第二十九幕:疾風の如く
長安の中に聳え立つ城を包囲する者達---民達は扉の前で松明と農機具などで武装して、ひたすら待ち続けていた。
『今宵、私の偽者が必ず扉を開けて外に逃げようとします』
先日・・・・・ついに自分達の前に天から姫が現れてくれた。
真紅の髪が何とも激しかったが、その色が天の火に見えたのは記憶に新しい。
そしてハッキリと言ってくれたのだ。
『必ず偽者と、その一派は死にます。いえ・・・・・殺すのです』
自分達の手で、だ。
今まで虐げられてきた民である自分達だが、本当の天の姫は約束してくれた。
『彼の者達を殺した暁には、私の治める都に連れて行きましょう』
そこは楽園で、どんな苦しみも全て癒してくれる場所・・・・・・・・・・・
もう誰にも頭を下げて、ひたすら機嫌を伺ったり、ひもじい思いをする事も無い。
ついに待ち侘びた楽園に行けるのだ。
「良いか?どんな犠牲を払おうと、扉から出て来る小娘と仲間を殺すぞ!!」
民達を指導する者と思われる男が、無骨な両刃の剣を握り叫んだ。
「俺達には本当の天の姫様が居る。その証拠に、この剣を渡してくれたんだ!!」
これ見よがしに男は剣を高々と掲げる。
「この剣は天の姫の父君が悪しき者を退治した際に使用された剣だ。これで偽者の首を刎ねるぞ!!」
『おぉ!!』
他の者達は男の言葉に武器や松明を掲げて答える。
「あの小娘は俺達を嬲った!!」
誰かが声高に叫ぶ。
「そうだ!自分の蛇に命令して、長安に来る途中で仲間達を丸飲みにしたんだ!!」
「それだけじゃねぇ!自分を殺そうとした俺達の仲間も殺した!!」
一人が言えば、他の者達も連鎖反応とばかりに叫び出した。
「そうだ!あいつは魔物だ!天の姫を語る偽者だ!!」
剣を持った男が民達を扇動するように言えば、他の者達も「偽者だ!偽者だ!」と叫び続ける。
「天の姫は言われた。あの女に罰を与えろと!!」
偽ったのだ。
天の姫と・・・・・ならば、それ相応の罰を与えなくてはならない。
「犯せ!あの小娘を犯して殺せ!そして死体を犯して、身体を八つ裂きにするんだ!!」
おお、と扇動された者たちは叫ぶ。
“やれやれ・・・これだから屑共は救いがねぇぜ”
誰かの声がするも、誰にも聞こえなかった。
“なぁにが虐げられた、だ。姫さんだって十分に虐げられたぞ”
扉の向こうでハルバートを構える自分の主人---織星夜姫は虐げられてきた。
両親、恋人、姉妹、領民、友人、臣下・・・・・・何もかも全ての存在に虐げられた上に、全てを一度は奪われた。
声の主は、こう言いたいのだろう。
“被害妄想も程々にしておけ。さもないと・・・・・・誘われて、連れて行かれるぜ?”
