第1話 北城
八月。
蝉の鳴き声が響く午後。
大学の講義を終えた向は、冷房の効いた部室で机に突っ伏していた。
「暑い……」
向がそう呟いた時、勢いよく扉が開いた。
「向!」
親友の聖だった。
汗だくになりながら、聖は一冊の古い雑誌を机に叩きつける。
「見つけたぞ!」
向は顔を上げる。
「なんだよ急に」
「これだよ、これ!」
聖が開いたページには、大きく赤い文字でこう書かれていた。
『全国最恐心霊スポット特集』
その中の一ページ。
写真には、山奥に建つ朽ち果てた城。
その下に、
『北城 ~女郎蜘蛛伝説が残る呪われた城~』
と書かれていた。
「またそんなのかよ」
向は苦笑した。
聖は昔からオカルト好きだった。
幽霊動画。
都市伝説。
廃病院。
そういうものを見るたびに目を輝かせる男だった。
「違うんだよ!」
「ここ、マジでヤバいらしい!」
「地元の人も近づかないんだって!」
「女の声が聞こえるとか、蜘蛛の糸が降ってくるとか!」
向は呆れたように笑った。
「どうせ作り話だろ」
その時。
「面白そう!」
後ろから声がした。
振り返ると、Ayaが立っていた。
「Aya!」
「見せて!」
向の彼女であるAyaは、聖以上に好奇心旺盛だった。
「女郎蜘蛛?」
「なにそれ、めっちゃ面白そう!」
向は嫌な予感しかしなかった。
「おいおい、行く気か?」
「もちろん!」
Ayaは笑顔で答える。
「夏休みの思い出!」
聖も乗ってくる。
「決まりだな!」
「三人で肝試し!」
向は頭を抱えた。
「絶対嫌な予感しかしない……」
しかし二人の勢いに押され、結局向も行くことになってしまった。
その夜。
向は自室で例の雑誌を読み返していた。
『北城』
戦国時代に築かれた山城。
城主は謎の死を遂げた。
城主殺しの罪で処刑された側室「桜」。
そしてその後、城は廃城となった。
ページの端には、小さくこう書かれていた。
『夜の北城で女性の泣き声を聞いた者は、振り返ってはいけない』
「馬鹿馬鹿しい……」
向は笑って雑誌を閉じた。
その時だった。
パサッ。
雑誌の間から一枚の古い写真が落ちた。
「ん?」
白黒写真。
そこには北城の前で笑う男女五人。
しかし。
向は気付いた。
六人いる。
後ろ。
木の陰。
長い髪の女がこちらを見ていた。
「……なんだこれ」
気味が悪くなった向は写真を裏返す。
そこには汚い字で、
『返して』
とだけ書かれていた。
ゾクッ。
思わず写真を落とす。
「誰のイタズラだよ……」
窓の外では風もないのに、カーテンが揺れていた。
そして。
誰もいないはずの部屋の隅から。
女の声が聞こえた。
「見つけてくれて……ありがとう」
向は凍り付く。
ゆっくり振り返る。
そこには──
誰もいなかった。
ただ。
天井から一本。
白い糸が垂れていた。




