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悪役物語《ヴィランズストーリー》〜灰かぶりの少年〜  作者: Mao.
第2章 仲間

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第11話 残火

 壁の隠し扉を抜けて、階段を降りた。


 前に来た時と同じ道。同じコンクリートの匂い。でも今日は肩に荷物を背負っている。着替えと、ゴーグルと、ヨウにもらった工具と、ソラ。それだけの荷物が妙に重かった。


 地下に出た。


 前回と同じ広い空間。デスク、中央のテーブル、奥のキッチン。ヤカンの湯気。ラジオの音。人の気配。


 ただ前回と違ったのは、全員の視線がこちらに向いていたことだった。


「お、来た来た」


 ギンジが中央のテーブルから立ち上がった。琥珀色の目がこちらを見て、にやりと笑う。


「ちゃんと辿り着けたじゃん。迷わなかった?」


「……二回迷った」


「前より増えてるな」


「だってルートが分かりにくい」


「分かりにくいから安全なんだよ。慣れろ」


「無茶だよ」


 周囲から小さな笑い声が漏れた。エコはフードの下で顔をしかめた。


「お、そいつがソラか。話には聞いてたけど、ちゃんと喋るんだな」


 ギンジがエコの肩のソラに話しかけた。


「……ベツニ」


「おー、塩対応だな。仲良くしようぜ」


「ロボットに、シオの キノウ ナイ」


「……」


 エコが小さく吹き出した。


「ほら、エコまで笑った」


「笑ってないよ」


「笑ったって。——まあ座れよ。紹介するから」


 ギンジに促されてテーブルの前に立つと、奥から一人の男が歩いてきた。


 中肉中背。亜麻色の髪を無造作にまとめ、丸い眼鏡をかけている。穏やかな垂れ目。柔らかい笑顔。作業着風の地味な服装。


 どこにでもいそうな人だ、とエコは思った。職人か、町工場の主人か。物騒な気配のこの地下で、その人だけが妙に穏やかだった。


「はじめまして。風道祭です。ここの——まあ、取りまとめをしています」


 取りまとめ。


 その一言に、エコは少し意外な気がした。この人が、ここのまとめ役。見た目だけでいえば、地味な印象だ。


 丁寧な声。静かで落ち着いていた。差し出された手は、大きくも小さくもない。ごく普通の手だった。


 エコは一瞬迷って、その手を握った。


「……エコです。漣エコ」


「エコくん。ギンジからは話を聞いています。——改めて、ようこそ」


 祭の目が眼鏡の奥で細まった。笑っている。穏やかに。


 でも一瞬だけ、目の奥に別のものが見えた気がした。深い場所にある、重いもの。すぐに消えた。


「座ってください。お茶くらいは出しますよ」


 エコはテーブルに座った。ソラをジャケットから出してテーブルの端に置くと、ソラは周囲をぐるりと見回し、小さく身を縮めた。


「珍しいロボットですね」


 祭がソラを覗き込んだ。


「旧式のAIですか。宙晶非搭載の……これはかなり古い型ですね。動いているのが不思議なくらいだ」


 エコの指が、膝の上でわずかに丸まった。


「……拾った時は壊れてたんです。でも、いつの間にか動き出して」


「そうですか。面白い子ですね」


 祭がソラに向かって微笑んだ。ソラは動かなかった。じっとして、祭の顔を見ている。何かを計っているような、長い沈黙。


「……ヨロシク」


 ソラが、ぽつりと言った。


「ええ。こちらこそ」




「まず、私たちが何をしている集まりなのか、説明しますね」


 祭が茶を淹れながら話し始めた。手つきが丁寧だった。角砂糖を入れるか聞かれて、エコは首を横に振った。


「私たちは『残火』と呼んでいます。意味は消えかけた火。表の世界から見放された人たちのために、最後に残っている火という意味です」


 祭が茶をテーブルに置いた。湯気がまっすぐ立ちのぼる。


「簡単に言えば、政府からの依頼を受けて、代行して問題を解決する。そんな組織です。シギュラが絡んだトラブルは、放っておくと人が傷つく。でも、その政府というのが——一枚岩じゃない」


