「好奇心が猫だけを殺す」(8)
押し倒された戦斧のロイヤルガードは、ようやく失った指の痛みに覚醒したようで、飲み込もうとしても飲み込めない嗚咽のような悲鳴をあげ始めた。
「騒ぐな」
隻眼の剣姫は冷たい声を出す。
「質問しているのはわたしだ。おい、ハニカムウォーカー!」
眼下のロイヤルガードから目を離さず、フランチェスカは横の暗殺者を呼ぶ。呼ばれた当人は、伸びている大楯のロイヤルガードの腰から剣を外し、腰袋を漁りはじめていたが中断して、ぴん、と両手を上げた。
「何」
「流れるように死体漁りを始めるな!」
「失礼な!殺してないよ!」
悲鳴のような抗議。フランチェスカの声が意外そうな色になった。
「殺して…いないのか」
「なんだよ、そっちが殺すなって言ったんじゃないか!それにわたしは今、関係者はなるべく殺さないっていう難しい依頼を受けている最中なんだ。依頼主が見てなくても、仕事はきちんとやるのがわたしのモットーだ」
「じゃあ一体何をしている」
「武装解除と、ここのマスターキーがないか探してたんだけど、ないんだよね」
「そっちになければ、こいつが持っているだろうな。おい」
フランチェスカがしゃくると、戦斧は小刻みに頷く。
「殺さないんなら手当してあげたらどうだい?」
ハニカムウォーカーは小器用に大楯のロイヤルガードを縛り上げながら、フランチェスカの背中に声をかけた。背面、弓反りになるように手足を結んでゆく。大楯は小さくうめき声をあげたが、気を失ったままのようだ。
フランチェスカは返事をせず、戦斧を揺さぶる。
「なぜハニカムウォーカーを狙う。あのエルフの差金か。ロイヤルガードは公正中立のはずじゃなかったのか」
「やめろ、おれはロイヤルガードじゃない」
「その鎧」
「渡されただけだ」
「ふざけたことを」
吐き捨ててフランチェスカが乱暴に兜をむしり取ろうとしたが、流石に簡単には脱がせられない。そうこうしているうちにてきぱきと大楯の梱包を終わらせたハニカムウォーカーが手を貸した。
もう戦斧に戦意は残っていないようだった。されるがまま、後ろ手に縛られて座らされる銀髪のヒューマン、その顔に見覚えはない。
二人は顔を見合わせた。
突入時の不手際から見ても、彼らが誰かに言われて強襲したのは間違いなさそうだった。ハニカムウォーカーの顔も知らず、そこに警護として赤襟の傭兵が配置されているのも知らされていないということは、まったく宮廷会議とは関係ない方面か、あるいは全て承知で「返り討ちで殺されるため」に送り込まれたか、だ。
例えば、ハニカムウォーカーを有罪にしきれなかったというリィンが、彼女の「明らかな新しい罪」を新しくクリエイトするために工作したというのも十分ある筋書きではあった。
何を聞こうか迷っているのか、言いあぐねているフランチェスカの横からハニカムウォーカーが割り込む。
「さっき君のその指、手当てをしてあげたこのやさしいわたしがハニカムウォーカーだ。はじめまして、になるのかな。はじめまして。君の指を切り飛ばしたこの怖い人のことは知ってる?知らないよね。知らないなら知らないままでいようね」
フランチェスカは表情を変えず、少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「まあわたしは君の顔に見覚えがない。顔も知らない相手を殺しに来て現場で殺しそこなうというのは、ああ、ちょっと失礼な言い方になるけど、端的に言って“向いてない”んじゃないかなと、わたしは思う」
「……」
「まあいい、わたしは君に質問をしないよ。喋りたくなったら好きに喋るといい。興味が湧いたら、もしかしたら途中で手を止めるかもしれない」
