第15話:いま日本、何時代?
8点ちゃんだからしかたないね^^
おじいちゃんが亡くなって、館の中はひたすら重苦しい。
母上の部屋からは時折、苦しげな息遣いが漏れていて、出産はもう秒読み段階だ。
四歳児の私はというと、お邪魔にならないよう部屋の隅へ追いやられ、
ぼんやりと冷たい石壁を見つめながら脳内会議を開いていた。
……待てよ。
さっきから当たり前のように「フランス、フランス」と思っているけど。
本当にここ、私の知ってるフランスなのか?
ポワティエ。
ボルドー。
大西洋。
ピレネー山脈。
地理のあやふやな記憶を必死にかき集めれば、場所そのものはどう考えてもフランスの南西部だ。
そこは、たぶん間違っていない。
問題はその「中身」だ。
ちなみに、私には少し年下の妹もいる。
名前はペトロニーユ。
よかった。
ギョームじゃなかった。
……いや、そこじゃない。
私と妹、それからもうすぐ生まれてくる子供。
父上と母上。
そして、ついこの間まで、この城にはギョーム九世という規格外の祖父がいた。
こうして家族構成だけ並べてみても、私は相変わらず自分が歴史上の何者なのか、
さっぱり分かっていない。
父上の話を総合すると、うちはどうやらフランス王の臣下らしい。
臣下。
つまり、家来。
……だよね?
なのに、あの執務室で見た地図。
どう見ても、王様本人が直接持っている土地より、うちの方が広くない?
……力関係、バグってない?
アキテーヌって何?
地方?国?
王国ではないらしい。
でも父上たちは、自分たちで税を取り、騎士を従え、町や村を治めている。
話している言葉だって、私の知っている現代フランス語とは全然違う。
しかも地域によってまた違うらしい。
私の頭の中にある、
「フランスという国があって、その真ん中に王様がドーン」
という雑なイメージと、何もかも違いすぎる。
さらに、生活そのものもおかしい。
窓にガラスなんて当たり前には入っていない。
城も、後世のお姫様映画に出てくるような華やかな宮殿ではなく、
住居と役所と要塞が全部くっついたような無骨な石造りだ。
服だって、私がイメージしていた中世映画のふわふわドレスとは違う。
紙はほとんど見ない。
大事な記録は羊皮紙。
教会の権力は、笑えないくらい強い。
そして騎士たちは、全身を鉄板で固めたピカピカの甲冑ではなく、
鎖を編んだ金属製セーターみたいなものを着ている。
……あれ?
これ。
私がぼんやり想像していた「百年戦争」とか「ジャンヌ・ダルク」の時代より、
もっと前なんじゃないの?
ジャンヌ・ダルクって、確かもっと後だよね?
鎧も違う。
城も違う。
フランスそのものが、まだ私の知っている形になっていない。
「……えっ」
急に寒気がして、私は小さな膝を抱え込んだ。
「これ、いつ?」
西暦何年?
鎌倉?
いや。
鎌倉より前?平安?
「待って、日本いま何時代よ!?」
声に出してから、自分で頭を抱えた。
紫式部ってもう死んでる?
平清盛は?生まれてる?まだ?
ていうか私、日本史も大して分かんないじゃん!
こんなことなら。
こんなことなら――!
「古文と歴史が嫌だからって、理系に逃げるんじゃなかった……!!」
暗記科目が嫌いで。
歴史の年号を見るだけで眠くなって。
「理系ならまだマシ!」
と逃げた、かつての自分を
タイムマシンで戻って往復ビンタしたい。
その結果、
アラサーOLの脳ミソに焼き付いているもの。
オームの法則。
フレミング左手の法則。
水兵リーベ僕の船。
エタノールと酢酸のエステル化。
「そして、どれも何一つ役に立たない!!」
四歳の公女様は、頭を抱えたまま石床に突っ伏した。
現在地。
たぶん、フランス南西部。
でも、私の知っているフランスではない。
時代。
たぶん、中世。
しかも、かなり前の方。
日本なら、平安の終わり頃……なのか?
分からない。
全然分からない。
私は未来から来たくせに未来を知らない。
歴史の知識が壊滅したまま、歴史のど真ん中へ放り込まれた迷子だ。
「……せめて年号くらい、どっかにでっかく書いといてよ……」
薄暗い天井を見上げ、私は深くため息をついた。
その直後だった。
廊下の向こうから、
張り詰めた空気を切り裂くような赤ん坊の甲高い産声が響き渡った。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




