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人族と亜人種

 十日後、僕はリオネルに連れられてエンゲルス邸へと赴いた。エンゲルス家との雇用契約が成立し、僕は人族という扱いで待遇が決まったのだ。


 週休四日で月に金貨二十枚。一般的な労働者はだいたい月に金貨十五枚程度らしいから、破格とまでは言わないまでもかなりの厚遇だ。ただしお嬢様ことアンネは誘拐された前例があるため、名目だけの護衛とは言え身の危険もある。しかし、なるほど、これは確かに「お礼」になっていた。


 家長のグスタフ氏が町長を務めているエンゲルス家はそれなりに広い。役場も兼ねているため、開放されている部屋をちらりと覗くと事務員が書類と格闘している姿が見られる。リオネルが言うには事務員は人族で構成されているとの事だった。しかし髪色が空色だったり橙色だったりするのは何故だろうね。この世界の人族はカラフルだ。コーカソイドとネグロイドなんて差どころではない。


「ペコはいるか? ギルドに回したヘルハウンドのアレが希望者いないんだってさ。環境課のイマヌエルさんに伝えて」

「あ、はーい。イマヌエルさんに伝えまーす。ヘルハウンドのアレですねー」


 そんな色彩鮮やかな人族の間を、五歳ぐらいの子供とどっこいの大きさの二足歩行の犬が駆けて行く。ペコと呼ばれたその犬……人は身体を左右に揺らしながら、書類の積まれた机の群れを抜けていく。歩くごとにふさふさの毛がそよぐ。


 なんだ、あれ。犬が喋って歩いてるぞ。


「ペコ! 環境課に行くならこれを持ってエルク主任に判子もらってきてよ」

「あ、はーい。エルク主任に判子ですねー」


 犬がいいように扱われている。犬は尻尾をふりふりしながら部屋から出てきて、そのまま書類を持って何処かへと――恐らくは環境課へと――消えて行った。薄っぺらい紙をどうやって持っていたんだ? 肉球ではないのだろうか。


「どうした、コボルトが気になるのか」

「あれ、なんです……?」

「コボルトだが。何を当たり前の事を」


 リオネルが足を止めてコボルトを見ていた僕の隣にいる。アンネの部屋に行く前に面白いものを見られた。以前来た時にはリオネルの他にリタとアンネがいたし、アンネが不安からの反動なのか口数が多かったから気に掛ける余裕もなかった。だけど今の僕はエンゲルス家の関係者だからか、働く場所がどんなものか気になるのもあって色んなものに目が向く。


「初めて見ましたよ、あんなの」

「ああ、そっか。お前さんは知らないかもなぁ」


 リオネルが一人で納得する。僕が知らないのは自動人形だから、という事にしておいてもらおう。わざわざ異世界から来たので知りませんと言う理由もない。なにより外見が少女だし「なんで?」攻撃をしても見た目相応だ。少女万歳。


「なんか分からない事があったら聞けよな?」

「そうさせてもらいます。……それで、コボルトって何です?」


 僕は人っぽい犬が走り去った方を見ながら尋ねる。いい毛並だった。


「亜人種って分かるか」

「それはなんとなく。人みたいだけど人じゃない感じですよね」

「そうそう。亜人種で犬っぽいのが、さっきのアレだ。コボルトだ」

「へぇ、グスタフ氏が言ってた亜人種ってコボルトだったのか」


 グスタフ氏は亜人種に後ろ暗いような扱いをしてるような口ぶりだったけど、犬の毛並から判断するに悪いようにはされてはいないみたいだ。


 ああ、言われたことに唯々諾々と従う姿はまさに犬だったなぁ。人間も仕事で頼まれれば同じだろうけど、あれは犬だ。


「あいつらは飯と仕事さえ与えていれば文句も言わないから扱いやすい」

「ご飯は分かりますけど仕事したがるんですか?」

「お、やっぱり変だと思うよな。あいつらワーカーホリックだぜ」


 リオネルが背中をぽんぽんと叩いて、先へ行こうと促す。僕としてもコボルトが何処かへと行ってしまったし、別に事務として雇われたわけでないので特に人族の職員には興味も関心も無い。


「コボルト以外にも亜人種ってこの屋敷にいるんですか?」

「ああ、いるよ」


 アンネの部屋へと向かう道すがら、リオネルに訊く。階段を上って廊下を歩いていても、コボルトと人族以外は見ない。


 リオネルが人形然としたドレス姿の僕を後ろから持ち上げる。僕の背では空と高木しか見えない窓だけど、リオネルに持ち上げられたことでエンゲルス邸の庭が見えた。


「見えるか? 庭の世話をしてる緑の奴」

「あー、はいはい。鼻と耳がとんがってる奴ですか?」

「あれがゴブリンな」

「へぇ、ゴブリン……」


 僕のゲーム知識だと、人に敵対的な知能の低いモンスターみたいな扱われ方をしていた。それが人家で使役されている。ちょっとしたカルチャーショックだ。


 僕が見下ろしているゴブリンは草むしりをしている最中だった。その姿はまさに庭師といった静かな佇まいで、そこに乱暴なイメージが介在する余地はない。よく言えば丁寧な、わるく言えば地味な仕事ぶりだった。


「見た目も頭も悪いけど体力だけはあるから、ああやってキツい仕事をやらせてるんだ」

「コボルトじゃ駄目なんですか?」

「愛嬌のある見た目だし頭はそこそこ、更に体力もある。だが、犬だ。コボルトに庭を任せたら穴だらけになる」


 コボルトはやっぱり犬だった。


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