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駅ビルで起こした騒動が画像付きでネット上に出回ったことにより、ただでさえ主人公補正の力で女を引き寄せがちだった俺は、完全に女磁石の如き存在になり果ててしまった。無念。とか他人事みたいに言っておる場合ではない。何故かと言うに、そんなことを言う暇もないほど、もうそこら中から女がうようよと集まり、様々な方法でアプローチをかけてくるのだ。
登校の最中などは、曲がり角の度に一回一回違う女が飛び出してきてぶつかるわ、三秒ごとに空から女が降って来るわ、五メートル間隔で地中からゾンビの如く女が這い出てくるわで、時間どおりに登校することさえままならない。っていうのは半分以上冗談だが、とにかく時間どおりに登校することができぬというのは真実。何故か住所も特定されていて、俺の家の周囲は待ち伏せする女どもで人口密度が常に異常な高さになっている。ふざけるなっ。
このままでは生活のあらゆる局面に破綻が生じかねないので、俺はそうした女たちの二、三人に『無理矢理アプローチする奴、ストーカー行為をする奴、ぶしつけにいきなり話しかけてくる奴は俺と付き合える可能性が万に一つもありません』という意味の文章を、拡散希望付きでツイッターに呟かせた。
だが、それでもあまり効果をなさなかったので、俺は発狂しかけた。いやしていたのかもしれない。なぜなら、ついに要望を述べる姿を動画で撮影して、それをユーチューブに投稿する暴挙に及んだのだから。
『俺に惚れている全ての女性たちに告ぐ。俺から好かれようと思ったら、俺のことを好きになる以前の生活を続けろ。それが俺と付き合える可能性が一番高い。わざわざ俺に会いに来たり、話しかけてきたり、ストーキングしたりして自己主張する奴とは、俺は絶対に付き合わない。だから、そういうことは止めた方がいい。お前ら、俺と付き合いたいでしょ?俺にメロメロなんでしょ?もう、俺のことしか考えられないんでしょ?それは分かってる。十分に分かってるから。だからこそ、俺を好きになる以前の生活を続けてほしい。俺は自然体の君が一番好きなんだ。では、よろしく頼むよ、女性諸君』
画面の中の俺は真顔で語り終えた。
「ぐふふ、何度見ても気違いですわ」光輝は部室のパソコンで動画を見終え、腹を抱え、涙を流し、よだれを垂らしながらシャブ中のように笑い狂っている。「ふふふふふふ。おなかが捩れる」
「黙れ。こっちにとっては死活問題だ」
「みたいですね。たった一日で再生回数が十億を突破してるじゃないですか。これ、自分でホームページでも作ってアフィリエイトで稼いだ方がためになりますよ。僕がやっていいですか?」
「ダメだ」こいつに自分のホームページを作らせる?ははは、笑止だよ、そんなもん。ていうか、何の罰ゲームだ。
「まったく、何考えてるんだか」ほのかが呆れたようにため息をつく。
「かく言う海野さんもしっかりブックマークしてるんでしょ?」
「それは、正のバカっぷりをちゃんと保存しとくためにね。今後私をバカにした時に、この動画で自分のバカさ加減を思い出させてあげるんだから」
「よかったですね。八代さんの動画が手に入って」
「あんたねぇ、ここの場所をばらすわよ?」
「じゃあ、僕は海野さんが八代さんのことを好きだってばらそうかな」
「べ、別に好きでも何でもないから痛くもかゆくないんだから、そんなの」
「そうですか?この手の噂はすごい勢いで広まりますよ。そして本人が否定すればするほど逆に信憑性を増していく」
「う…」
「それに耐えられるんですか?海野さんは」
「この外道」
「結構、結構。僕は陰険部の部長ですから」
二人は歯噛みしながら睨みあっている。
「喧嘩なら外でやってくれ。俺の唯一の憩いの場なんだ」
「偉そうに言わないでくださいよ。僕が八代さんを連れて来てあげたんじゃないですか」
「忘れたな、そんなこと」
「そして、私がいるから憩いになってるんじゃないの?」
