第二十八幕:雷光の矢の如く
項羽に続いて、一人目を紹介します。
私が好きであり、尊敬して止まない武将の一人です。(国盗りでも彼の事は書いているのが証拠です。www
長安の中にある城の中を黙々と進む者達が居る。
先頭を歩くのは壮年の男で、銀と黒を鮮やかに色分けた鎧を着て、腰には無骨な剣が一振り提げている。
顔立ちは端正であるが、眼つきは鋭く並みの武漢など眼じゃない。
彼の名は項羽。
字は羽で、初代漢王朝の皇帝---劉邦と争ったが、最終的には負けた西楚の覇王である。
その後に続くのが初老の男二人であるが、項羽より年上であったが眼は項羽より遥かに鋭い。
ある武将が言った言葉がある。
『武の職に居る者と出会ったら、眼を見れば如何なる戦場を歩いたか分かる』
という言葉を信じるなら、二人は歴戦の将であろう。
しかし、面妖なのは彼等の衣服だ。
まるで布を身体に巻き付けた感じで、その上から鎧を着ていた。
履き物はサンダルのように見えるが、この国の物ではない。
何者だろうか?
そして、その二人の背後に続くのは同じく初老の男だった。
白く立派な髭に、黒と赤を主体にした鎧と無骨な剣が特徴であり、やはり項羽と二人の老人と同じく眼つきが鋭い。
その老人はチラッ、と後を見た。
彼の後ろに三人の娘と一人の男が居る。
いや、男の首には蛇が巻き付いているから、正確に言えば三人の娘、一人の男、そして一匹の蛇だ。
男の名は文秀、娘二人の名は朱花と翆蘭で、蛇の名はヨルムンガルド。
最後に残った娘に老将の視線は集中している。
三人の中で一番輝いており、同時に誰よりも高貴な娘だ。
年齢は二十代になった位だが、年齢に似合わず落ち着きがあり、双眸に宿る月色の瞳は王者の威厳さえある。
娘の名は織星夜姫。
都内の大学に通う2年生だが・・・・・今は三国志の時代に居て、何時もと様子が違う。
いや、今の時点ではと言った方が良い。
先ず双眸が前を見ている。
何時もなら空虚で杖を使用しているのに、今は杖を手に持っているだけで使っていない。
双眸に宿る月色の瞳はシッカリと前を見ていたが、不意に老将に視線を向けた。
「私の顔に何かついている?」
「あ、いえ・・・・ただ、夢を見ていると思っていました」
老将は微苦笑した。
生前---かつて自分が生きていた時は、このような事を思った事はない。
いや、自分で首を刎ねた時は夢と思った・・・・・・何度も戦って来て武功を上げたのに、若造に先を越された。
最後の戦いでは、それが更に出てしまい自分で首を刎ねる羽目になったのだが・・・・・・・・・・・
しかし、項羽と同じだった。
『私の臣下として永遠に仕える気はある?』
そう聞かれて、自分はあると答えた。
故に項羽と同じく・・・・・・・いや、魂を浮遊させたのだ。
物に魂を宿して過ごす方が遥かに良いが、自分は敢えて魂だけの存在となり浮遊し続けた。
今にして思えば自分の性格に難はある、と自覚している。
それを正す為に魂だけの存在で浮遊していたのだ。
「夢、ね・・・・・・」
夜姫は月色の双眸を細めて、老将をジッと見つめた。
「私だって夢と思っているわ。新月なのに月が出ていて、今の所だけど力は問題ないもの」
新月は夜姫にとって鬼門であり、どう考えても無理だろうと思っていた。
所が、今は満月が出ており力も失っていない。
「それは姫様の仁徳が我らに力を与えたから、でしょう」
「そうかしら?まぁ良いけど・・・・・・それにしても、やっと帰れるわ」
長安の城壁を越えた先に在るであろう・・・・連合軍の陣。
そこに居るのだ。
「私が父親として愛せる方の所に・・・・・・・・・・・」
「あの、夜姫様って、ご両親は確か・・・・・・・・・・」
ここで文秀の隣に居た娘---赤い腕輪をしていた娘の朱花が聞こうとするも、それを隣の娘---青い腕輪をした翆蘭が制する。
この状況で聞くのが・・・・いや、余り触れて欲しくない部分に口を出すのが朱花で、それを抑えるのが翆蘭という構図が出来ているな、と文秀は的外れにも感心した。
しかし、他は違う。
「小娘」
老将は静かに朱花に視線を向けた。
「貴様、姫様の侍女なのだろ?ならば・・・・・主人を汚す事を口にするでない」
ドスを利かせて、老将は腰に提げた剣に手を掛けた。
「す、すいません!!」
朱花は直ぐに謝罪したが、夜姫は気にしないように口を開いた。
「良いのよ。確かに、今の私---織星夜姫に両親は居ないわ。昔の私には両親が居たわよ」
