第二十七幕:天より至高の存在
「・・・・・相変わらず胸糞悪い妹、ね」
先ほど姿を消した真紅の髪を持つ娘と、飛将と謳われる男---呂布の居た場所を見て、一言だけ述べる娘。
年齢は二十代で、銀と紫が見事に混ざり合った髪色と白陶器みたいな肌が何とも言えない雰囲気を醸し出しているが、衣服に関しては土などで汚れている。
しかし、だ。
双眸に宿る月の瞳は、決して汚れていない。
所詮、衣服など飾りでしかない、と双眸は告げているような気がする。
娘の名は織星夜姫。
都内の公立大学に通う二年生であるが、どういう訳か三国志の時代に来て失明した娘である。
現在は董卓に攫われて長安に来ているが・・・・・・普段の彼女を知る者---周囲を見れば、今の彼女は織星夜姫であって、織星夜姫ではないと断言するだろう。
先ず双眸に光は宿っていない。
以前は見えていたが、ここに来てから見えなくなった、と夜姫は語ったのである。
所が、今は月の色を宿しており、シッカリと見ているではないか・・・・・・・
いや、それ以前に・・・・・・彼女の臣下と名乗る者達は何者だ?
全員が鎧姿で、刀剣類も所持している。
そして幾多の戦場を駆けた、という雰囲気が身体全体から醸し出されていたのだ。
人数は四人だが、その内の一人は・・・・・・西楚の覇王と言われた項羽である。
本人が名乗ったし、周囲も・・・・・・認めるしか、出来なかったのだ。
話を戻すかのように、夜姫が視線を四人と三人---文秀、朱花、翆蘭の背後に居る三人の男に向ける。
自然と他の計七人も自分達の背後に居た物を見た。
三人全員男で、年齢も壮年であるが、一人は重傷だつた。
厳つい顔に脂汗を流しているも、決して呻き声は出さない、と言わんばかりに歯を食い縛っている。
男の名は董卓。
辺境の一将軍でしかなかったが、時勢を利用して帝を擁し政権を握った稀代の悪人であり、夜姫を連れ去った人物だ。
しかし、月の瞳を宿した夜姫は・・・・・何処までも優しそうに董卓を見つめていた。
「董卓、大丈夫?」
夜姫は静かに董卓に問う。
「・・・・少々、深く斬られた。あの愚息が・・・・・・養父に手加減くらいしろ、と言いたい所だ」
問われた董卓はニヤリ、と笑うが衣服は血で赤く染まり続けている。
それを必死に抑える二人の男。
董卓の片腕である胡しんと華雄だ。
どちらも武に関しては呂布に劣るが、華雄に関して言えば人望の差では断トツで上位に居る。
逆に上司である胡しんは人望が低いのだが・・・・・・・・・
再び話を戻すと、先ほど董卓は呂布の刃に掛り斬られた。
かなり深いのか、幾ら華雄と胡しんが布を変えても直ぐに赤く染め上げてしまう。
このままでは危ないが、城の外から聞こえる民達の声と、松明の音で容易に出れないと確信せざるえない。
「私の愚妹が酷い事をしたわね。認めたくないけど・・・・・姉として心から詫びるわ」
夜姫は静かに頭を下げた。
あんな小娘と血が繋がった姉妹とは、互いに認めたくないが・・・・・・自分の力不足で、董卓を傷つけたのは事実である。
故に夜姫は頭を下げて謝罪したが、董卓は鼻で嗤った。
「馬鹿を、抜かせ・・・・・あのような小僧に不覚を取った、はぁ・・・・わしこそ心から詫びる」
そなたを如何なる脅威からも護ってみせる、と自分は誓った。
だが・・・・・・・・・・
「わしは、護れなかった。故に、わしが謝る」
荒い息をしながらも、董卓はハッキリと言った。
「くすっ・・・・・やっぱり、貴方って性根は腐ってないわね」
転生した身だが、人物を見る眼は変わっていない、と夜姫は笑った。
「董卓、今から私は連合軍に戻るわ」
夜姫は静かに言い、董卓の前に膝をついた。
「でも、貴方と家臣、そして家族を迎えに来るわ。これからの事を考えると・・・・・・貴方の人脈は必要になるの」
何より・・・・・・・・・・
「貴方の事は気に入っているの。だから、私の臣下にするわ」
とは言え・・・・・・・・・・
