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本気で素敵な真ん中っ子  作者:
第一章 寂しげ健気な真ん中っ子の話

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3/6

第二話

 漂うように日々を過ごしていれば、いつの間にか六月も残すところ三日となっていた。

「うさぎは寂しいと死んでしまう…なんて言葉は、きっと誰もが聞いたことがあると思うけど、それはただの都市伝説みたい。いつぞやのドラマの台詞だか、曲の歌詞だかをきっかけに社会に広まっただけで、実際、寂しさが死の直接の原因になることも、寂しさだけで死ぬということも、科学的根拠にはないんだとか」

 黒板を前に、真面目な顔を作った相沢先生が言う。

「でも、私からすれば「それはただの迷信だから大丈夫だよ」なーんて言って、一口に否定するのもいかがなものかと思うんだよね。死に直結しないとはいえ、寂しさがストレスになって体調を崩したりすることだって当然にあるだろうし、それ以外にも直接ではないものの原因になることはあるはずでしょ?」

 先生がこの学校に来てからまだ二ヶ月。早くもすっかり恒例となった都市伝説雑談は、クラスのみんなからは割と好評だった。もちろん、私も結構好きだ。特にたいしたものではなくて、巷に転がっている都市伝説を説明したり、それについて先生自身が考えていることをただ聞いたりするだけなんだけど、それがいい。単に教科書の解説をつらつらと話される授業よりも、ちょっとした雑談を挟みながらの授業の方が、やっぱり聞いていられるから。

「そう考えれば、「うさぎは寂しいと死ぬ」という言葉自体は結果として嘘ではないわけじゃん?ていうかそもそも、「寂しいと死ぬ」という言葉から「寂しさが死の直接の原因になる」だとか、「寂しさだけで死ぬ」だとか、勝手な意味合いを乱暴に抜き出して物を言うこと自体、まずよろしくないんだけどね。…で、なんでこんな話になったんだっけ?」

「言葉は正しく使いましょうって話でしょー」

「あ、そうそう、そうだった」

「あはは」

「先生しっかりしてー」

「ごめんごめん」

 和やかな雰囲気の中、私は一人ぼんやりと、先生の言葉を反芻する。

「…」

 ウサギは寂しいと死ぬ。

 もしも、人間も寂しさで死ぬことがあるのなら、私はどうだろう。死んじゃうかな。いや、もう小さい頃に死んで、とっくにこの世にいなかったりして。

 なんて。

「どーしったのっ?」

「うわぁっ!?」

 放課後。箒を手にぼんやりと掃除をしていた私の顔をのぞき込むようにして、相沢先生は現れた。

「学校の箒ってさー、なんか学校でしか見ない形してるよねー」

 なぜか私の手から箒を軽やかに奪い取って掃き始めた先生が言う。

「確かにそうですね」

「あ、駄目だよ宮内さん。集めた埃を救うときはね、こぼうきを使わずちりとりで勢いよくガッて救わないと!」

「いや、なんですかそれ」

「お、やっと笑ったね」

「えっ」

 思わず手が止まる。顔を上げれば、安心したように笑う先生と目が合った。

「よかった。今日はなんか私の授業からぼんやりしてたから」

「す、すみませんっ」

 ビクッと肩を揺らす。慌てて手を動かせば、先生は「いやいや」と苦笑いをこぼした。

「怒ってるわけじゃないよ。何かあったのかなーって」

 はっとして、もう一度顔を上げる。相沢先生は変わらずに、優しい笑顔でしっかりと私のことを見ていた。

 …やっぱり、いつもおちゃらけてるけど、生徒のことはちゃんと見てくれてるんだよね、この先生。

「…ちょっと、考え事をしてて。特に何もないですよ」

 なんだか妙にむず痒くなって、私は視線を床に移した。

「考え事?」

「別に大したじゃないです」

「そう?大したことじゃないなら良いけど、大したことになる前に決着はつきそうなの?」

「え?…あっ」

 今度はちりとりまで持って行かれた。

「ストレスとかけまして、ゴミと説きます」

 先生はすぐそばのゴミ箱にコンコンとちりとりを軽く叩きつける。

「…そ、その心は?」

 一応、聞いてみる。

 先生は満足そうににやりと笑った。

「どちらも、溜め込むのは良くありません」

「…」

 さいですか。

「あれっ?上手くなかった?個人的にはこれキマったな…って思ったんだけど」

「決まってはいましたよ」

 そのドヤ顔がなければ。

「まぁいいや。とにかく私が言いたかったのはね、誰だってボヤを大火事になるまで放置してから消火しようとは思わないでしょ?ってこと。なんでも大事になる前に対処した方が良いんだよ。自分一人で解決するにしろ、他人に助けを求めるにしろね」

