明日にはもういないのに
前回、佐藤望愛が帰ってしまうと聞き、彼女に何か送れないかと考える純一だが。
家に着いてすぐにはテレビの音が聞こえる居間には行かず、俺は両親の寝室の隣のトイレ前の壁に背中を預け体操座りをした。
よく怒られたり、落ち込んだ時はいつもそうしていた。今回は別に落ち込んだわけではなく佐藤望愛、彼女に何を贈ればいいか考えるためだったが。いや彼女が帰ってしまうと聞いてやっぱり落ち込んでいたのかもしれない。
女の子に何かを贈ったことなどなかった。そうした別れで思い出すのは仲の良かった友人が引っ越すというのでクラスで開かれたお別れ会だった。その時はクラスで色紙に寄せ書きをし、彼が好きだった野球のボールをあげた。
「あ、帰ってたんだ。ていうかまたこんなところで何してんの?」
彼女は何が好きなんだろうかと考えていると姉貴に見つかった。
「別に、なんでもない」
「ふーん、またなんかあったの? 怒られたとか?」
「だから何もないって」
「あら、そう」
一瞬、姉貴なら女の子に何を贈ればいいか教えてくれるのではないかと思った。
姉貴は俺よりも六歳も年が上で、成績優秀、容姿端麗で八方美人。そして最近では何でもできる天才だと言われている。俺はそんな姉とよく比べられた。姉のようになりなさいと。俺の立場から言えばやはり面白くないのだが、姉貴は本当に頭が良く聡明だった。そうした場面を何度も見せつけられた。俺なんかじゃ到底勝てっこないすごい人だと思っていた。
だから今回も聞けばきっと教えてくれる。だがそう思ってすぐにやめた。
彼女には自分で考えたものを贈りたかったし、なにより姉貴にそんなことを聞くのは恥ずかしい。話のネタにでもされたらかなわない。
「今日はサッカー、楽しかった?」
「うえ? え、あ、うん、楽しかったよ!」
いきなりの質問に慌てて嘘をついてしまった。が、姉貴にはすぐにバレてしまったようで一瞬首を傾げてすぐに何か思い当たったのか、納得したようにニヤリと笑った。いつもの悪い顔だ。
「ははーん、さてはあんた」
「な、なんでもねえよ!」
これ以上ここにはいられないと起ち上がって、台所へ走って逃げた。姉貴には何も隠し事ができない。詮索される前に逃げなければならない。
考えがまとまらないまま晩御飯を食べていると母親が彼女の家の話をしていた。佐藤望愛の家庭のことを。佐藤さんは両親と一緒に家を売って明後日には出て行ってしまうと。
彼女は本当にいなくなる。俺は空き地を思い出していた。彼女と初めて会った空き地を。そして赤い一輪の花を思い出した。彼女が好きな花を。
―――そうだ。あの花を贈ろう。
彼女が好きなあの花ならきっと喜んでくれるはずだろうと。
俺は朝、新聞紙を持っていつもより早く家を出た。そして空き地へ行き、赤い花を摘み新聞紙で包んでから登校した。
その日はずっと授業中、俺はニヤニヤしていたらしい。なぜそんなに気持ち悪い顔をしているのかとまたみんなに聞かれた。彼女が喜ぶ顔を思い浮かべるだけでにやけてしまうのだ。早く授業が終われとそれだけを願った。
彼女は今日もいた。昨日と同じように土管の上に座っていた。俺は嬉しくなって彼女の元へ駆けていった。
「あ、純一」
「待たせたな!」
彼女はどこか浮かない顔だったが、俺にはそんなこと関係なかった。すぐに笑顔にする自信があったからだ。
「お前にプレゼントだ」
「え?」
俺は持っていた新聞紙を急いで破いて茎から上しかない赤い花を彼女に差し出した。
「…どうして? どうして抜いちゃったの!!」
「え? だって、お前が喜ぶと思って」
彼女は大きな声を出して怒ったかと思えば、今度はみるみる泣き顔になっていった。
「喜ぶわけない! お花は一生懸命生きてたのに!」
「え?」
「一人で頑張って、綺麗に咲いてたのに!」
彼女は両手で顔を覆うようにして流れてきた涙を拭いながら俺を鋭い視線で睨み付けた。俺はなんで怒っているのかわからなかった。
「純一がお花を殺したの! お花を!」
「俺が? なんで?」
俺は手にした花を見た。すると彼女は体をくの字に曲げて泣き出した。大きな声で泣き叫ぶ彼女に俺はどうしたらいいのかわからず握った花を見つめているしかなかった。
「…大嫌い」
「え?」
しばらくして泣きじゃくりながら彼女は言った。最初は声が小さくて聞き取れなかった。
「大嫌い! 純一なんて大嫌い!!」
「え? え?」
彼女はそういって両手で顔を抑えながら走って空き地を出ていってしまった。俺はそれを昨日と同じようにまた黙って見送るしかなかった。また手を振って見送ることができなかったのだ。彼女は明日いなくなるというのに。
俺はいつの間にか泣いていた。
どうしてこうなったかわからない。ぐしゃぐしゃになった新聞紙で花を包み、それを手にしながらその場で下を向いて泣いていた。彼女の泣き顔みたいな怒った顔を思い出すと涙が止まらなかった。喜んでくれると思っていた。彼女の満面の笑みが見られると思った。なのに泣かせてしまった。こんな別れ方をしたくはなかったのに。
いつまでそうして泣いていたのか俺は覚えていない。どうやって帰ったのか気が付くとまた昨日体操座りしていた廊下の一角で下を見つめていた。
彼女はもういない。そう考えただけでまた涙が溢れてくるのだった。
最後までお読みいただき感謝を。良ければ感想を聞かせてくださいね。
もう少し続きます。
実際はラノベみたいのを書きたいと思ってますが練習のつもりでまた書いていくつもりです。