楽園という・・・・・・地獄に、だ。
いや、あの女---夜姫の妹が誘う所も地獄だな、と声の主は思い出す。
自分の元婚約者である女は・・・・・・人間を誘うのが得意であるが、詰めは甘い。
だから、何時も夜姫に負けていたが、今回も同じ結末を迎えるだろう。
“勿体ないねぇ・・・・あの自称天将と軍を使えば倒せたのによ”
自称天将こと呂布と五戸原騎兵団を使えば、夜姫を追い詰める事が出来ただろう。
そう・・・・ギリギリまで“追い詰める”事は、だ。
“あーあー・・・・勿体ないぜ。ギリギリまで追い詰めれば、姫さんの覚醒も早まるってのに”
今、夜空には僅かも欠けていない満月がある。
その満月こそ・・・・夜姫の力であり、自分達の都であるが今の時点では行けない。
いや、一時的に行けるが、それを夜姫は望まない。
皆で行ってこそ意味がある。
しかし、道は遠い。
“まったく・・・・・そろそろ疲れて来たんだがな。まぁ、暫く育児休暇を取っていたから働かせてもらうがな”
誰に言うわけでもなく男は愚痴を零して、勝手に扉が開いて出てきた夜姫達に告げる。
“さぁ、我らが戦の舞姫・・・・・思う存分に舞って下さい”
屑共を始末する為に・・・・・・・・・・・・・
声の主の願いを叶える如く・・・・門は開かれて、疾風が舞い武装した民達の包囲網に突っ込んだ。
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松明と武器を持った民達は・・・・・・・・扉が開かれた事に息を飲む。
その扉から数名の者が馬に跨り出て来るが、その中の一人---真ん中に居た娘に皆の視線は釘付けである。
銀と紫の髪が絶妙に混ざり合った艶やかな髪に、雪のように汚れが無い白い肌、そして何人も跪かずにはいられない王者の瞳・・・・・・・・
しかし、衣服は汚れているし、手には斧と槍が一緒になった長柄武器---ハルバートを握っていた。
彼女こそ・・・・・自分達が倒さんとしている偽の天の姫だ。
「皆の者!偽者が現れたぞ!!」
男が両刃剣を高く掲げると、民達も松明と農作器具を構えた。
「あの娘以外の者も殺せ!我らを騙した偽者の仲間だ!!」
両刃の剣を男が振り下ろすと、民達は掛け声を上げながら突撃して娘の首を取らんとする。
所が、娘は・・・・・・・自ら先頭となり、民達に突っ込んだ。
人の足より馬の方が速いのは自明の理であり、あっという間に距離は縮んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
娘が腹から声を出すと、片手でハルバートを振い・・・・・民達の数名---いや、数十名を一気に薙ぎ払った。
斧の部分で袈裟掛け・逆袈裟掛けに斬られた民達は悲鳴すら上げられず、その生命の灯火を消した。
しかし、その娘の左右を別の者が固めており、娘の突き進む道を広げて行き悲鳴を上げる暇すら無い。
同時に態勢を立て直す暇も無かった。
「ぬぅん!!」
「ていや!!」
娘の左右を固めるのは壮年の男と初老の老人だった。
壮年の男は左側を担当して、両刃の剣を片手で振い愚民共を薙ぎ払う。
逆に右側の老人はハルバートを振い、娘同様に敵を薙ぎ払うが、壮年の男に比べると娘を護るような感じが強い。
そして三人の後に二人の老人と、一人の男に二人の娘が続く。
まさに矢の如く計八人は進んでいた。
「ええい!怯むな!!我等には天の姫の加護がある!!」
男は矢の如く突き進んで来る娘たちに焦りを覚えた。
しかし、それを隠して士気を鼓舞しつつ包囲網を敷こうと試みる。
「円陣を組んで囲め!数では我らの方が上だ!包囲して彼奴等を殺すんだ!!」
『おぉ!!』
男の命に従う如く、愚民達は円陣を組み娘たちを囲もうとする。
「側面、背後に眼を向けないで、前を見なさい!!」
前進あるのみ!!
と娘はハルバートを振いながら甲高い声で言った。
その言葉は一番後ろの者達---一頭の馬に乗る男一人に、女二人に言っていたのだろう。
何せ前を進む娘から言わせれば、側面の四人は自分との付き合いが長くて信頼している。
しかし、後ろの三人は知り合って間もない。
だからこそ、今更ながら甲高い声で説明したのである。
所が・・・・・・・・・・
「ご安心を!!」
手綱を握りながら前と後の娘を気遣いつつ槍を振い、男は娘の言葉に甲高い声で答えた。
「貴女様の言葉に嘘偽り無し!!」
でいや、と男は叫び槍で襲い掛かった愚民を五人も一気に串刺しにしてやる。
「それなら良いわ!前進!前進よ!!」
娘は男の言葉に高笑いをしながらハルバートを振い、包囲網を崩しながら前進した。
娘の名は織星夜姫。
都内の大学に通う娘だったが、今は三国志の時代に居る。
いや、そんな事よりも彼女は一体、何者なのだろうか?
未だに分からないが、一つだけ言える事がある。
今の夜姫は女神だ。
それも戦場を駆ける戦女神だ。
これだけは言える唯一の事だった・・・・・・現段階では・・・・・・・・・・・
いや、もう一つあった。
この長安で、このような出来事は無かった。
先ず董卓は養子である呂布に殺されており、死体は民達の手で八つ裂きにされた上で火を点けられた。
しかし、この世界では今も生きている。
何を意味しているのかは、それは・・・・・・月だけが知っていた。