「お前は人の話を聞け」
俺はソファに横になった。天井を見上げるとここまで狭くなってしまった自分の世界に泣けてくる。かなしーわー。とか叫びたくなる。
「そう言えば、最近男どもの反撃はどうなんですか?」光輝は心配そうな口調を装いながらも嬉々とした様子が隠せていない。
「日に日に悪化しているな」
「どうせ八代さんのことだから、自ら火に油を注いでいるんでしょう?」
「そんなつもりはない」結果的にそうなっているが。
駅ビル騒動の翌日に三人の男どもに絡まれて以降、似たような連中は随分と押し寄せてきていた。それぞれ実力行使、罵倒、慨嘆、復縁協力の要求や陳情、慰謝料の請求などなど実に様々な形で訴えかけて来たが、もちろんそのどれも撥ねつけた。そして、その撥ねつけ方たるやほとんど全てが余計にむこうの怒りを煽るものになった。言っておくが、決して意地悪をしてやろうと思ったのではなく見えない壁を壊そうとした結果である。しかし、無論のこと相手はそんな事情は知らないのでブチ切れただけである。一度など復縁に協力すると言ってそいつの彼女であった女のところへ行き、『こいつと復縁してやってくれないか?そしたら俺が同時に君と付き合ってあげるよ』と言ったらその男に殺されかけた。女の方が即OKしたためにその殺意はひとしおだった。まあ、付き合ったりしたら俺の生命はあっさりと刈り取られてしまうので、初めから微塵も付き合う気は無いんだけどね。おほほほほほ、愚か者のタコ踊り。
とまあ、とにかくそんなこんなであったから、買う恨みも短期間に指数関数的に増大し、俺への反撃も直截的なものだけに限られなくなってきた。俺の上履きや靴をエキセントリックに改造したり、背後から近づいてエキセントリックなことを書いた紙を背中に貼りつけたり、移動教室の隙を突いて俺の弁当をエキセントリックな味付けにしたりと、陰険部に勧誘すべきだと思われる人間もちらほら現れたくらいである。
しかし俺は上履きや靴が改造されれば女子に金をタカって新調するし、主人公補正の力によって変な張り紙くらいでは俺の評価は変わらないし、弁当がダメになったら女子の持ってきた弁当と交換するので、しわ寄せは全て女子にいく。何をやっても、飄然と受け流す。ははは、愉快痛快。いとをかし。
などという雰囲気を醸していたら、やっている方がそれを見て余計に腹が立った・ムカついた&健気に俺を助ける女子の姿に居たたまれなくなったのか、割とすぐに陰湿な反撃の方はなくなった。だが直接的に来る奴らはまだまだいるので、段々と本格的に心休まる場所が陰険部の部室くらいになってきている。世界が狭まっている。
やばい。やばいけど、どうしようもない。
真摯に謝罪するなど下手に出るといった常識的な解決手段があるだろう、と思う人があるかもしれないが、俺ははっきり言って微塵も自分が悪いと思っていない。だから、謝るとすればそれはまるっきり嘘を吐くことになる。まあ、嘘自体はいい。だけど、これは物事を穏便に済ますための嘘であるのが問題なのだ。なぜなら、そういった嘘は俺が最も憎む見えない壁の発生源だからである。
嘘で塗り固めた、見せかけだけの協調や安寧を貪ることを俺は許さない。俺が求めるのは教室でウンコを漏らした奴がいたら、すかさず「くっさ」と言って大笑いする社会である。「くっさ」と言われて大笑いされたら、漏らした本人はすかさず「黙れ」と言いながらそいつに出したてほやほやのウンコを投げつける社会である。まあ、俺一人が奮闘してもそんな社会には絶対なりそうもないけれど。だが、できることはする。戦い続ける。何で?俺が聞きたいよ。
「ぐふふ。八代さんは大変かもしれないですけど、僕には最高のエンターテイメントです」
「そうか。今度は光輝に責任をなすりつけてみるか」
「冗談ですよ。勘弁して下さい。僕は八代さんみたいに強い人間じゃないんだから。陰険なことをするのがせいぜいです」
「でも正、本当に大丈夫なの?あんまりひどいようだったら、先生に言った方がいいんじゃない?」
