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後編・義兄の想い

 暗い隠し通路を抜けて、王宮内に出る。

 作戦は海辺の町の海岸で水棲モンスターを狩るときと同じだ。

 ソールが吠えるか噛みつくかして相手の動きを止め、ノックスが殴りつけ、ステッラが引っ掻く。体の大きさは人間の幼児と変わらなくても妖精(シー)である彼らは力が強い。最後に私が殴って蹴飛ばす。


 人間相手だと手加減しないと死んでしまうかしら。

 ナイトハルト陛下のときは、殺してもいいかなって思ってた。

 よく薬を買いに来てくれる年を取っても美人な女船長に頼んだら、死体を沖に捨ててきてくれるだろうし。


「カントルは一度針を刺すと死んじゃうけど、僕は牢番として剣を学んだから」


 ハイラムも手を貸してくれる。

 (はかりごと)は密なるを良しとす、だから、今回忍び込んだのはふたりと四体だけだ。

 季節の神々の眷属妖精がすべて揃っているというのは、なかなかないことではないだろうか。……王都の悪を倒すことでハイラムに恩を返そうと思って戻ってきたのに、彼に手伝ってもらってていいのかしら。


 いくつかの扉を開けて、暗い部屋に入る。

 義兄とアラナ様……アラナが籠もっているという部屋だ。

 饐えた匂いの中に人の気配があった。


「……エヴリン……エヴリン……」


 私を呼ぶ声に驚いたが、侵入に気づいているのではないようだ。

 随分衰弱していたけれど、義兄の声のようだった。

 彼は、私を産んだ後で母の体が弱り第二子を望めないと医師に言われたときに、分家から引き取った養子だ。実の兄妹ほどではなかったものの、家族として仲良く暮らしてきたつもりだった。婚約破棄に加わっていたのは、ナイトハルト(クソ)王太子殿下に逆らえなかったからだと思っていた。


「ああ、うるさいねっ!」


 アラナの叫び声が暗闇を裂く。


「お前がアーウェルサ教団でアタシを呼び出したんじゃないか! それは義妹を忘れるためだろう? なんだっていつまでもあの娘の名前を呼ぶんだよ!……ん? 鼠かい?」

「エヴリン?」


 うおおぉぉん!


 ソールが吠え、ノックスがアラナに殴りかかった。

 暗闇にも目が慣れてきた。彼女は蝙蝠のような羽を出して避ける。

 魅了なんて人間業ではないと思っていたが、彼女は召喚された悪魔のようだ。


「シャーッ!」


 ステッラの爪も届かない。春の女神様の眷属妖精以外の羽は体に比べると小さ過ぎて、空を飛ぶことはできないのだ。

 浮かび上がっていたアラナが、私に向かって急降下する。

 彼女の爪は鋭く尖り、おそらく毒があるのではないかと思われた。


「カントル!」

「ハイラム! 守護妖精の命を懸けてまでは……え?」


 カントルはアラナに刺しかかったのではなかった。

 私の背中に止まって、虹色の羽を大きく広げたのだ。

 背中で見えなくても感覚でわかる。この羽は私の思い通りに動く。ソールの尻尾が敵を眠らせられるのと同じで、これがカントルの妖精(シー)としての特殊能力なのだろう。条件が同じなら互角に戦える。私は飛び上がり、右の拳を振りかぶった。


「うぐう……っ」


 体勢を崩して宙から落ちかけたアラナに左足を蹴り込む。

 戦闘になるのがわかっていたから、今日は動きやすい男装をして来ているのだ。左足だけでなく右足も自在に蹴り込める。最後に両手を組んで、彼女の頭に振り下ろす。

 床に落ちたアラナに妖精(シー)達が駆け寄り、季節の神々に祈って浄化する。彼女は霧散して消えていった。


「この人はどうする?」


 私がアラナと戦っている間に、ハイラムがお義兄様を鞘に入れたままの剣で殴って気絶させていた。


「殴りたいけれど、殴ったら起きてしまうわよねえ?」


 家族として暮らしてきた人を意識がない状態で殴るのは気が引けた。


「そうじゃなくてエヴリン。彼の気持ちをどうするの?」

「気持ちもなにも……私、これからもマルゴー共和国でこの子達と暮らしていくつもりだから」


 そういえば、王宮でメイドに悪さをしていたナイトハルト王太子殿下を殴りつけて(あのときも前歯を折ったわね、乳歯だったけど)国王陛下に婚約を頼まれるまでは、お義兄様と私を結婚させて侯爵家を継がせる予定だったのよね。……まあ、過去のことだわ。

 私とハイラムはお義兄様を縛り上げ、隠し通路から外へ出て解放軍に報告した。

 後はフロンス王国の民がどうするかを考えればいい。召喚された悪魔はいなくなったから、お義兄様も正気に戻っているかもしれない。……戻ってないかもしれないけど、どちらにしろ罰を受けさせればいい。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 数日後、私達は王都を出てマルゴー共和国への帰路に就いた。


「……」

「どうしたの、エヴリン」

「ハイラムあなた、一緒に来るつもり? 春の女神様の愛し子がフロンス王国を出てもいいの?」

「夏の戦神様を祭るマルゴー共和国に住んでいる、冬の魔神様と秋の女神様の愛し子に言われたくないなあ。そもそも愛し子って言われても眷属妖精に守護してもらえる以上の特典ってないよね? エヴリン、昔から強かったじゃん」

「夏の戦神様の加護でモンスターを威圧したり、冬の魔神様の加護でモンスターの弱点がわかったり、秋の女神様の加護でモンスターの一番美味しい部位がわかったりするわよ」

「エヴリンはスゴイわふ」

「スゴイんだクマー」

「眠くなったから抱っこしてほしいにゃ」


 ステッラを抱き上げた私に、ハイラムが言う。


「ねえエヴリン。今言ったの、全部前からできたよね?」

「そそ、そんなことないわよ? 慈善活動の資金を稼ぐために、別人の振りをして冒険者ギルドでモンスター狩りに行ってたりしなかったわよ?」

「いいけど。……とにかく僕、エヴリンと行くよ。だって嫁入り前の乙女に傷をつけた責任取らなくちゃならないもん」

「気にしなくていいのよ? この前蟹を食べてて、ハサミの先が指に突き刺さったときの痕も消えそうにないんだし」

「それ、顔の傷と同格じゃないよね? いいじゃん。王都のことは僕の仲間がなんとかしてくれるし、孤児院のみんなも下水道で栽培している野菜の儲けで逞しく生きていくと思うし……教団に売られそうになったのを助けてもらってからずっと、僕はエヴリンのことが好きなんだし。孤児院の裏庭で精魂込めて作った虹色の花を渡した理由、まだわかってないんだろうなあ……」

「え? なにか言った?」

「ううん、早く出発しようよ。エヴリンの妖精(シー)達はどんな馬を呼び出せるの? 僕のカントルは空飛ぶ葉っぱを呼び出せるから、一緒に乗らない?」

「なにそれカッコいい、ズルい……」

「乗りたいわふ」

「乗りたいんだクマ」

「……くーくー……」

「ブーンブーン」


 そしておかしな一行は旅立った。

 このときの私はまだ知らなかった。

 妖精(シー)達との生活で体が丈夫になり、今回のふたりっきりの生活を第二の蜜月のように楽しんだお母様が身籠っていて、やがて私の弟か妹を産むことを。


・おしまい・


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