気難しいお年頃
ルッツが自嘲の笑いを浮かべる。
「だが、それもどうでもいい事だ。儂が恐れているのはエミに使った魔術回路が軍事に転用される事だよ」
「軍事、ですか」
いつの世も争いの火種は至る所に転がっているものだ。いざ争いになった時に自国の道理を通すことができるのが軍事力だろう。
「偵察に行った人間が、帰ってくる時間を省けるとしたらどうだ。情報を得た時点で命を絶ち、その魂を自動人形に呼び寄せれば瞬間的な長距離の移動が可能になる」
ゲームでわざと死んで蘇生する場所に戻ってくるようなものか。言うまでもないけど、仮想空間と違って死ぬ本人は苦痛を味わう必要があるだろう。
「有能な人間が死んでも魂寄せをして自動人形に定着させればいいのだから、人材の使い潰しが酷くなるかもしれん。死んでも死んでも呼び戻されるのなら、この世界と冥界に違いはあるか?」
「でも、それってどれも想像ですよね」
「……ああ、そうだ」
「年嵩のいった人に言うのはおかしいですけど、現実なんて考えてるほど酷くはならないと思います」
考えてる以上に酷くなる事もあるだろうけど、口に出さなくてもいいかな。それを分かった上でルッツも頷く恰好を取ってくれるだろう。
「魂寄せが禁じられている事と、僕が自動人形として振る舞わなければいけない事を理解していればいいのでしょう? 大丈夫ですよ、そう酷い事にはなりません」
僕としてもルッツの作った魔術回路を分析するために軍にお持ち帰りされるのは嫌だ。
「……あっ」
ルッツの不安を取り除くための言葉で締めたというのに、リタが何処か間抜けな声を出す。視線を交わしていた僕とルッツは当然ながらリタを見るわけで、視線を集めた彼女は手で口を押さえていた。
「エミちゃんとお出掛けできて舞い上がっちゃった」
「リタ、怒らないから言ってみなさい」
ああ、そう言えばリタの方が町では迂闊だったかもしれない。
「エミちゃんを『私の妹』って紹介しながらお買い物してた」
「僕も買い物中に普通に喋ってましたね」
「リタが何を考えてそんな事を言ったのかは知らない。だが少なくとも儂から見れば姉妹には見えない。誰が心から信じるものか。リタ、お前もあと三年もすれば三十路なのだぞ」
「うん、まあ、そうね……」
「問題はエミが人間として認識される事だが、儂が人間のように反応する自動人形を作ればいい。そしたらエミも怪しまれずに済むだろう。出来るかは分からぬが」
僕は知っている。怪しい科学者や技術者に出来ない事はないってことを。
話し合いで僕が外出するのは控える事、そして僕とリタの間柄を姪とおばにする事が決まった。あまりにも姪っ子を溺愛しすぎて妹として扱っている、そういう設定らしい。ただリタに兄弟や姉妹がいるのかは知らない。そもそも家にはリタとルッツしかいないのだ。余計な詮索はやめておこう。
外出は禁止されたけど、ヴィルダーロッター家は退屈しない程度には色々と施設が備わっていた。エミが作られたアトリエで工作をしてもよし、人形や魔術に関する書物が大半の書庫で読書に勤しんでもよし、庭で日光浴を楽しんでもよし、台所で食べられない料理をしてもよし――と、特筆するようなものはアトリエと書庫ぐらいなものだけど暇潰しはどうにでもなる。
魔術を扱う訓練も一日に三回。食後にリタが洗い物をしてる間に、ルッツの監督の下で行う事になった。ただし使わせてもらえるのは【光球】だけであり、それも最初の時みたいに閃光を出すような威力は禁止されている。だいたい三十分ぐらい【光球】を発動させた後、魔力に変換しきれなかった食事を吐く。まずはゆっくりと安定して魔術を扱えるようになるのが基本のようだが、胃袋の中身を使い切るには遠いようだった。
一週間もすると、練習する魔術が【光球】から【風吹】という風を起こす魔術の練習になった。風船を同じ高さに浮かべたままにする練習は地味に辛い。三十路がそう遠くないリタはひらひらとしたスカートを穿くこともないので残念ながら事故はない。
【光球】、【風吹】、【土固】・【土解】、【水別】と一週間ずつ練習のメニューが変わっていった。【土固】では解した少量の土を手を使わずに固め、【土解】では固めた土をまた解すという拷問のような練習をした。【水別】ではコップに溜められた水を二つ、四つと分けていく作業だった。ルッツが最初に指先に火を灯して見せた魔術は危ないという事でまだまだ練習させてはくれないらしい。
メニューが一巡した頃、ルッツとの魔術の練習を終え、嘔吐してお腹の中身をすっきりさせた僕はリタに捕まった。
「そろそろ反物屋のおばちゃんが私達のお揃いの服を完成させてるはずだから、じっちゃんには内緒にしてちょっと町に出よう」
「えっ、ルッツに伝えてから出た方がいいような気がしますけど」
「じっちゃんを吃驚させようっていう孫の粋な心遣いだよ」
「なるほど、いい考えですね。でもメモぐらいは残そう」
リタに書置きを残させてから、僕たちは家を出た。




