国境
俺達は、動物の死体で膨れ上がった麻袋の山を小さな荷車一杯に載せて、隣の国へ続く険しい山道を何時間も歩き続けた。
先に歩く俺が荷台を引っ張り、ルアナは後からそれを押していく。
一応、頑張ってはいるようだが、非力過ぎて何の助けにもなっていない。
正直、邪魔なくらいだった。
咎人を処断しに来た人狼の俺が、おびただしい動物の死体の山を荷台に載せて、引っ張るのを手伝っている。
こんな所を長老に見られたら、俺が処断されても文句は言えないだろう。
キョロキョロ辺りを見回しながら、俺は何となく疾しくて足取りを速める。
「お前、すごい力だな。本当に助かったよ。私一人だったら、この荷台を引っ張るのも無理だったかもな」
荷台の後ろから、ルアナの甲高い声が響いた。
・・・他の人狼に聞こえたらタダじゃ済まないのに、デカイ声出しやがって・・・!
俺は心の中で舌打ちしたが、黙々と歩き続ける。
ルアナが言った事は全くその通りだった。
この荷台を引っ張って山越えをするのは、人間の女一人の力じゃ無理だ。
・・・俺がいなかったら、この死体の山をどうするつもりだったんだ?
もしかして俺を誘ったのは、この荷物を引っ張らせる為だったのではないかと勘繰りたくなる。
そもそもが、あの小さな体でこの荷台を引き摺って森の中に侵入した事自体、並の神経ではない。
忌むべき咎人ではあるが、同時に少し興味が出てきた。
『人でない』人間、ルアナ。
目だけ動かして後ろを見ると、荷台を押している彼女の金色の髪の毛が揺れているのが見えた。
隣の国に続く一本道の脇には小さな丸太小屋が建っていて、俺達が通りかかると、やる気のなさそうな人間がノロノロと出てきた。
服装だけはマトモなその男は、俺達を見て何やらブツブツ文句を言った。
どうやら、俺についての通行許可書がないのを咎めているらしい。
だが、ルアナが袋の中から大きめの兎の死体を引っ張り出して男に手渡すと、それ以上は何も言わなかった。
目を伏せたまま、男は「通れ」と小さな声で言い捨てて、さっさと小屋に戻ってしまった。
どうやら、そこが国境越えする時に必ず許可を得ていく関所だったらしい。
死んだ兎一匹で、ズタ袋を頭から被った毛むくじゃらの大男をスンナリ通してしまうんだから、こんな警備なら無い方がマシだ。
俺は呆れたが、逆にこの国では肉がかなり重宝されている事の証拠だろう。
何より、この警戒心の無さは、この国が平和過ぎる故に違いない。
とにもかくにも、俺達は無事、入国する事に成功した。
「さあ、国境を越えたぞ!ここからは懐かしの私の国だ」
国境を意味する薄い線が、道を隔てるように引かれているのを、ルアナはヒラリと飛び越え明るく叫んだ。
誰の国だろうがどうでもいいが、そろそろ満身創痍に近い状態だった俺は、目的地が近くなった事にとりあえずホッとする。
「そうか、良かった。で、お前の家はどこだ?」
「何言ってんだ?ここでやっと半分だ。この先、まだまだ歩くぞ」
俺の背中をバンバン叩いて、ルアナはアハハ・・・と高らかに笑った。
国境を越えてから、森は終わり、木々は疎らになり、土埃の舞うデコボコした道が現われる。
歩き始めてから丸一日近く経っていた。
空腹と眠気で、俺は意識も朦朧としながら、機械的に荷車を引っ張り続けた。
道の状態も更に悪くなり、もう荷車が動かない程に疲れ果てた頃、ようやくルアナの声が響いた。
「もうすぐだ。あの松明の火が見えるか?あれが私の住む集落だ」
「・・・そこまで行けば休ませてくれるんだろうな?」
「勿論だ。私の家に来るといい」
荷車の後ろから丸い顔だけピョコッと出して、ルアナは大口を開けて笑った。
自分も全く休まずに歩き続けたというのに、その顔には全く疲れが見えない。
この小さな体に、尋常でない精神力と有り余る体力を持っていることは間違いない。
実際、先にぶっ倒れたのは俺の方だった。
慣れない二足歩行で歩いて体力を消耗し切った俺は、彼女の家に辿り着くなりその場に倒れ込み、その後2日間眠り続けた。




