シャーリーの誕生日⑦
「カレンお姉さま!」
シャーリーは顔を輝かせた。
勢いよく席から立ちあがり、がばッ、とカレンの胸に飛び込んでいく。
「二週間ぶりです、お姉さま!」
「しゃ、シャーリー。人前で抱き着くのはやめなさい。はしたないわよ」
「あ、ごめんなさい。つい、嬉しくて……」
えへへ、と頬を赤らめたシャーリーにカレンは胸がきゅんと高鳴った。
この可愛い生き物を撫でまわしたいと思いながらも、ニマニマとした視線を感じるので手が動かせない。
(覚えていなさいよ、エリザベス……!)
「お姉さま、もしかして今の話聞いていました?」
シャーリーが恥ずかしそうに上目遣いで尋ねる。
カレンはしれっと答えた。既に涙は魔術で消してある。
「何のこと? 何か話してたの?」
「シャーリーさん、カレンお姉さまが大好きだって話してましたよ」
「アリアさま!?」
あっさりと暴露したのは様子を見ていたアリアだ。
カレンが王妃を見ると、彼女はくすりと笑って扇で口元を隠した。
席から立ち上がり、カレンの真正面に立つ。
「公の場以外で会うのは初めですね、カレン・ローガンズ」
「はい。王妃様にご挨拶申し上げます」
「あぁ、膝はつかなくて結構。ここにはルーンベルク家の名代として来ております」
アリアは笑って、
「男装の女騎士、ですか。よく似合っていますよ」
「もったいないお言葉です」
「北部前線基地での暮らしはどうかしら?」
「よくしてもらっています。ガゼル……上司にも恵まれておりますから」
「お姉さま、その手の包帯、どうしたんですか?」
ふと気づいたような。シャーリーの無邪気な問い。
カレンは「あぁこれ?」と何気なく手を上げる。
五本の指は例外なく包帯で巻かれており、痛々しい傷が見て取れた。
「ちょっと魔獣相手に怪我しちゃってね」
「お姉さまが負傷を負うほどの魔獣……!?」
「ん、んん」
戦慄したようなシャーリーにカレンは焦ったように目を泳がせた。
エリザベスとアリアですら血相を変えた様子だ。
それもそのはず。
カレンは魔術の大家、ローガンズ家で至上の天才と呼ばれていた女だ。
天候操作魔術や転移魔術を駆使する彼女の実力は先の動乱でも知られている。
「あの、国が滅んだりしませんよね?」
「シャーリーさん、そんな大袈裟な……いえ大袈裟じゃないのが怖いのですけど」
「カレン、その魔獣はどうなったの?」
周りが本気で心配し出したのでカレンは高速で思考を回転させた。
「そ、そうね。驚くほど手強い魔獣だったわ。ワタシがどのような手を尽くそうとも、思った通りにならなくて……すごく膨らんだと思ったら、驚くほどしぼんでしまうの」
「「「膨らむ!?」」」
「中身はとっても苦くて、ところどころ焦げていたわ」
「お姉さま、魔獣を食べたんですか?」
「接戦だったのよ。この手は魔獣の内臓をかき分けるときに傷ついたの」
「わぁあ……お姉さまが無事でよかったです。てっきり災厄の前兆かと……」
「ま、まぁ? ワタシに掛かれば朝飯前というか?」
「なるほど。そのせいで目が充血されていたんですね。夜通し戦われたのでしょう?」
涙の跡である。
カレンは勢いよく頷いた。
「その通り。よく分かったわねシャーリー。さすがはワタシの妹だわ」
「えへへ。褒められちゃいました」
ずいずい、と頭を差し出してくる姿が可愛くて黒髪の頭を撫でまわす。
そのうち胸に頭を預けてきた甘えたがりな妹に、カレンは苦笑した。
「もう。何歳だと思ってるの。甘えん坊ね、シャーリー」
「しょうがないじゃないですか。十年以上できなかったことですもの」
シャーリーは恥ずかしげもなく言い切り、背中に手を回す。
「大好きですよ、お姉さま」
「!? いいいい、いきなりなにを?」
動揺するカレンにくすりと微笑み、シャーリーは尋ねた。
「誕生日パーティー、来てくれるんですよね?」
「あぁ、うん。まぁ、暇があったらね」
「や、です。絶対に来てください」
シャーリーは顔を離し、ぷっくりと頬を膨らませた。
「わたし、お姉さまに来て欲しいんです」
「…………」
妹の健気な願いに応えない姉がこの世にいるだろうか。
ましてや、こんな風に甘えられて断ることが出来るか?
否、断じて否だ。
「……しょうがないわね。どうにか時間を捻出してあげるわよ」
「本当ですか!? 約束ですよお姉さま!」
元々行く気満々だったとはおくびにも出さず、カレンは頷く。
顔を輝かせたシャーリーは、「わぁ、わぁ」と喜びながら、
「じゃあ、これ!」
「……!」
ずい、と小指を差し出してきた。
脳裏をよぎる、いつかの約束。
ずっと一緒にいようと、幼い頃に違えた姉妹の誓い。
「絶対に来てくださいね。お姉さま」
「……えぇ。今度こそ、約束するわ」
もう二度と、この子を悲しませない。
カレンは改めて決意を固めながら、自分の小指を絡ませた。
と、二人がそんなやり取りをする傍ら──
「美しい姉妹愛……お母様、少しわたくしも混ざりに」
「空気を読みなさい。このお馬鹿」
「もー! わたくしも二人の姉ですのに!」
じたばた暴れる娘をおさえる母親。
王女と王妃のやり取りに振り向いて、シャーリーは笑った。
「ふふ。エリザベスお姉さまも、約束ですよ?」
「……どうしましょう、お母様、わたくしの妹が可愛すぎて悪い奴が寄ってこないか心配です」
「私はあなたの頭のほうが心配になってきましたよ……」
アリアは頭が痛そうにため息を吐くのだった。





