「好奇心が猫だけを殺す」(9)
「龍の敵ねえ……なんか、さすがにわたしも、それは初めて言われたな」
ハニカムウォーカーは呟きながら、手元を見つめる。もっとも、ショックを受けているようではない。何かを考えているようだ。フランチェスカがその語尾を引き取った。
「馬鹿な。龍は関係ない話のはずだ。仮に、事実、そうなるとしても、認定までが『早過ぎる』!」
「そこは、そんなはずないって否定してよ。傷つく」
しかしフランチェスカの動揺も、もっともではあった。
ここ二十年の間に「龍敵」の認定を受けた者は三名。いずれも半年以上の審議期間を経た末だったし、さらに彼らに対しての討伐隊が召集されるまでにはさらに半年があった。その間に当人たちのうち一人は決闘で死亡し、二人は国を出てしまった。
つまり、龍の敵として認定されるというのは決して軽々しい処分ではないということだ。明確な基準があるわけではないが、前例に則るのであれば、大量殺人、龍への直接的な危害、通貨偽造、他国への勝手な宣戦布告、いずれにせよ割と重大な罪である。龍敵に認定されるというのは、国と、龍と敵対するということだ。
まるでそれが命綱だと信じているように、戦斧は自己弁護を続ける。
「おれは、確かに聞いたんだ、これは『誰かがやるべき仕事』だって…『王命だ』って聞いたんだ」
「『誰か』なら、君じゃなくたってよかったんじゃない?お陰で君は利き手の指を四本失くし、相棒は今から鼻と耳を削がれる羽目になった。余計なことに首を突っ込んでカッコつけるからそうなるんだ。かわいそうに」
考えがまとまったのか、ハニカムウォーカーは小さく頷いてから芝居がかった仕草で顔を振った。
「色々考えることや同情するところはあるが、まずはわたしたちも『やらねばならない仕事』をしようね」
「おい!やめろ!やめろって!!」
「さっき、わたしが『助けて!』って言ったら君たちはやめてくれたのかい?矛盾してるよ」
メアリ・ハニカムウォーカーとリィン・スチュワートキャニオンスクラムキルグラスハートヨルスクリームの私闘は、つい昨晩の話だ。過去、他国で何をやらかしたにせよ、龍の国においては過去は問われない。ハニカムウォーカーが公式にこの国で咎められるのは、現時点ではその件しかないはずだった。
リィン自身による通報と身柄拘束。緊急の宮廷会議の招集を受けて集まったメンバーは総数の半分程度だった。深夜の出来事だ。無理もない。むしろ、半分集まったという方が驚嘆すべきかもしれない。
だが当然、当事者の片方が昏倒している状態で決定的な判断など出来るはずもない。この傷が動かぬ証拠です、と顔を腫らして叫ぶエルフをなだめることに面々の主な労力は割かれたと言ってもいい。
龍の国の宮廷会議の抱える闇は深い。政争、対立、潰し合いと怨恨、私利。くだらない理由での招集や、本当の目的を伏せた招集が乱立している。
双方から話を聞くまでは判断保留。
昏睡したままのハニカムウォーカーを地下牢獄に暫定的に収容するという、当然の案が多数決を取られるまでに、ねちねちとした嫌味の応酬や丁寧な侮辱、当て擦りが何度も繰り広げられた。とうに夜は明けていた。
ちょうど、半死半生のリザードマンを引きずってきた赤襟の当主、フェザーグラップ・アンデレックが最後の賛成票を入れ、五対二で緊急投票は可決した。ザーグと共にリザードマン確保の任務で行動していたフランチェスカは投票の現場を目撃している。
そうだ。それは間違いなく、『判断保留』だったはずだ。龍の敵に認定するかどうかというのは、話の端にすら出ていない。
リザードマンは別件、事前申請どおり地下牢獄に放り込まれた。こちらは準罪人、誓約違反の容疑者扱いだった。もちろん龍敵だのなんだの、そういったものとは一切関係ない。
ハニカムウォーカーもあくまでも『判断保留』だ。そのため、本来装着されるはずのカフスもなし。手続きを簡素にするための武装解除だけを済ませて、彼女は寝台に寝かせられた。
念のため“角つき”の警護につけ、というのは、投票を終えたあとのザーグからの耳打ちのような指示だった。彼は「泣き人形事件」でのフランチェスカとハニカムウォーカーの因縁を知らない。
息継ぎのように、フランチェスカはメイド姿の暗殺者と縛られた戦斧のやりとりを聞く。メイドは小太刀をひらひら振りながら、気絶したままの大楯の兜を外そうとしている。制止しようとする戦斧の懇願は、ほとんど同じフレーズの繰り返しになってきた。
一体何が起きているのか。
「でも君さ、王命を受けて、ロイヤルガードの鎧を着てるならそれはもうロイヤルガードだろ。さっき、嘘ついたのかい。なんか腹立ってきたな」
「違う!おれは、きちんと赤襟に依頼されて…!」
フランチェスカは目を見開いた。
声を出さず、再び刀を抜く。鞘擦れの音が響くと、戦斧は顔を向けて形容し難い表情になる。逃げようとして背面、地面についた手の傷口に障ったのか、あう、と涙を浮かべた。なんなんだよ、お前ら、頭がおかしいのか。やめてくれよ、頼むよ。お前ら、頭がおかしいよ、ほとんど崩壊しそうになっている戦斧は、比喩ではなく泣き出しそうになっている。
鼻を削ぐだのと物騒なことを言っていたハニカムウォーカーが、フランチェスカの殺気に少し慌てた声を出した。
「チェッカ、おい、君が殺すなって言ったんだぞ」
「赤襟の、誰だ。答えろ」
「女だ!名前は知らない!赤襟は初めてだったんだ!」
「……女…」
「心当たりあるのかい?」
「本当だ!家に帰れば書状だってある!赤襟の印も見た!臨時の宮廷付きとして、身分も保証してくれた!おれたちは、悪くない、何も」
フランチェスカは刀を逆手に持ち替えた。やめろやめろやめろ、と戦斧はもうほとんど絶叫に近い。尻餅をつき、後ろ手のまま逃げようとしてバランスを崩した。剣姫の殺気は、冷たく、静かだ。男を、虫を眺めるような目で見下ろしている。
動きを止めて彼女は低い声で問う。
「赤毛の女か?」
「違う!ブルネット、髪の長い、なんか陰気な女だ!名前は知らない!頼む!殺さないでくれ!!」
それを聞いて、すう、と殺気が消えた。表情は変わらないが、そのまま刀を下ろす。横から控えめにハニカムウォーカーが口を挟んだ。
「なんだ、本当に殺すのかと思ったよ」
「赤襟に髪の長い女はいない」
「陰気な女はいる?」
「……」
「かつての君がそれ、近いんじゃない?髪が長くて陰気」
「ブルネットもいない」
軽口を無視してフランチェスカは、考え込むような様子で呟いた。
「誰か、赤襟を騙っているな」
誰が、何のために。




