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事案発生

 代価は僕の魔力、魔術回路は僕、生み出すのは光の球。僕の身体から魔力が放出されていき、僕の前で球状に収縮していく。男は魔力が放出されたのを感じ取ったのか、今まで以上に警戒する様子を見せる。そして【光球】を発動させるに足りる魔力が供給されると淡い光が光り始める。


「…………」


 男は【光球】で生み出された光を見て、警戒はしているものの何事かと言った様子で僕の顔を見る。何かを企んでいると思われたのなら、それは僕の考えが上手くいったということだ。相手は僕が何をするか気になって目が離せない。つまり、【光球】を故意に暴発させれば確実に相手の目を潰せる。


 男は相も変わらず自分から動こうとはせず、光の球と僕の顔を見比べて意図を測ろうとしている。僕はつい顔がにやけるのを抑えられない。僕は男の目を焼くためにすぐに【光球】を暴発させた。相手が怒り狂って突っ込んでくるような人間でなくて良かった。


 光が消えるのも待たずに、僕は壁ぎりぎりを抜けて男の横を抜けようとした。閃光を受けてもなお視覚を奪われないのは自分が使う上で大きく有利だ。男が縮こまって構えてるものだからかなり余裕がある。


 しかし男の真横に来た時、男が僕の方へと伸ばした足に引っかかって転倒してしまった。何故だ、と思う間も無く我武者羅に男の手が伸ばされて僕は両腕を抑えられて跨られてしまった。


「馬鹿だなぁ、嬢ちゃん。硬い靴なんか履いてたら足音ですぐ分かっちゃうんだよなぁ」

「クソが、離せよ、どけッ」

「あー、何も見えなくて嬢ちゃんが何言ってんのか分かんねえや」

「バッカじゃねえの、聞こえてんだろうが、クソッ」


 腕を動かそうとする。動かない。身体を捻って抜けようとする。動けない。足で背中にどうか一撃を入れられないか。体勢が悪い。魔術を使ってどうにかしたい。ルッツの安全第一の教育の賜物で殺傷能力のある魔術なんて知らない。


 ――いや、僕ことエミが種々の魔術回路の塊なのだ。僕が知らないだけで、エミに刻まれている魔術回路にはそういったものがないとは限らないだろう。そもそも僕が動けているのは何故だ? 魔術回路が組み込まれてそれが発動しているからだろう。


「はぁはぁ、もうどうにでもなれ……」

「今なら謝ればさっきのもチャラにして許してやってもいい気分だぜ」

「誰がお前みたいに暴力的な奴に謝るか」


 僕の左手が自由になったかと思うと、左の頬に痛みが走った。遠慮もなく殴ってきたのだ。


「ママンに『ごめんなさい』って言葉を習わなかったのかなぁ? 悪い子はおしおきしないといけないね」

「手を出してから口にする言葉かよ、それ」


 今度は右の頬に痛み。男の裏拳が入って視界がぶれる。しかしどちらも耐えられない程の痛みではなかった。確かに痛いが泣いて謝るほどではない。


「痛かったら泣いてもいいからね。ほらっ」


 もう一発追加で最初のように殴られる。マウントを取った途端にさっきまでの怯えが嘘みたいに振る舞い始める男に嫌気が差す。


「……さっさと泣けよ」

「誰が泣くもんか」

「喚け」

「一昨日きやがれ」


 男が僕の首に手を伸ばして締め上げてきた。首に半端ではない圧迫感を覚え、男の手を離さそうと咄嗟に僕も手が伸びる。抵抗されるのが楽しいのか、男は口の端をあげてくつくつと笑い出した。男は更に力を込めて僕の喉を締める。


 もしも僕が生身の人間だったら必死に抵抗したんだろうと思いながら男の姿を何処か達観した感覚で見ることが出来た。確かに今の僕は喋ることが出来ないかもしれない。呼吸することが出来ないかもしれない。だけど、それが何だと言うのか。自動人形には必要ない。


 僕が男のトラップにまんまと掛かったように、自分の優位を信じている人間は少なからず油断が生じる。今は楽しそうにしているけど、この男も僕に良いようにしてやられてたというのに。反省は欠片も見受けられない。


 僕は男の嗜虐趣味に付き合いながら、僕が扱える魔術について考える。【火灯】という魔術は僕が初めて目にした魔術であり、爺さんが教えるのを後回しにした魔術だ。きっとイメージは簡単だろうけど、暴発も容易だろう。光を耐えられても火はきっと僕自身も巻き込まれる。だから、まだ扱ったこともないのに使うのは駄目だ。


 では何が出来るか。【風吹】? 【土固】とか【土解】? それとも【水別】? どれもそのまま扱った所で何が出来るか分からない。魔力を過剰に込めたところで何が起きると言うのか。


 では何が出来るか。それは僕自身が無意識にやっている魔術回路の制御を、意図的に行えばいいのだ。そう、僕は人形でありながらも魔術回路を刻まれた事によって動いているのだから。


 僕は力を込めている両腕に意識を向けて魔力を送り込む。ゆったりとした服装だし見た目には変化を感じられないけど、僕の指先はしっかりと魔力による変化を感じ取っている。男の腕を逃げる細指が皮膚を圧して肉に食い込んでいるのだ。


「このガキ、【光球】以外にも魔術を使えるのかよ」

「そうだよ。調子に乗りやがって。いいようにやってくれたじゃん」


 男の腕をしっかりと痕が残るぐらいに握り締め、首を絞める力が緩んだところで腕を押し返す。お腹の辺りに力と、そして魔力を込めて上半身を徐々に起こしていくと男が再会した時のような表情に戻る。


「や、やめてくれよ。さっき嬢ちゃんも俺を蹴ったじゃねえか。な? あいこって事でもうお互いに納得しよう、頼むッ……!」

「うん、分かった。だけど、お前は官憲に突きだすよ」

「あ、ああ、構わない。それで……それでいい」


 男の腕をぶっきらぼうに突き放すと、男は僕の上から早々に退いて距離を取った。僕も起き上ってゴスロリ服に付いた埃などの汚れを払う。一か月も掛かった新しい服も駄目になる時は一瞬だった。しかも一日ももってないというのだから申し訳なさすぎる。リタの下へと戻るのが怖い。


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