シャーリーの誕生日⑧
「ふん、ふふふ~ん……♪」
北部魔獣戦線前線基地、執務室にて。
ワタシは鼻歌を歌いながら片手で書類を処理していた。
術式を編んだ風の魔術でペンを操作し、一枚あたり一秒で処理していく。
閉じた片目は宙に浮かべた義眼と繋がっており、別の書類を見てサイン。
一人で二人分の仕事をこなしていると、なぜか周りは戦々恐々としていた。
「なんで鼻歌歌ってるんだ……? また俺たちぶっ飛ばされるのか?」
「やめろトラウマを抉るな」
「あの細腕を舐めていた時期が俺にもありました」
普段はうざったい周りの声も、今のワタシには気にならない。
なぜなら今日はシャーリーの誕生日パーティー。
この日までに練りに練った贈り物は、厳重に魔術で封印してある。
(ふふ。渾身の出来だわ。あれならきっとシャーリーも喜んでくれる……!)
ゲルダが合格を出したあとも何度もレシピを見直したのだ。
手指の包帯が取れることはなかったが、それだけにいいものが出来たと自負している。
「カレン、手伝ってくれるのはありがたいが、そんなに早く仕事をこなされると俺の立つ瀬がないぞ」
「黙りなさいガゼル。万が一にも遅刻したらどうするの、極刑よ」
「殺されるほどか?」
「当たり前じゃない。シャーリーを悲しませた罪は万死に値するわ」
だからこそ溜まりがちな書類を自分が手伝っているのだ。
じろりと見やれば、ガゼルは傷のある顔を顰めて「確かにな」と同意している。
こんなところだけは気が合うからお節介でもこの男は憎めないのだ。
「失礼します。カレン隊長、本日の訓練ですが──」
書類も終わりに差し掛かったころ。
部下であるアーサーが呼びに来て、ワタシは顔を上げた。
いつの間にか窓から差し込む光は茜色に染まっており、事務勤めの騎士たちは帰宅しているようだった。
「今日は魔力強化でしょうか、それとも属性体系の……」
「今日の訓練は休みでいいわ」
「え!?」
「休みって言ったの。あんたたち全員、たまには羽を伸ばしなさい」
「た、隊長が休みを……!?
失礼な。ワタシだって鬼じゃないわよ。
まぁ、悪女だけどね。ふふっ。
「あ、じゃあ日課の哨戒任務は……」
「ワタシと、哨戒部隊の二人でやるわ」
「おいカレン、それは……」
「お黙りなさいガゼル。あんたはいち早く帰ってシャーリーを喜ばせるのよ。いい?」
「……分かった。最近、魔獣の襲撃数が増えている。気を付けろよ」
「ハッ、誰に向かって言ってるの」
ワタシは居丈高に言い放つ。
「この天才にかなう相手なんていないのよ。シャーリーを除いてね」
手指の包帯を隠しながら、ワタシは哨戒任務へ向かうのだった。
◆
哨戒任務と言ってもそれほど危険はない。
『天国の門』を越えた向こう側、暗黒領域の周辺は魔獣が掃討されている。というのも、門に近付いた魔獣は例外なく人類側に攻め込もうとするからだ。哨戒任務は戦線から少し離れた敵地へ侵入し、何事もないことを確認して帰るだけの簡単な任務である。
「カレン隊長、シャーリー様の誕生日パーティーはよかったんですか?」
「これが終わったら行くわよ。当たり前でしょ」
哨戒部隊の一人がワタシに話しかけてきた。
このところ色欲目的で話しかけてくる奴は少なくなったけど、なぜかこうして親しげに話しかけられることが多くなっている気がする。
……ワタシは悪女なのに。
それもこれもきっとガゼルのせいだ。
あの男、ことあるごとにワタシを褒めて隊員たちの印象を操作しているのだ。
あと魔術師部隊も怪しいわね。あいつら変にワタシを持ち上げるから……。
哨戒部隊員の一人は、ラドムといった。
茶髪が特徴的な優男だ。その相棒がムドラ。二人は双子の兄弟だ。
こちらは吊り目がちの三白眼で生意気そうな顔つきをしている。
「いいよなリア充様は。パーティーなんて俺らみたいな孤児には縁遠い世界だぜ」
「ちょっと、ムドラ」
「別に馬鹿にしちゃいねーよ。ただ事実を言ってるだけだ」
「もしかしてまた女の子に振られたの?」
「わ、悪いかよ!?」
「悪くないけど、それでカレン隊長に八つ当たりはないと思うよ」
「う……それは、悪かったよ……」