「何だ、心配してくれるのか?」
「べ、別にそんなんじゃないけど」
「幼馴染で、なおかつここ最近毎日顔を合わせている人の心配をしないなんて、人間としてどうなんですか?」
「いや、だから、その、人並みには心配してるわよ。だけど、特別心を砕いて正を心配しているわけじゃないっていうか」
「つまり口先だけの心配だと」光輝はさらにからかう。
「違う。そうじゃなくて…」
「分かってる、分かってる。恋愛感情からくる特別な心配とかじゃなくて、普通に知り合いの身を案じるような心配ってことだろ?」
「そうそう」ほのかが力強く頷く。
「そして、わざわざそんなことを言うのは、本心では俺のことが好きだけどその気持ちが露見するのは恥ずかしいからであり、そうやって恥ずかしくて本心とは逆のこと言っちゃう私って可愛いでしょ?キュンとくるでしょ?惚れちゃうでしょ?だから早く私に恋しなさいってことだろ?」
「ちがーう!」
「八代さん、的確過ぎです」
「バカじゃないの?違うって言ってるでしょ」
「熱くなるほど墓穴が深くなりますって何度言えば…まあ、いいです。それより、文化祭の邪魔工作として、八代さんの握手会を学校のすぐ隣で開催しようと思うんですけど」光輝はさらりと意味不明な提案をした。
「何だよ、それ…」
「八代さんが握手会を開けば、文化祭に来た女は一人残らずそちらへ流れる。そして文化祭を開催するこの高校の女子生徒も一人残らずそちらへ流れる。文化祭を妨害するには結構効果的だと思いますよ。何回でも握手できるようにすれば文化祭は男だけでやらなければならなくなる。そうなれば僕のクラスなんてメイド喫茶だから壊滅的打撃です。ぐふふ」
「地味だなぁ…でも、ちょっと面白味に欠けるかもしれんけど、まあ有りだな」
「正気?人が集まらなかったら、バカ丸出しじゃない」
「平気です。今の八代さんなら教祖にでもなれるくらいのモテっぷりですから」
「でも」
「嫉妬は見苦しいですよ」
「な…違うっての!」
「それで八代さん」光輝は華麗にスルーした。「細かいことを色々話し合いたいですし、土曜もここに来て下さいよ」
「土曜は無理だ。ていうか、何で休みの日までこんなアホな活動に時間を割かなきゃならんのだ」正直、金をもらっても気が進まない。
「いいじゃないですか。どうせ暇でしょ?」
「暇じゃない。とにかく土曜は無理だ」
「文化祭妨害計画より姉と妹とDウォーターパークに行く方が大事なんですか?」
「ああ、そうだ…って、おい!何で知ってんだよ?」
「僕の情報収集能力を舐めないでください」
相変わらず気持ち悪いな、こいつ。そうやって人のプライバシーをコレクションして悦に入るとはつくづく人間が壊れているとしか言えない。そんなんだから、人生の大半が無意味なことで台無しになるんだよ、この腐れ外道。と言いたかったが、そんなこと言ってもこの面妖な男は元気になるばかりなので、黙りこむ俺。実に悔しい。口惜しい。いまいましい。ということで、仕返しに思い切り放屁した。
ブブブバッ。
「うわ、何するんですか、くっさ。やめて下さいよ、窓も無いのに」
光輝は鼻を摘まみながら手で周囲を扇ぐ。ははは、ざまあ見さらせ。歩くプライバシー侵害め。
「え!正、本当に愛里さんと優里ちゃんとDウォーターパークに行くの?」ほのかは俺の放屁にまったく無頓着で、ただただ焦っている。
「行くよ」
「やっぱりシスコンですなぁ、八代さんは。この年になって姉と妹と一緒に出かけるなんて、よほどですよ」
「仲がいいと言え」
「いや、正、そ、それはシスコンね。おかしいし」
「悔しいんですね。分かります」
「違うわよ!」
「ま、とにかくそういう訳で無理だ。そもそも休みの日までアホなことをするのも気が進まんしな」
「常にアホなことしてるくせに?」
「お前と顔を合わせていることが最もアホなことだ」
「僕と八代さんの絆はそんなものですか?」
「お前との絆なんて、そんなおぞましいものは存在しない」




