無生物に心は存在しない
「最も基礎的な部分を為す土台は出来上がっておるが、それ以上の事はデザインしておらん。他所から魂を持ってきたエミとは違って、そいつの言わば人間の魂にあたるモノに学習をさせる必要がある」
「挨拶の仕方とか? おはよーって」
「そもそも言葉を教える必要がありそうですね」
僕がこの世界に来た時に、赤子と同じようなものと言われた気がする。しかし、ルッツの作り上げた自動人形は比喩表現ではなくまさに人工の赤子なのだろう。リタを学習させている間に近付けてはならないな、とすぐに思うあたり僕は彼女の被害者だ。
「言っただろう、『土台は出来上がっている』と。儂が覚えさせたいのはそんな形式の決まったものじゃあない」
「ルッツの言ってる土台ってもしかしなくても、魔術や言語、生活の仕方とかです?」
「そんなものは教える手間を省けた方がいいだろう?」
「うわ、私よりもよっぽど人間らしいじゃん」
「リタ……自覚があるなら儂が片付けるまで脱ぎっぱなしなのはやめなさい」
ルッツが嘆息する。リタは食事も調理とかは張り切ってやるけど、洗い物は決してやらないのだ。片付けが出来ない女、それがリタの一面である。その皺寄せが何処へ行くかは言うまでもないが僕とルッツだ。
「それで、ルッツが覚えさせたいのは何ですか? 普通に考えて『心』とか『感情』でしょうか」
「別にそんな詩的なものではないよ。人間の反応を学習させるだけだ」
外した、という訳でもないのか。ルッツは僕の言い方が情緒を多分に含んでいるというけど、人間的というのを目指しているのなら正鵠を射たものだと思うのだけれど。僕のこの考え方からしてルッツの言う詩的なものなのだろうか。
「儂は畑が違うから分からないが、イヌに躾をして出来るようになるのは反射とかいうものによるそうだ。物を落としかけたら拾おうとして手を伸ばす、儂らはそれを無意識に一瞬でやってしまうのだがそこに心や感情は必要か?」
「いえ、必要ではないと思いますけど」
「心や感情は必要ない、と言ったがもし自動人形が反射をしなかったらエミはどう思う」
「んー、人間も反応できない時もありますし――」
僕はリタの方を見る。叱責はもう終わったと感じたのか、酢漬けの野菜に手を付けていた。ルッツもリタの方を見たことで自分が注目を集めたのを悟ったようで、彼女が食事の手を止めると食卓の上に酢漬けの野菜がぽとりと落ちる。
「――まさか、実際にやってくれるとは思わなかったんですけど。ちょっと抜けてるとは思いますね」
「リタみたいに表情を変えたりもしないぞ?」
「あー、それだと人間味がないですね……」
「エミは表情を変えれば人間味がある、そう判断するわけだ」
「ええ、まあ。表情が変わるのは――感情がある証拠でしょう?」
感情、って言葉を使うのがちょっと恥ずかしい。ルッツが変な事を言うからだ。僕は決してポエムとか黒歴史を作ったりはしないぞ。絶対にだ。
「エミは青い。儂はそういうのも好きだがな」
「…………」
ほら、茶化された。
「ふふん。私は何が言いたいのか分かるよ、じっちゃん」
「伊達に儂の孫をしとらんな、言ってみなさい」
落とした野菜を布巾で片付けたリタがじっちゃんに指を差して得意気に答える。
「よくじっちゃんがやってるアレってことでしょ?」
「む? アレとはどれだ」
「ほら、あれ。笑ってると思ったら怒ってるアレ」
僕はルッツがエミに怒っているところをあまり見たことがないのだけれど、僕の知らないところで怒られているのだろうか。さっきみたいな事は日常茶飯事って訳だ。現に今のリタは堪えた様子がないし、蛙の面に水に違いない。
「情けない事だが、そういう事だ」
「感情と表情は必ずしも一致しないと」
「そう。更に踏み込んでいえば、自動人形を人間的だと感じさせるには感情なんて根源から作らないで、表情とそれを制御するものを作ってしまえば良いわけだ。そこで、儂は制御するものに学習能力を付与したのだ」
「じゃあ、後は表情の学習をさせれば僕は晴れて外に出られるんですね」
「そういう事だ」
話が一段落した、とばかりにルッツが麦酒を呷る。語って満足したのか、飲みっぷりもいい。リタへの怒りも吐き出したことだろう。
「学習っていつからさせるの? 私、手取り足取り教えてあげたい」
「ん? 始めようと思えば明日にでも始められるが、リタには関わらせんよ」
「えっ、御無体な」
「僕、リタが僕を愛玩用の人形にしようとした事はまだ忘れてませんよ」
むしろ現在進行形でされているような気がするけど、僕が今着ているゴスロリ服は反物屋のおばちゃんの好意によるところが大きい。リタによる趣味の押し付けとは違うので、当事者である僕も納得して着ているからこれは話が別である。
「そういう事だ、リタ。だが――気を悪くしたらすまんな――エミは人間には違いないが、身体は儂が作った自動人形だから是非とも付き合ってほしい」
「いいですよ、血の繋がりこそなくても僕の妹にあたる訳ですから」
翌朝、僕は妹と対面することになった。