 そういって、先生は箒とちりとりをしまう。

「よしおっけー」

「せんせー、こっち掃除終わったー」

「お、ちょうどいいじゃん。じゃあ宮内さんも一旦行こう」

「あ、はい」

 グループで集まって、簡単な報告と確認を行う。

「全部終わってるね。よし、解散っ」

 先生の言葉を合図に、みんなそれぞれに散る。よし、掃除はこれで終わー

「…あっ、ゴミ捨て忘れてた!」

 全然終わってなかった。

「…私捨ててきますね」

 二つのゴミ箱を手に取る。なんとなく、いつも母に頼まれる朝のゴミ捨ての風景が重なって見えたような気がした。

 けれど、それも一瞬だけ。

 するりと、一つのゴミ箱が先生の手に取られる。

「一緒に行こう」

「…」

 何かが、ほろっと崩れたような心地がした。



 並んで階段を降りていく。

「…あの、さっきの話なんですけど」

 ためらいながらも口を開いたのは、多分、さっき先生が言った「一緒に」という言葉に少しだけ期待をしてしまったから。

「うん?」

「やっぱり、ちょっとだけ、聞いて貰ってもいいですか」

「…うん、もちろん」

 先生はまっすぐ前を見たまま、ただ頷く。

なんでだろう。同じく目は合わないのに、どこか前のめりになって話を聞いてくれているように思える。なんかちょっと照れくさい。でも、決して悪くない。

「ちょっと、考えてたんです。もしも、人間も寂しさで死ぬことがあったら、私はどうなんだろうなって」

「宮内さんが?」

「…はい」

 私は短く一呼吸をしてから、口を開く。



 三歳の誕生日を迎えてから二ヶ月くらい経った頃に妹が生まれて、私は家の中で放置されることが極端に増えました。兄と妹の世話で母が手一杯だったんです。妹はよく泣く子でしたし、兄は兄で母にべったりでいつも駄々をこねていたので。だからよく母に声を掛けては、いつも「ごめんね」と「また後で」だけを言われてました。それが結構寂しくて。少しでいいから母に目を向けて欲しいと、子供心ながらにずっと思っていたんです。でも、思っただけで叶うなんてことはないので、色々考えたんです。その結果、私がとった行動は、母を支えることでした。自分から率先して母を手伝ったり、負担を掛けないよう一人でできることは母を頼らないで自分でこなす努力をしたり。妹の面倒だって進んで見ていました。そのおかげか、母は最初とても喜んでくれました。「すごい」とか「ありがとう」とか「助かる」とか、とにかくたくさん褒めてくれて、優しく頭を撫でてくれました。普段はちっとも顔を向けないけど、その瞬間だけはきっちりと私を見ていたんです。それがすごく嬉しくて。もっと頑張ろうって、張り切りました。

でもなんていうか、その、やり過ぎちゃって。母が慣れてしまったんです。だんだんまた目が合わなくなって、何の反応もしなくなって、最後には、むしろ母の方から私に頼み事をしては、感謝どころかさも当然のような態度をとるようになりました。今なんて、何かある度に、どんなに他に手の空いている人がいても私に頼むようになっていて。なんていうかその、私は、母にとっての私は、一体何なのかなって、思って。今はもう、小さい頃みたいに母に見てもらえなくて寂しい、とは思わないんですけど、でも、なんか虚しいというか、えっと…



「…そっか」

 それだけ言って、先生はぽんと私の頭を叩く。

 話に夢中になっているうちに、いつのまにか焼却炉前に辿りついていた。

「…すみません。こんな、学校とは全然関係のない話しちゃって」

 好きに吐き出してすっきりしたからか、冷静になった頭が急に羞恥心を引っ張り出してきた。

「いいやいいや。関係無い話をしちゃいけないなんて決まりはないでしょ。そんなこと言ったら、私の授業中のあの話はどうなるのさ」

「…それは、確かに」

 思わず、小さく笑ってしまった。




 焼却炉前に置かれたゴミの回収ボックスに、それぞれ分別された袋を置く。もう何年も前に使われなくなった焼却炉は、今ではただのゴミ捨て場と化していた。

「そういえばこれは独り言として聞いて貰って良いんだけど」

 先生がぱんと手を払いながら言う。

「?はい」

「私も真ん中っ子なんだよね」

「え、そうなんですか?」

「そうそう」

 先生が頷く。

「私の場合はお姉ちゃんと弟だけどね。だから宮内さんの気持ちは、ちょっとだけわかる気がするよ。まぁ、宮内さんみたいにちゃんと自分の気持ちを考えたことはなかったけど」

「?先生は寂しいとか思わなかったんですか?」

「そうだね。私の場合は物心がつく前から既に挟まれてたから、知らない間にこういうものだって思ってたんだよ。だからまともに自分の気持ちとか考えたこともなくて、色々危ない目にも遭ったなぁ」

 相沢先生は遠い目をしながら頬をかいた。

「だからね、宮内さんはすごいと思う。ちゃんと寂しいって気持ちを最初から持っていられてたなんて。私には出来なかったから」

「…ありがとうございます」

 少し、引っかかった。

 ちゃんと寂しいって気持ちを、最初から持っていられた。

 …小さい頃の私は、いつから寂しいって思うようになったんだろう?