「その傷では、もう直ぐ死ぬわ。文秀みたいに生き返らせるのは力をかなり使うから、応急手当をするわ」
夜姫は左手を董卓の傷口に当てた。
「何で、わしを・・・・・・・・・」
身体に力が注ぎ込まれて来るのを董卓は感じながら、夜姫に問い掛ける。
「言ったでしょ?貴方を気に入っているの」
自らの気を左手から董卓の身体へ流しながら、夜姫は何でもないように答えたが董卓は違う。
「わしは、そなたを攫った。それに・・・・・血塗れだ」
自分の両手は数え切れない程の者達を殺した。
武官だから仕方ないが、それでも女を抱ける手ではない。
「ああ、だから私に極端な程に触れるのを恐がっていたの?でも、私だって血塗れよ。もっとも、貴方より上だけど・・・・・・・・」
「姫様、余り御自身の事を話すのは如何か、と思います」
背後に控えていた白髭が特徴の老将が、一歩前に出て夜姫に言うが咎めてはいない。
寧ろ心配する声だった。
「如何に、その小僧---董卓を気に入っていようと貴女様の過去を話すのは・・・・・・・・・・」
「関係ないわ。もし、私の過去を知って嫌がるなら消えれば良いのよ。貴方達の場合は消えなかったけど」
「何を言います。この身は貴女様の為に存在するのですよ?それに私は爺です」
「そうね。私も貴方を爺と思っているわ」
「その爺であるから姫様である貴女様を護る義務があります。如何に過去が酷かろうと関係ないです」
しかし、だ。
「それは私共のように、貴女様に仕えた年数が長いから言えるのです。董卓は足りなさ過ぎます」
故に教えるのは早い。
「ですから、もう少し待って下さい」
老将の言葉は全て夜姫を心配する色があり、本当に案じているのだろう。
「・・・・分かったわ。はい、これで終わりよ」
夜姫が董卓の身体から左手を離す。
すると、董卓は身体を起こした。
「これは・・・・・・・・・・」
呂布に斬られた個所に手を当てるが、傷痕が・・・・・・消えている!!
「あくまで応急処置だから、後で消毒して包帯を巻きなさい。胡しん、華雄。私が戻って来るまで、シッカリと董卓と家族を護りなさい」
そう言って夜姫は離れようとしたが、董卓が左手を掴んだ。
「・・・行くな」
初めて董卓は自らの意思で夜姫の肌に・・・・・・触れた。
今までは恐くて触れなかったが、今は離したくない。
もし、手を離したら・・・・・二度と触れられないかもしれない。
そんな思いが頭を過ったのだろう。
「董卓、私は戻って来るわ。でも、今は帰させて。このまま行けば、殺されるのが関の山だもの」
それに、だ。
「妹と呂布を・・・・・少し懲らしめないと姉として沽券に係わるの」
「それなら、ここでも・・・・・・・・・・」
「董卓、手を離して」
まるで母親に言われた感じだったが、董卓は言われた通りにしてしまった。
「約束するわ。必ず戻って来る、と。その時、私か本当の織星夜姫かは分からないけど、ね」
「どちらでも良い・・・・・・どちらも、わしにとっては織星夜姫という娘だ」
ニヤリ、と董卓は笑った。
「その笑み、素敵ね。じゃあ、またね」
夜姫は背を向けて、背後に居た者達に声を掛ける。
「さぁ、行くわよ」
『御意に。我らが姫君』
項羽を始めとした者達は夜姫に従い、董卓の前から消えて行く。
その背後を月が照らすが、中でも・・・・・・夜姫を照らす光は誰よりも輝いていた。
「・・・・やはり、夜姫は天の姫ではないな」
一人で身体を起こして董卓は息を吐く。
「あの娘は・・・・・・天よりも至高の存在に居る。」
胡しんと華雄は何も言わず、董卓を左右から抱えて歩き出した。
「さぁ、殿。行きましょう」
「姫様が戻って来るまで・・・・・・・・・・」
「あぁ・・・・呂布如きに殺されて堪るか」
そう言って董卓、胡しん、華雄の三人は消えた。
正史でも演技でも董卓は死ぬが・・・・・どうやら、この世界では・・・・・まだ死なない運命のようだ。
それを表すかの如く・・・・・天より至高の存在である月は輝いていた。