でも、と夜姫は続ける。
「私は両親に愛されなかった。妹は溺愛されたけど」
「あの、どうして、ですか?」
「朱花さんっ」
翆蘭が堪らず朱花を戒めるように口を荒げる。
「良いのよ。翆蘭。この娘は好奇心が旺盛なんだから」
夜姫は翆蘭に気にするな、と言うが翆蘭は食い下がる。
「いけません。如何に貴女様が良くても、それでは臣下の立場が・・・・・・・・・・・」
「良いのよ。私、友達が少ないから貴女達を友達とも思っているの。それに何れは知る事なら今の内に私から言うべきよ」
「何時か、知る事になるのですか?」
翆蘭は夜姫の言葉に意味がある、と思い少し興味深そうに聞いてみた。
「えぇ。率直に言うと、私にも両親が私を愛さなかったの分からないの」
ただ、妹が生まれた時・・・・両親が喜んで、それからは自分達で育てたというのは記憶している。
「私の場合は使用人任せだったのに、妹の場合は両親が育てたの」
高貴な者は使用人に育てさせるのに・・・・・・・・・・
「幼い私は嫉妬したわ。どうして私の場合は、と思ったもの。だけど、頑張れば両親---父も頭を撫でたりしてくれる、と思ったの」
しかし、頑張っても駄目だった。
「今度は馬鹿な事をやれば、と思ったんだけど・・・・・余計に周りから嫌われたわ」
一時は自暴自棄にもなった、と夜姫が話せば何時の間にか・・・・馬小屋に来ていた。
「さぁて、どうしましょうか?」
恐らく城を出れば妹に先導された屑どもが手ぐすね引いて待っている。
下手に行けばやられるだけだ。
「・・・・“ハンニバル”」
夜姫が聞いた事も無い男の名を呼んだ。
「何でしょうか?」
すると、左眼を布で巻いた初老の老人が前に出て来る。
「どうやって敵陣を突破しましょうか?」
夜姫はハンニバル、と呼んだ老人に聞いたが老人にとっては愚問だった。
「それは姫様が知っておりましょう。ですが、敢えて言うなら・・・・矢の如く突き進むだけです」
強い者を真ん中にして、それから左右に斜めに兵を配置する。
そうすれば、鏃の形になり敵陣突破に良い陣計となるだろう。
「良い案ね。流石は私の一番弟子にして、100万の敵も恐れぬ国を恐れさせた男---ハンニバル・バルカね」
クスッと夜姫は笑い項羽が連れて来た黒馬に跨った。
他の者達も同じだが、朱花と翆蘭は文秀が乗せる。
「皆の者、これより敵陣を突破する」
馬に跨った夜姫は手綱を軽やかに操り、項羽を始めとした者達に言った。
「矢の如く陣を敷いて、側面は気にせず真っ直ぐに突き進んで連合軍の陣に戻るわよ」
『御意に』
朱花と翆蘭以外の者達が声を揃えて頷いた。
「さぁ、行くわよ!!」
夜姫が手を握ると、何処からともなく斧と槍が一体化した武器---ハルバードが出て来た。
「ハンニバル、貴方が考えたんだから貴方が号令を言いなさい」
「御意に・・・・・行くぞ!!」
ハンニバルという老将は刃渡り70cmくらいで、肉厚で幅広の両刃剣---グラディウスを抜いて号令を掛ける。
それを合図に夜姫を先頭に左右に分かれた臣下達が続く。
正に矢の如く陣で、彼女達は開かれていた門を潜った。
そこには武器と松明で武装した屑どもが居たが・・・・・・彼女達は真っ向から突っ込んだのである。
雷光の矢の如く・・・・・・・・・・・・
ここでハンニバル・バルカという人物を紹介しよう。
ハンニバルとは「バアルの恵み」、「慈悲深きバアル」、「バアルは我が主」という意味で、バルカは「雷光」である。
カルタゴ---現在のチュニジア共和国の首都チュニスに近いチュニス湖東岸にあった古代都市国家の武将で、共和政ローマとの間に起こった戦争---第二次ポエニ戦争を起こした人物だ。
しかし、結論を言えばカルタゴは破れて、ハンニバル自身は国外に逃亡したが最後は毒杯を煽り自害した。
それでも彼はローマ史上最大の敵とされており、同時に2000年が経過した今も彼の発案した戦術は各国の軍隊に研究されている為、戦術家としての評価は非常に高い。
だが、隻眼の老将がハンニバルだとしたら、どうして・・・・・・この世界に居るのだ?
中国とローマでは距離があるし、時代的にも変なのに・・・・・・・・・・・・
そして、もう一人の老将は誰だ?
ハンニバルの隣に居る人物は・・・・・・・項羽と向き合う形に居る老将は?
何もかも分からないが、それは自ずと分かるだろう、と月は言っているかのように光を更に強くした。