「気にしていないわ。ワタシはシャーリー以外どうでもいいもの」
「「ひでぇ」」
二人がどっと笑ったので、ワタシも少しだけ気分が良くなる。
別に親しくしてくれて嬉しいわけじゃないけれど……兄弟という関係を見ていると、ワタシたち姉妹の参考になるものがあるんじゃないかと思ったのだ。ワタシたちは幼い頃からずっと時間を共にしてきたわけじゃないから……こういう気安さみたいなのは、少し憧れる。
「それにしても暇だねぇ。今日も異常なしっと」
黒々とした荒野を眺めながら、ラドムは書類に書き込んだ。
この書類は魔道具になっていて、基地にある事務所に直接報告できる仕組みになっている。
「どっかの誰かさんが馬鹿すか魔術を打つもんだから、魔獣もビビったんじゃねーの。これだから魔術師は」
「魔術なしのカレン様に一発で気絶させられたのは誰だっけ、ムドラ?」
「うるせーな俺だよ! 悪かったよ!」
今日だけはこういうやかましいのも許せる気分だ。
ワタシは鼻歌混じりに周囲を見て、何もないことを確認する。
何もないならないで、さっさと帰ろう。
そして苦労して作ったケーキで、シャーリーを喜ばせてやるんだ……。
「それにしても静か………………いや、ちょっと待って」
突然のことだった。
ラドムが耳に手を当てて、ワタシもその違和感に気付いた。
──静かすぎる。
風の音も、虫の音も聞こえない。
ただワタシたちの息遣いだけが響く荒野の中に──それは現れた。
「な、なんだありゃ……!?」
それは黒い波だった。
否、黒い波のように見える、おびただしい数の魔獣の群れだった。
「嘘、だろ」
「大災厄だ……」
ムドラが蒼白な顔でつぶやき、ラドムが魔道具を取り落とす。
ワタシは背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。
「な、なによ。大災厄って?」
「数百年に一度現れる魔獣の氾濫のことです! で、でででも、前兆は全然なかったはずなのに……!」
「違う、前兆はあったんだ。魔獣の出現件数が増えてたろ! でも、どっかの誰かがすごい速さで殲滅するもんだから……!」
異常に気付けなかった。ワタシという戦力があったから。
そもそもシャーリーの婚約時。
ガゼルがローガンズ家に戦力を打診したのは、その兆候を無意識に感じ取っていたからかもしれない。
「おいラドム、さっさと基地に連絡しろ! 今すぐ対処しねぇとやべぇ! ガゼル様も呼び出して騎士団全員で対処しねぇと……!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ワタシは思わず二人を制止した。
認められなかった。受け入れられなかった。
「しゃ、シャーリーの誕生日はどうなるのよ……みんなで、せっかくパーティーの準備をしてたのに」
「んなもん中止に決まってんだろ! 一人の誕生日と国の命運! 秤にかけるまでもねえ!」
「そんな……」
「ムドラ。言い方」
ムドラはばつが悪そうに顔を逸らした。
「シャーリー様やあんたには、気の毒だと思うけどよ……でも今は、公私混同は控えてくれ」
「残念ですが……」
ムドラに同意するようにラドムが頷く。
その正しさが、何より国を思う彼らの気持ちがワタシの心を抉り取った。
「……っ」
きっと、ワタシが間違っているのだろう。
シャーリーよりも国を優先する、それが騎士の務めだ。
誕生日パーティーなんてものはいつでもできる。
でも、国がなくなってしまったら二度とパーティーも開けない。
分かってる。それは正しい。
誕生日なんて来年もやってくる。その次も、そのまた次もやってくる。
だから諦めろと、彼らはそう言っているのだ。
(でも)
今年の誕生日は、もう二度と来ない。
ようやくローガンズのすべてから解放されて。
ワタシとシャーリーが姉妹に戻れた初めての誕生日は、もう二度と──
「……結局、こうなるのね」
「え!?」
ワタシはラドムが拾った魔道具を取り上げる。
基地と連絡を取るための道具。彼らの命綱を。
「《燃え尽きろ》」
完膚なきまでに、燃やし尽くした。





