金は命より重い
客間のソファには僕を含めたヴィルダーロッター家の三人と、卓を挟んで向かい合ってエンゲルス家の二人が並ぶ。リタが気を利かせたのか、茶を出してはいるけどエンゲルス家の二人はあまり喉が乾いていないようだ。それとも舌が肥えているのか。
「まさか、昨日の今日で来ていただけるとは思いませんでした。……しかも町長が直々ですか」
「時間を置いては礼を失すると愚考致しましたのと、やはり礼に家の者が参らない訳にはいきませんので私が参らせていただきました。しかしあまり公にしたくはない、との事でしたので私と娘、それと護衛が二人だけには致しました。これでも町長ですので、護衛は外せず……誠に申し訳ありません」
アンネとグスタフ氏の傍には護衛が侍っている。官憲のような威圧感のある服装ではなく、貴人の護衛に相応しい装飾を重視したものだ。しかし少数で出かける際に連れだっているのだから腕は立つのだろう。
ただ、リオネルが外されたのは何故だろう。強面だったけどあれでなかなか気のいい人だった。もしかしなくても大人の事情って奴か。
「別に、人数の問題でもないですけどね」
「大丈夫です、コホレア紙にも昨日の事は触れさせてはいません」
「大きく報じられでもしたら、アンネがまた頭の悪い連中に手を出されるかもしれませんしね?」
僕がアンネについて触れると、グスタフ氏に寄り添う護衛が小さな革張りの小箱を卓上に置いた。ちょっとした重さを感じさせる鈍い音に、僕はルッツ、リタと顔を見合わせる。コホレアでは通貨として金貨が用いられる。この小箱の中身はつまり、そういう事だろう。
「これはアンネを助けていただいたお礼です」
「中を開けて見ても?」
「ええ、勿論。そのために持ってきましたから」
凝った装飾の刻まれた釦を押すと、かちりと小気味良い音を立てて小箱が開いた。蓋を持ち上げると、中には不織布の塊を緩衝剤にして金貨が収まっていた。十枚の列が三行で三十枚。多分、これって大金だよね? 金貨だし。
「思っていたよりも町長の娘の命とは安いものだな……」
ルッツが唸る。安いのか? 金貨が三十枚ってどれぐらいの価値があるものなのかは分からないけど、これって安いの?
「金貨が三十枚って安いんですか?」
「そうだな、人が二か月働けば稼げる金額だ。出費を考えなければだが」
決して安くはなさそうだけど、確かにそういう言われ方をすると命とは釣り合わないような気もしてくる。ましてや町長の娘だ。命に値段が付くことがあれば、きっと日本円にして数千万円ぐらいにはなるような気もする。数十年働いて全額を充てたぐらいの金額だろう。……うん、ちょっと大きな数字を扱っているから感覚が掴めない。
「ヴィルダーロッター家の皆さんからすれば確かにはした金かもしれませんが、町長という役職は仕事の割に収入が大きくないものでして」
「……そうかもしれんな?」
「ええ、そうなのです」
ルッツが訝しむ。政に携わる者に対して汚職であったり、仁徳に悖る行為を疑うのは何処でもあるものなのだろう。長く生きていればそういった暗い部分を見聞きしたりするのだ。ルッツも腕のある職人だから政治界に触れた事もありそうだ。勝手な想像だけど。
「それで、私から別の形でもお礼をしようかと思いまして」
「でもエミちゃんはそういうの嫌がってますよ」
リタが会話に割って入る。
「目立ちたくない、と仰られていましたからその辺りは私としても勘案しております」
「そういう話じゃないと思うんだけどなぁ」
リタの機嫌が悪くなる。僕の事を思って文句を言ってくれるのは嬉しいけど、あまり感情を表に出してしまうのはリタにとってよくない事だと思うので後でちょっと言っておこう。小言かもしれないけれど「ありがとう」を添えておけば思いは伝わるかな。
リタの機嫌が悪くなったと思うと、アンネが縮こまってしまっている。僕を巡って面倒な事になっているのが非常に申し訳ない。こういった場でなかったらアンネとお喋りも出来るんだけどね。
「まあ話だけでも聞いてください。私共はアンネローゼが攫われるまで、娘の好きにさせてきました。しかし、先ほどエミさんが仰られたようにまたアンネローゼが悪漢の手に掛かるとも分かりません。ですから、エミさんをアンネローゼの護衛として雇い入れたいと考えたのですがどうでしょう?」
「あの、それがどうして礼って事になるんですかね……?」
どう考えてもエンゲルス家の都合に巻き込まれてるように思えてならない。僕に利点はあるのか。
「疑問に思うのも尤もでしょう。年若い娘さんを魔術が扱えるとは言え、護衛にするなんて話は聞くものではありません。しかし、護衛というのは建前でして――ほら、アンネ」
グスタフ氏が言葉を切ってアンネにバトンを渡す。なんか、分かったぞ。
「エミちゃんには、遊びに来て欲しいの。父様からは町に一人で遊びに行くのは駄目って言われちゃって、でもエミちゃんとならいいって言ってて――」
先方がどのように考えてるかは分からないけど、要するに子守りの押し付けだった。