「さ、校舎に戻ろっか」

「あ、はいっ」

「そういえば、笹原さんは大丈夫かな。熱出たって連絡あったけど」

「朝に電話がかかってきたんですけど、その時はすごく元気そうでしたよ」

「そっか、それなら良かった」

「ちょうど今日地毛の申請が期限日だったみたいで、めっちゃラッキーって喜んでました」

「あはは、良いね」




 いつもと同じ、小さい頃の夢。

 けれど今回は、いつもと内容が違っていた。

「もうすぐ母の日なので、みんなでお母さんの似顔絵を描いてプレゼントしましょう」

 なんてことない、幼稚園での工作の時間。

先生の言葉にみんなと声を揃えて返事をした私は、勢いよくクレヨンを手にしたところで、ふと気が付いてしまう。

「…あれ、」

 机の上に置かれた画用紙を前に、クレヨンを握る手が止まる。

「…おかあさんって、どんなかおだっけ」

 ぽつりと呟いたその瞬間、どうしようもない寂しさが涙とともに溢れ出て、じわじわと怖くなった。

「わたし、おかあさんのかお、わかんない」




 はっと目が覚めた。

「…」

 今のはなに?

 もしかしてあれがそうなの?

 私が寂しいと思った瞬間ってこと?

 今の今まで見ていた夢を忘れないよう、頭の中でもう一度思い浮かべながら昔の記憶を辿る。

 幼稚園の工作の時間。母の日の似顔絵。

 お母さんの顔が描けなかった。

 何で描けなかったんだろう。

 描けなくて、どうしたんだっけ。

 考えながら、顔を上げる。視線の先は、クローゼット。

「…残ってたりしないかな」

 ベッドから降りて、クローゼットを開ける。

「…ないか」

 中にあったものを色々開けて見たけれど、幼稚園のものなんてまともに残っているものはなかった。

「…あ、」

 ふと、思い出す。

 そういえば、小さい頃にお兄ちゃんが作った工作を、母が階段下の収納スペースしまっていたのを見たことがあったような。

 散らかしたものも片付けないままに部屋を出る。早足で階段を降りて収納スペースの元へ向かい、扉に手をかけた。

 カチャリ、と軽い音と共に、扉が開く。

「…」

 幼稚園の制服やランドセル、工作の時間に作ったのであろう、牛乳パックやトイレットペーパーで作られた歪な形のおもちゃ。

 まるで時が止まっているみたいな中の様子に、私は自分の勘が当たっていたことを理解して、ごそごそと漁り始める。

 ない。

 ない。

 ない。

 …やっぱり、ない。

「…捨てたかなぁ」

 一向に見つからないまま、ため息だけがこぼれる。ていうか、よく考えて、母親の顔がわからないなんて、そんなことあるかな。

「…ん?」

 一つ、奥の方に見覚えのある箱を見つけた。

「…あ、」

 引っ張り出して開けてみれば、幼稚園の時に使っていた、お道具箱とお絵かき帳が入っていた。

「…」

 思わず息を飲む。

 …これにも、何か似顔絵があるかもしれない。

 謎に心臓がバクバクと鳴り始める。

「…ふぅ、」

 一呼吸を置いてから、私はそっと、表紙の一枚を捲ってみる。

「…!」

 目に入ったのは、なんてことない家族の絵。

 父、母、兄、妹、そして自分。

 みんな笑顔の、平和そうな家族の絵。

「…なんだ、描けてるじゃん」

 私は拍子抜けした。

 横顔ではあるものの、ちゃんと母には顔が描かれていた。にっこりと笑った顔が。

「母親の顔がわからないなんて、そんなわけないじゃんね」

 謎に張り詰めていた緊張がほどけた私は、そのまま適当にパラパラとお絵かき帳を捲る。同じような絵がいくつか目に入った。

「…ん?」

 全ての頁を流し見した後、私はなんだか妙な違和感を抱いた。

「…」

 もう一度、少しゆっくりと捲って、一枚一枚を確かめるように見た。

 そして、気がついた。

「っ…」

 駄目だ。

 やっぱり私は、お母さんの顔はわからなかったんだ。




「あら、明里?何してるの?」

「!」

 音が聞こえたのだろう、呆然と引っ張り出した物たちをしまう私の元に、母がやってきた。

「…」

 確かめるように顔を上げれば、不思議そうな顔をした母と目が合う。

「…何でもない」

 視線を戻しながら言葉を返せば、母は一言「そう」とだけ言って、それ以上特に追求することはなく、代わりにいつものねだるような声が続けられた。

「あ、そうだ明里。悪いんだけど、今日小学校の役員飲み会があるの。夕飯は作っておくからあと任せていい?お兄ちゃんは今日用事があって、帰りも遅いみたいで」

「…わかった」

「ありがとう、よろしくね」

 一言頷く私を見ると、母はやはりすぐに戻っていった。

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