第15話 第一特務遊撃隊
長机を囲む幹部会議室には、重苦しい空気が満ちていた。
壁一面の窓から差し込む朝の光さえ、今日は冷たく見える。
中央の席に座る天音は、背筋を伸ばしたまま一言も発していなかった。
その左右には橘と鷹宮。
二人もまた、険しい表情で前を見据えている。
沈黙を破ったのは、古参幹部、神崎だった。
「今回の護衛任務失敗……これを、どうお考えですかな。天音総統」
わざとらしく穏やかな口調。
だが、その声には明確な敵意が滲んでいた。
「重要証人は死亡。若手部隊員は重傷。情報漏洩の疑いまである」
別の幹部が続ける。
「これが、あなたの掲げた“改革”の成果ですか?」
幹部の1人、久我が冷たくいい放った。
会議室の空気がさらに冷える。
天音は視線を上げ、静かに口を開いた。
「任務失敗についての責任は、総統である私にある」
短い言葉だった。
だが、それが気に入らなかったのか、幹部達は一斉に声を荒げた。
「責任があるで済む話ではない!」
「経験不足の若手ばかり集めた結果だ!」
「しかも指揮系統の中心に実の息子を置いた!」
「身内を贔屓した結果、多くを失ったのではないですか!」
鷹宮の眉がぴくりと動いた。
橘は腕を組んだまま、冷え切った視線を幹部達へ向ける。
だが天音は、二人を制するようにわずかに手を上げた。
反論しない。
怒鳴り返さない。
ただ、全てを受け止めるようにそこに座っていた。
「……神代蒼真は、任務中に被弾しながらも最後まで突破を試みた」
天音の声は低く、静かだった。
「責めるべき相手を、履き違えないで頂きたい」
その瞬間、会議室の空気が張り詰める。
古参幹部の一人、黒田が机を叩いた。
「やはり庇うのですな!」
「息子可愛さに判断を誤る総統など、もはや組織に不要!」
「本日この場で、総統解任動議を提出します」
久我の一言に鷹宮が椅子を鳴らして立ち上がりかけた。
だがその前に、天音が静かに言った。
「……座れ、鷹宮」
「しかし……!」
「今はまだ、だ」
天音の目はまっすぐ前を見据えていた。
まるで、何かを待っているように。
幹部会議室の前で扉を開けられず、蒼真は立ち尽くしていた。
自分のせいで、天音に総統の解任動議まで提出されようとしている…。
間に合わなければ、動議が可決されてしまう。
行くなら、今しかない。
「蒼真…大丈夫?」
麗華が隣に寄り添う。
蒼真の体は震えていたが、寄り添われる事で少し落ち着いた。
「……うん。行く」
蒼真は震える両手で扉を開けた。
会議室中の視線が一気に集まった。
「なんだ?」
「会議中だぞ!」
「ノックも出来ないご子息とは、どうなってるのやら」
若造が何をしに来た。と視線が蒼真に突き刺さる。
蒼真は息を小さく吸うと震える声で話し出す。
「今回の責任は……俺にあります」
「天音総統に責任はありません」
「処分するなら、俺を切ってください」
静まり返る会議室。
天音だけが目を見開いていた。
その瞬間――
ドンッ!!
