第15話 治療をしましょ
僕たちは今森の中にいた。
王都からいくらか離れた手つかずの森だ。
コソコソと逃げ回っている理由はただひとつ。
王国兵に追われているからだ。
「リーダー、この辺りには追っ手は居ないようだぞ」
「そっかぁ。ちょっとこの辺りで休もうよ」
「そうしましょう。歩きづくめでヘトヘトです」
あの騒ぎが起きてすぐに僕たちは街から離れようとした。
でも簡単にはいかなかった。
門前で咎められたのだ。
見張りの兵は「殿下の傷害、及び騒乱罪」とか言ってたけど、暴動の首謀者の扱いを受けてしまった。
傷害というのは決勝の試合での事だろう。
『傷つけたら処刑』というのは冗談では無かったらしい。
その場はグスタフが兵士を気絶させ、3人で門から飛び出してからはインヴィシブルの出番。
何度か魔法をかけ直して森に入り、追っ手を巻く事にも成功した。
街道を堂々と進むわけにもいかないので森を歩いている。
なんだか釈然としない。
「とりあえず安全の確保はできたが、いつまでもここに居るわけにはいかん。どうする?」
「うーん、地方都市に逃げても無駄だよね」
「だろうな。大勢に囲まれて、簡単に捕まっちまうだろう」
「じゃあさ……西大陸に行くってのはどうかな? 船に乗せてもらってさ」
西大陸のとある片田舎が僕の故郷だ。
中央大陸に居場所が無いなら、そんな所へ向かうのも悪くないと思えた。
「そこまで逃げれば、なんとかなるかもな。オレは賛成だ」
「そうですね。レインさんのご実家には大変興味があります」
「じゃあ決まりだね。オリヴィエさんはもうちょっと周りに気を配ろう」
本人はピンと来なかったみたいだ。
これから逃亡生活になるんだけど、わかってないのかな?
「それはそうと、傷の手当てです。お怪我されてますよね?」
「うん。実を言うと脇腹が痛くて。歩く度にジンジンするんだ」
「悪化するといけません、上をはだけてください」
言われた通りに見てもらう事にした。
僕もこの時になって患部を初めて見たけど、皮膚の一部が赤黒く変色していた。
見るからに痛そうな色だった。
オリヴィエの杖が淡く光り、怪我の色味もみるみる薄れていった。
本当にこういう時にヒーラーには助けられるなぁ。
「ありがとうオリヴィエさん。おかげで随分楽になったよ」
「いえ、今回は傷が相当深いです。もう少し見せてください」
「本当に? 痛みはだいぶ和らいだんだけど」
注視するようにしてオリヴィエの顔が近づいてくる。
よほど集中しているのか、真剣な目をしている。
ひょっとして、僕が考えている以上に深刻な怪我なのかも……。
ーーぷちゅ。
え、なんで?
どうして傷に唇を押し付けたの?
一旦口を離してからオリヴィエは言った。
「予想以上にダメージがありますね。これは経過観察する必要があります」
「それはいいけど、今の何?!」
「お気になさらず。さっきのは、その、祝福です」
「今考えたでしょ。絶対今考えたんでしょ?」
そうは言っても僕は治療に関して素人だ。
オリヴィエの申し出を受けるしかない。
疑いの気持ちを抱きつつも。
それからしばらくの間、治療は続いた。
「もう大丈夫だと思うよ。赤みもほとんど引いたし」
「いえ、まだ安心はできません。ぷちゅ」
「ほんとかなぁ……」
治療はまだ続く。
「さすがにもう大丈夫でしょ」
「うーん。あとちょっとですかね。ぷちゅ」
「ねぇ、それ本当に要るの?」
まだまだ続く。
「もういいでしょ。ツルッツルだってば」
「ここに虫刺されがありますね。ぷちゅ」
「そんなレベルの話になってたの?!」
無事完治しましたよ。
オリヴィエ先生ありがとうございましたっ!
「経緯はともかく、治療ありがとうね」
「いえいえ、私は当然の事をしたまでですから」
「うん、そのポーズはどうしたの?」
「ちょっとたまには労いが欲しくなりまして」
両手を広げて何か迎え入れるような姿勢になっている。
いや、意図がサッパリわからないんだけど。
「祝福を返してもらえますか。そうですね、今は唇に返して欲しい気分です」
「感謝はしてるけど、そんな事はしないからね?」
「……やはり、あの女性のような方がお好みでしょうか」
あの一件か!
あの司会のお姉さんとの事が引っ掛かってたのか!
やっと意味がわかったよ、もう。
「だとすると、あの格好を真似る事から始めてみましょう。生憎あのような服は持ち合わせていないので、ひとまず下着姿になれば……」
「待って、落ち着いて! 僕はああいう女性は苦手だなぁ!」
「そうなのですか。しかし男性は薄着の女性を……」
「いやいやいや。オリヴィエさんのような清楚な女性の方が好きかなぁ!」
「ほ、本当ですか!?」
わぁい、今までで一番の笑顔だぁ。
魂の根っこから喜んでるような、一切曇りのない笑みだなぁ。
どうしよう、取り繕うために咄嗟に出た言葉だなんて……言えない。
とりあえず、訂正するのは止めておこう。
というかやる勇気がないよ。
その日を境にして、僕らの間にあった『拳一個分』の距離感は『ほぼ密着』へとランクアップしたのだった。
何か誤解が生まれている気がしないでもないけど、オリヴィエが嬉しそうだから、まぁいっか。