「一枚岩じゃない……?」


「シギュラを管轄する組織は、二つに分かれているんです」


 祭は指を二本立てた。


「一つは警察庁の『特異能力対策局』。通称『特対』。もう一つは厚生労働省の『異能管理局』。略して『異管局』」


「……二つも?」


「昔は『特異事案対策庁』という一つの組織でした。市民は今でも俗称で『対策庁』と呼びます。でも十年ほど前に方針対立で割れて、今は別々の省庁の下にある二つの組織です」


「方針が……違うの?」


「真逆です」


 短く、祭は言った。


「特対は、シギュラを危険視して、取り締まる対象としています。異管局は、支援すべき国民として、共生の道を探っている。同じ国の組織なのに、立場が正反対なんです」


 淡々とした声だった。だが「真逆」という一語にだけ、微かな重みがあった。


「資金は?」


 エコが聞いた。


「一部は異管局から非公式に。残りは支援者の寄付と、依頼の報酬です」


「政府と繋がってるの?」


「繋がっている、というより——利用し合っている、が正しいですね」


 祭は薄く笑った。


「異管局は私たちを使って、公には動けない案件を片付けたい。私たちは情報と資金が欲しい。そういう関係です」


 きれいな関係ではない。祭はそれを隠さなかった。


「私たちは正義の味方ではありません、エコくん。例えるなら……そうですね、消防団のようなものでしょうか。火事が起きたら消しに行く。でも放火犯を追うのは私たちの仕事じゃない。——本当は」


 祭の目が、エコをまっすぐ見た。


「でも最近は、その火事を起こしている側の動きが活発になってきている。シギュラを狙う組織は多い。灰底の襲撃も、その一つでした」


 エコの指がテーブルの上で止まった。


「あの紋章の……」


「三日月と炎。ええ、把握しています。各地でシギュラを標的にしている。目的は——まだ正確には分かっていませんが」


 祭が茶を一口飲んだ。


「エコくん。ギンジから聞いていると思いますが、私たちがあなたに来てほしかったのは、あなたの力が必要だからです。同時に——あなたが探しているものの手がかりを、私たちは持っている」


「…………」


「これは取引です。あなたは私たちと動いてくれる。私たちはあなたに情報を渡す。それで構いませんか」


 エコは茶の水面を見つめていた。


 ギンジと同じことを言っている。でも祭の言い方は、もっと丁寧で、もっと正直だった。きれいじゃないことを、きれいじゃないと認めながら差し出してくる。


「……一つ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「ここの人たちは、なんでこの仕事をしてるんですか」


 祭が少し黙った。眼鏡の奥の目が、何かを思い出すように遠くなった。


「人それぞれです。私の場合は——昔、消せなかった火がありました。それだけです」


 それ以上は語らなかった。エコも聞かなかった。


「……分かりました。よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそ」


 祭が手を差し出した。今度はエコも迷わなかった。


 握り返した手は、温かくも冷たくもなかった。ただ、確かだった。


「それじゃあ、チームの紹介をしましょう。ギンジ、呼んできてくれますか」


「あいよ」


 ギンジが軽い足取りで奥に消えていく。


 ソラがテーブルの端で、小さく呟いた。


「エコ。ここに イル こと ニ シタ?」


「……うん」


「ソウ」


 短い返事。その声に、ほんの微かな安堵のようなものが混じっていた気がした。


 気のせいかもしれない。ソラは旧式のAIだ。安堵なんて、しない。


 ——はずだ。




 同じ夜——灰底、灰聖堂。


 台所の灯りが点いていた。


 ヨウが一人、椅子に腰を下ろしている。手にぬるくなった茶のカップを持っていた。


 向かいの席は、空いている。


 いつもなら、その椅子に小さな影が座っていた。じゃがいもの皮を剥く手伝いをしたり、ソラと一緒に何か呟いていたり。


 今夜は、誰もいない。


 ヨウは台所をぐるりと見渡した。エコの背が届かない高さに置いた塩瓶。エコがよく座っていた窓辺の椅子。エコのために少し低く作った棚。


 全部、あいつのために作ったものだった。


 ヨウは茶を一口飲んだ。冷えていた。


「……行ってこい、か」


 自分で言った言葉を、自分で繰り返した。


 見送る時、笑って言ったはずだった。いつでも帰ってこい、と。


 でも、本当は。


 ヨウは目を閉じた。


「無事でいろよ、——馬鹿息子」


 誰もいない台所に、その一言だけが静かに落ちた。




   つづく

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