扉が再び勢いよく開いた。
「その処分、ちょっと待ってもらえます?」
「勝手に腹切ってんじゃねぇよバカ」
「さすが、先行突破隊員」
「お前居なくなったらどうすんだ」
第一特務遊撃隊の4人が息を切らして、会議室へと飛び込んで来た。
「遅せぇ」
鷹宮はニヤッと笑い呟いた。
橘も口角をあげ、机の中にしまっておいた証拠ファイルを取り出し、資料を幹部達へ配り出した。
「まず、市内大規模襲撃と資料保管庫の情報漏洩に関して。武装集団の頭領がよーやく口を割りましてね、黒田幹部、あなたが金を回して襲撃を企てたとか。資料保管庫は神崎幹部、システム部隊員の弱みを握って協力させられたと証言が取れてますよ。さらにその隊員に地下会議室に盗聴器を仕掛けさせた。そして、久我幹部…資料係の当日の担当に金を握らせ、自分の出入りを黙認させ、更に証人移送襲撃も調査の結果、あなたの指示で金を横流しした、元幹部の口封じだったとはね…」
橘はやれやれと肩を竦めた。
「さて、総統の先程の言葉をお借りしますが…責めるべき相手を、履き違えないで頂きたい」
橘が久我、黒田、神崎を睨みつけた。
「しょ…証拠はあるのか!」
黒田が焦った声をあげる。
この資料は聞き取りのものばかりではないか!と騒ぎ出した。
「証拠なら、ありますよ」
蓮が声を上げた。
「地下会議室に仕掛けられたこの盗聴器、まさかの録音機能付きでね、仕掛ける前に隊員が神崎幹部との会話を録音してくれてました」
「久我幹部の当日の資料保管庫への出入りにも証拠がありますよ。変な所をミスりましたね、重要護衛者リストのロックナンバーはあなたと資料係の班長しか知らない。と…班長もなかなか話してくれなくてね。時間がかかりましたよ」
葛城が淡々と話した。
「さぁ、これでもまだ責任は神代天音総統と神代蒼真にあると言えますか?」
白石がニヤリと笑った。
幹部達はぐうの音も出なかった。
何も出来ないと思った若造がここまで証拠を揃えて来るとは思わなかったと言う顔をして俯いている。
天音は静かに立ち上がり口を開いた。
「さて、私の解任動議はどうしますか?」
幹部達は互いに顔を見合わせ、誰一人として言葉を発せなかった。
先程まで威勢よく天音を責め立てていた声は消え失せ、会議室には重い沈黙だけが落ちる。
天音は立ち上がったまま、静かに三人を見下ろした。
「……答えられないようですね」
その一言に、久我の肩がびくりと揺れた。
「黒田、神崎、久我。三名は本日付で幹部職を解任。身柄を拘束し、内部監査室へ引き渡します」
淡々と告げられた処分に、三人は青ざめた顔で立ち尽くす。
「そんな……!」
「ま、待ってくれ……!」
「私は……嵌められただけで……!」
誰も耳を貸さなかった。
警備隊員達が会議室へ入り、三人を連れていく。
去り際、黒田が蒼真を睨みつけたが、その前へ白石が一歩出た。
「見苦しいぞ、おっさん」
低い声だった。
黒田は何も言い返せず、そのまま連行されていった。
扉が閉まり、ようやく会議室の空気が変わる。
長かった嵐が、終わった。
天音は深く息を吐くと、視線を蒼真へ向けた。
震えたまま立ち尽くす息子。
まだ状況を飲み込めていないような顔だった。
「……蒼真」
呼ばれた瞬間。
蒼真の張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
天音の顔は総統の顔ではなかった。
いつも家で見る父の顔だった。
「……っ」
唇が震える。
視界が滲む。
守れなかった。
全部、自分のせいだと思っていた。
でも違った。
一人じゃなかった。
「……ご、め……」
声にならない謝罪と共に、涙が零れ落ちる。
その場にしゃがみ込みそうになった蒼真の肩を、蓮が掴んだ。
「おい、そこで崩れんな」
ぶっきらぼうな声。
だが、支える手は優しかった。
「ほんっと世話焼かせやがって」
白石が笑いながら蒼真の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「重傷明けで会議室乱入とか、先行突破隊員すぎるだろ」
雨宮が小さく肩を竦めた。
「泣くならあと五分待て。書類処理増える」
葛城は呆れ顔で言いながら、蒼真の背を軽く叩く。
「……よく来たな」
最後に鷹宮の大きな手が、蒼真の頭へぽんと乗った。
その一言が、たまらなく胸に響いた。
蒼真は堪えきれず、子供のように顔を覆って泣いた。
「……っ、すいません……っ」
「謝んなバカ」
「うるせぇ、泣き虫隊員」
「元気になったら倍働け」
「まず休め」
口々に飛んでくる言葉は雑で、温かかった。
蒼真の周りにはいつの間にか輪が出来ていた。
わちゃわちゃと頭を撫でられ、肩を叩かれ、背中を押される。
その少し離れた場所で、麗華は静かにその光景を見つめていた。
目尻には、うっすら涙が滲んでいる。
壊れてしまったと思った人が、今こうして仲間の中で泣いている。
そして1人で敵に立ち向かう勇気があった。
それだけで十分だった。
麗華がそっと微笑むと、天音が隣に並んだ。
「……良い仲間を持ったね、蒼真は」
「はい」
麗華は迷いなく頷いた。
会議室に差し込む朝の光は、もう冷たくなかった。




