぎだらけの鎧だが、風貌と声に関して言えば・・・・・・人の上に立つ人物と言える。
「我らは姫様を護る者!各々方、我らが生命は姫様の為にあり!!」
「この身が滅びようと、魂は姫様の為にあらんぞ!!」
劉備に続いて同じく壮年の男---孫堅が声を張り上げる。
『我らは姫様の為に戦わん!さぁ、いざ!!』
二人が声を合わせて言えば、兵達も応じるように武器を掲げた。
そして行こうとした時である。
バンッと勢いよく長安の巨大な城門が開かれた。
あれは・・・・・・・・・・・
「姫様だ!皆の者、姫様を迎えるのだ!!」
袁術が言えば、兵達は一斉に動き出した。
しかし、それは隣の軍---同盟を結んでいた袁紹の軍も同じだった。
「袁術軍より先に姫様を救え!!」
袁術と顔立ちが似た男---袁紹が剣を掲げて兵を率いて行き、こちらも負けられないと袁術、劉備、孫堅は兵と馬を率いて門から出て来た一行に向かう。
だが、その一行の背後には松明と武器を持った民達が追い掛けていたが、唐突に民達は長安の中へと戻って行く。
それは分からないが、一行は振り返らず真っ直ぐに連合軍の陣へと向かった。
月の光を背にしながら・・・・・・・・・・・・