ぱたん、と本を閉じるような動作。両手を合わせてハニカムウォーカーは快活に刃物を取り出す。
「いいかい、これからわたしは、君の相棒をゆっくり丁寧に解体してゆく。勘違いするなよ。君じゃない。君の相棒だ。君はそのあと。物事には順番がある」
歌うような調子。フランチェスカは戦斧に背中を向けた。
「まず鼻を削ぐだろ、それから耳も貰う。これが基本のセットだ。君は食べ放題とか行く?これはアレさ。最初に出される、基本のコース。客はみんな、それを平らげてから次のオーダーに向かう。まずはわたしは、君たちの鼻と耳をもらう。あ、耳は両方だよ」
「……はあ?」
「そして基本的には末端の、命に関わらないところをちょっとずつ壊してゆく。指は切り落とす前に爪を剥ぐし、そのあとささがきに削る。今のところ、指一本の記録は八分割だ。指一本につき7回、刃を入れる。親指から順番に、テーブルマナーに沿って、丁寧に、だ。指は片手で五本あるから、両手で八十本に増えるという計算だね。使えるかどうかは知らないけどさ。約束だから積極的に殺すつもりはないが、不幸なことにこの手の拷問は、進行中の不慮の事故というのが少なくはない」
訳が分からないという顔をしていた戦斧の顔が引きつってゆく。
「てめえ、カイルにそんな真似してみやが」
「ノンノン、騒ぐのはナシだ。話したくなったらいつでも話していいんだよ。でも今の反応で君は、相棒とそれなりに仲良しだったことをわたしに知られてしまった。どうやら君に何かするよりも、こっちの人に痛い目に遭わせた方が効果的だってことが、わたしには分かってしまった。やっぱり君、この手の仕事には向いてないよ」
「……ッ」
戦斧は赤黒い顔をしていたが、やがて項垂れた。フランチェスカが顔をしかめる。
「あまり趣味が良くないな」
「ナイフを突きつけて、喋れ、って言われても喋らないタイプは居るよ。見たところこの人はそっちのタイプだ。わたしは今からこっちの人の鼻を削ぐから、チェッカはそっちの人が喚く声を聞く役をやってほしい。手を動かしながら耳も澄ませるというのは、なかなかに難しい。あ、そういえば」
「やめろ、なあ、やめてくれ、喋るから」
「そういえばチェッカ。君、さっきまた、癖でわたしのことハニカムウォーカーって呼んだだろ。いいか、君がわたしを呼ぶときはファーストネームだって約束のはずだ」
「そうだったか。まあ、そんな約束をした覚えはないが、努力はする」
「頼むよ、おれはこんな」
「約束だよ。さっき、わたしは本当に嬉しかったんだ」
戦斧を無視したまま、ハニカムウォーカーはフランチェスカに向き直る。
「それとこの牢獄だけどね、構造の改善をお勧めしておくよ。見たろ、さっきの。扉を内開きにするなんて頭がおかしい。内側から蝶番を壊すのもやり易くなるし、中を制圧しようとした時に死角ができる設計ってのは牢獄としてはまるっきりバカの仕事だ。看守の苦労というのを考えると可哀想になる」
「ここは龍の国だ。牢獄というのは通称だな。正確には、暫定隔離安全処置房という。だから看守も基本的にはいない」
「ンフッ、なんだいそれ。隔離できてないし安全でもないじゃないか」
「私も同じ意見だが、そう名付けられているのだから仕方ないだろう」
「なあ!聞いてくれ!」
「ともあれ、わたしは一利用者の率直な意見として、この、なんだっけ」
「暫定隔離安全処置房」
「そう、それの再設計を強く提案するよ、チェッカ。いいかい、宮廷の人たちにきっと伝えてよね。あと、そのわけわかんない壁の穴も塞いだ方がいいってさ」
「……宮廷会議はお前を、龍敵だと認定したんだ!ハニカムウォーカー!」
大楯の下げていた小太刀を抜き、刃を眺めていたハニカムウォーカーの手が止まった。




