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人形とお喋りする人形

 五頭身のビスク・ドール。それが僕の妹だった。


 この世界で僕が初めて目覚めた部屋、ルッツのアトリエで僕の妹はミニチュアの椅子に腰を掛けていた。赤ちゃんよりもちょっと大きいと感じるぐらいの、頭と体のアンバランスさが目立つ身体が愛らしい。


「はじめまして」

「おお、はじめまして。……挨拶が出来るんですね」

「はい、挨拶が出来ます」

「形式的なものは全て織り込み済みだ。買い物にだって、ボディさえ拵えれば行かせられる」


 ルッツはビスク・ドールの頭をぽんぽん叩くと、自慢げに胸を張る。ビスク・ドールの方は頭に手を乗せられた事に頓着せず、僕の事を透き通る硝子玉の双眸でじっと見つめていた。不気味の谷の向こう側の住人だ。薄気味悪い。


「この人形はボディではないんですか?」

「仮のボディだ。不測の事態が起きらないとも限らないからな、学習は中枢を内蔵したこのボディで行う」

「ああ、そういう事ですか」


 危機管理もちゃんとしているらしい。


「……ねえ、ルッツ」

「ん? なんだ」

「僕のこの身体も仮のボディだったりするの?」

「いいや、ちゃんとした実装をしたボディだ。魂の在処はそう簡単に移せるものではない」


 だとしたら生身の人間の魂はどこにあると言うのか。考える脳味噌なのか、それとも身体を動かす心臓なのか。もしかしたら胃袋かもしれない。


「それで、反応の学習って何をすればいいですかね」

「特別な事はしないでいい。むしろ普段通りにしていてほしい」

「普段通り、ですか。難しいですね、それ。変に意識してしまいます」


 僕の自然体はいったいどんなだろう。家にいる時は魔術の練習や家事の手伝いをするぐらいなものだ。そんな時の僕はどんな感じでいるんだろうか。


「がっはっは、悩まなくてもいい。ただ、この子とお話しをしてやってくれれば勝手に学習するはずだ。なに、おかしな事になっても取り返しがつくようにはしてある。――これからレーニは、エミとお話しするんだ。いいね?」

「はい、レーニはエミとお話しします」


 ルッツの方を向きもせず、ビスク・ドールのレーニは答える。怖い。


「じゃあ自己紹介をしてみようか」

「わたしの名前はレーニです。よろしくお願いします」


 そう言うと、レーニは椅子に腰掛けたままでお辞儀をした。頭が重いのか、危うく頭から転倒するところをルッツが支えて事なきを得る。大丈夫か、この人形。ちょっと間抜けそうだ。


「ほら、エミも。自己紹介」

「僕の名前はエミ・キスケです。よろしくお願いします」


 名前の部分だけを変えて、とりあえず鸚鵡返しをして自己紹介にしておく。稚拙な人工知能に礼儀で負けるわけにはいかないので、こちらは丁寧に腰を折っておく。ほれ、学習するがいい。これがお辞儀だ。


「…………」

「…………」

「…………」


 何を話題にすればいいんだ。僕は生まれたばかりの人形に投げかけられる話題なんて知らないぞ。形式的な事とかは詰め込んであるとは言っていたけど、レーニも沈黙の破り方は知らないみたいだ。


「今日は天気がいいですね」

「はい、今日は天気がいいです」

「……質問、してもいいかな?」

「はい、わたしに答えられる範囲でお答え致します」


 わお。予防線を張ってから質問に応じるとかどういうことなんだ。こういうのも形式的な物だというのか。ちょっと会話がぎこちないけど、何処に出しても恥ずかしくなさそうだ。僕よりもよっぽど出来ている。


 ――なるほど、これがルッツの言ってた事か。目の前のビスク・ドールに魂がなかったとしてもこういう反応を返されると、まるで人間と会話しているように思えるのだろう。


「レーニはいくつかな?」

「わたしは一人です」

「……レーニは何才かな?」

「わたしは作られて八日になります」


 曖昧な表現で話し掛けると意味を取り違える事もあるようだ。話の流れを判断するように学習することはあるのだろうか。きっとあるのだろうな。


「すまないな、まだ意味を完璧には取れないみたいだ。――レーニ。今みたいに『いくつ?』と聞かれたら、年齢を聞かれているんだ」

「はい、わかりました。以後、気をつけます」

「こうやって間違いを正していくのだとしたら、どれだけ時間があっても足りないんじゃないですか?」

「人間だって生まれてから死ぬまでずっと勉強をしてるようなもんだ。時間が足りた事なんてないと思うが」

「すみません。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「ああ、レーニには言ってないんだよ。ごめんね」

「言っておくが、レーニは儂らの会話もしっかりと聞いて判断をしているからな。話し掛けていないからって油断するとこうなる」


 確かに、一対一のやりとりだけを覚えさせても仕方がない。人と人が会話している間に上手く入り込んでいく方法もレーニは既に知っていて、それを実践してその経験を活かしてまた次の実践をするのだ。そこは人間と変わらない。


 レーニの仮のボディにはビスク・ドール故に表情が実装されていないが、恐らくルッツが彼女の為に用意したボディには実装されているだろう。今はまだ不気味な会話でも、中枢がそっちに移されれば多少はマシになるのだろうか。

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