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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第8話:電気!そうよ!エレキテルよ!!

そううまくはいきませんて^^

尻の痛みがようやく引いた数日後。


薄暗い部屋で、獣脂ロウソクの頼りない炎をぼんやり眺めていた私は、

突然ベッドの上でガバッと起き上がった。


まだだ。

諦めるのは、まだ早い。


石鹸がすでにあった?

水の扱いも、この時代なりにちゃんと考えられていた?

馬車のサスペンションが作れなかった?


そんなもの。

まだ些細な敗北である。


もっと根本的で。

もっと圧倒的で。

この時代の人間が腰を抜かすような、本物の未来文明を持ってくればいい。


ピコーン!

そして私は、ひらめいた。


「でんき!」


部屋の隅にいた侍女が振り返った。


「はい?」


私は小さな拳を握りしめる。


「そうよ! えれきてるよ!」


侍女が完全に首を傾げた。


気にしない。


『電気』


それだ。


夜の闇を白昼のように照らし

スイッチひとつで熱を生み

機械を動かし

街を照らし

文明そのものを支えている万能の力


電気さえ普及させれば

私はアキテーヌの歴史に名を残す、大賢者になれる。


これぞ理系転生者の真骨頂。

世界史八点でも、物理と化学ならまだ戦える!


……と。


そこまで考えたところで。


私の脳内会議が、猛烈な勢いで異議を唱え始めた。


待て。


エレキテルって何だっけ。

平賀源内がどうこう、ってやつだよな。

たしか輸入された機械を復元したとか。


で。

あれって静電気発生器じゃなかったっけ?


ハンドルを回して。

ガラスか何かを摩擦して。


パチッ。


火花が飛ぶ。


……。


静電気?


下敷きで髪の毛を逆立てる、あれ?

琥珀と毛皮を擦ってもできる、あれ?


私はロウソクを見た。


パチッと火花を一回飛ばしたところで。

この薄暗い部屋の何をどう照らすんだ。


「……だめじゃん」


いや。


まだだ。


エレキテル程度ではなく本格的な発電機を作ればいい。


そうだ。

ファラデーの電磁誘導。

理系なら聞いたことくらいある。


磁場の中でコイルを回せば電気が起きる。


……。


コイル。

コイルって何だ。


いや知ってる。

銅線をぐるぐる巻いたやつ。


で。

その銅線はどこにある?


この時代。


均一な太さで何メートルも

細く長く伸ばした銅の線なんて。


普通に手に入るのか?


仮に。

奇跡的に手に入ったとして。

それを何十回も何百回も巻く。


裸の銅線をそのまま。


……。


ショートするじゃん。


絶縁は?

ビニール?

ない。


ゴム?

前回の馬車で無理だと判明済み。


エナメル?

どうやって作る。


では磁石。

天然の磁鉄鉱?


どこで採れる?

どのくらい強い?

そもそも私は磁石を作れるのか?


そして。


仮に。

本当に奇跡が起きて。

手回し発電機みたいなものが完成したとしよう。


頑張って回した。

銅線に電気が流れた。


やった。

成功。


……で。


その電気何に使うの?


白熱電球?

フィラメント。


何で作る?

タングステン?


どこにある。

どう加工する。


ガラス球は。

真空は。

モーター?


どう巻く。

どう制御する。


蓄電池?

鉛板。硫酸。容器。


危険物の塊である。


私は小さな両手で頭を抱えた。


オームの法則なら知っている。


電圧。電流。抵抗。

あの辺だ。


フレミング左手の法則だって。

今でも指をクイッと曲げて、あの独特のポーズを取れる。


でも。

それで?


公式を覚えていることと発電設備を一から作れることは。


全然。

まったく。

これっぽっちも。


”同じじゃない”


地球とアンドロメダ銀河くらい遠い。


電気文明というのは

電気だけで成り立っているわけじゃない。


金属を加工する技術。

材料を精製する技術。


化学。

ガラス。

磁石。

絶縁。

精密な部品。


それらを作る道具。

さらに、その道具を作るための道具。


そんな巨大な技術の積み重ねの上に。


ようやく。


「スイッチを押したら電気がつく」


という、

私にとっては”当たり前だった日常”が乗っかっていた。


「……むりじゃん」


二歳児の小さな口から乾いた声が漏れた。


その時。

部屋の隅で、侍女が火打金と火打石を打ち合わせた。


カチッ。


カチッ。


小さな火花が散る。


乾いた火口に火が移り。

そこから、新しいロウソクへ炎が移された。


頼りない小さなオレンジ色の光。


暗い。

少し煙い。


でもこの火ひとつ灯すために。


誰かが脂を用意して。

芯を作って。

火打石を持って。

手を動かしている。


私はそれをじっと見つめた。


その泥臭い現実を全部すっ飛ばして、

いきなり。


「電気!」


「エレキテル!」


と叫んでいた自分。

控えめに言って完全にアホである。


「アリエノール様?」


侍女が心配そうにこちらを見た。


「先ほどからお一人で、何をぶつぶつおっしゃっているのです?」


「……なんでもない」


「そうですか?」


私はロウソクを指さした。


「ひ、きれい」


「まあ」


侍女が笑った。


「お利口さんですねえ」


頭を撫でられた。


私は黙ってロウソクを見る。


石鹸。

水。

馬車。


そして。

電気。


私の壮大なる未来知識チート計画。


現在ほぼ焼け野原。


でも。


完全に諦めたわけではない。


まだ、何かある。


何か一つくらい、

未来人である私にしか思いつかないことが。


たぶん。

あるはず。

……あるよね?


ロウソクの炎は

そんな私をあざ笑うようにゆらゆら揺れていた。


※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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