エピローグ 新しい世界へ
目の前にいる少年は、心配そうな表情で私を主と呼んでいた。
私が主……ということは、私は偉い立場なのだろうか。
すると今度は、赤髪の魔法使いと銀髪エルフが、嬉しそうな顔で部屋に入ってきた。
「クッコ! やっと目覚めたのですわね! 心配させないでくださいまし」
「きょ……教官……! よかった……無事だったんですね!」
何のことだかわからない。だが、一応私の仲間のようだ。
クッコというのがおそらく私の名前だろう。とても懐かしい響きがする。
最初にいた少年は、後から来た二人に話す。
「エリザ、エミリア……実は、主は……」
なぜだかわからないが、この少年にこの先の言葉を話させるのはいけない……そう感じた私はシグルドの会話を遮るように言葉をかぶせた。
「シグルド、冗談だ。それと……エリザ、エミリア。えっと……どうなった?」
少年の会話からこの場にいる輩の名前を探り当て、強引に普通の会話にすることができた。
もちろん、今の状況はさっぱりわからない。なので、「どうなった?」と主語のない質問をし、現状を探ることにした。
「どうなった……といいますと……ああ、そうですわ。あの後、空中要塞が黄金の光に包まれ、どこかへ消えてしまいましたわ。それと、ユダ・ブルータス侯爵はこちら側の王宮騎士団の手に落ち、兵の反乱は静まりましたわ。めでたしめでたしですわ」
「それも皆、命を賭けてあの空中要塞を落とした教官のおかげです! 凄かったです!」
「そうか、ならよかった。(私が、そんな凄いことを……)」
どうやら私は、何かの戦いで、英雄的役割を担っていたようだ。その記憶がないのはおそらく、その戦いの後遺症だろう。
しばらくして、もう一人、まるで王様のような服飾を身に纏った貴族が部屋に入ってきた。
「クッコ。よかった……無事だったのだな。宴の出席ができなかったのは残念だが、先の戦いで各国から見合い話が持ち上がってな。どうだ、クッコ。そろそろ身を固めてはどうかな」
まさか、この人が私の父なのだろうか。ということは、父は国王……ならば、私は姫ではないかっ!
私の立場は理解した。
だが、「身を固める」という言葉には、すこぶる拒否反応を覚える。
おそらく、私はそういったものから逃げているのだろう。だから、そろそろ身を固めろと、父が心配そうに言うのだ。
私の体が何かを覚えている。そして、何かを覚えたがっている。その思いが、拒否反応につながっているのだろう。
私はその胸の内を父に話した。
「お父様、結婚はしません。なぜなら、私はまだ、やらなければならないことがあるからです」
私は記憶を失っても、心は失ってはいない。湧き上がる心の奥の感情を、言葉に変えて父に話した。
「私はもっと冒険がしたい。世界はもっと広い気がするのです。それに私は……」
この先は、かなり恥ずかしいのだが、心の興奮を抑えられずに、口走ってしまう。
だが、以前の私は、こう思っているはず。
「私はもっと、いろいろな敵、魔物、未知の怪物と戦ってみたい! そして、未知の刺激が欲しいんです!」
「未知の……刺激……!?」
「見ててください、私が冒険を終えた時は、悦虐のソムリエとなりましょう!」
「悦虐のソムリエ……だと……まさか……お前の祖母が目指した道を歩むというのか! ぬぬぬ……」
父は、悔しそうに涙ぐんでいた。けれども、私を否定することはなかった。
私の祖母も、そんなことを考えておられたのか……ならば、私の心に、それが刻まれていてもおかしくはない。
何も言わないところを見ると、どうやら認めてもらえたようだ。
私は、仲間に声をかける。
「出かけるぞ」
「主? ……どこへ……」
なぜだかわからないが、この世界は我々が思っているよりも、もっと大きい気がする。だから、それを確かめないと気が済まない。どんな刺激に出会えるかを想像すると、本当に楽しみでならない。おそらく、これが私の原動力なのだろう。
「冒険に……決まってるじゃないか!」
エミリアとエリザは、安心した表情で声をかけてきた。
「それでこそ、クッコですわ」
「教官! まだまだ、いろいろ教えてもらいます!」
側にいる仲間たちの記憶は残念ながら失っている……だが、おそらく、信頼できる仲間だ。
きっと私は……数多の敵と戦い、数多の刺激を受けることで、自分の記憶を取り戻せる……そんな気がしてならない。
ならば答えは簡単だ。それを実行に移すのみだ。必ず思い出して見せる。このパーティーでなら、必ずそれを成し遂げられる。
そう信じた私は、冒険の準備を整えた後、仲間たちと一緒に城を後にし、未知なるものを求めて広い世界へと旅立った。
「いくぞ! 新しい世界へ!」
──完──
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