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14.積み上げて、築くもの

 いよいよロジャーを介しての石詠(いしよ)みとしての初仕事の日を迎え、アカシャは朝から緊張していた。


「お嬢ちゃん、そんなに堅くならなくたっていい」


「……は、はい、ロジャーさん。とはいえですね、石は今まで拾ってきて売るだけでしたから、何というか、買取人が良し悪しを判断して値をつけて終わりで、そこに生じる責任はさほど大きくはなかったわけでして……」


 緊張から強張った真顔のアカシャに、しかしロジャーは嬉しそうに笑った。


「ほう……責任(それ)を気にするか、ありがたいね。だが今はまだ、そこまで気負うこたぁ無い。先に声を掛けたのはわしなんだ。まずはこなして慣れてくれたらそれでいいさ。肩の力を抜きなよ」


 ロジャーは優しく諭すと、ぽんと背をひとつ叩いて力を抜くよう促し元気づけてくれる。


「はい、ありがとうございます……!」


 それでも、この都市(まち)で最初に名を交わし、色々助けてくれたロジャーの恩に報いたくて、アカシャは礼を伝えつつも、その手には力がこもってしまう。


 元王女といえども3年の間平民として生きていたので、市井の年若い娘がするような手仕事や、農作業の手伝いをこなした事はかつていくらかあった。しかし”石詠み”という能力を買われて雇われるのは初めての事だ。


 何より自治領では、表向き正体は隠せど、或いは秘密を知らせずとも、ヴィサルガの民はアカシャが何者かなど皆知るところだ。小国ゆえの団結力で口を閉ざしてくれていたが、共に労働に従事してもどこかで元王族への敬意と遠慮が常にあった。

 端的に言えば、国を失ってなおも元国民たちに愛情をもらい、甘やかされていたという自覚がある。


 だからこそ、何者でもないアカシャという少女として踏み出す一歩には、不安と緊張感があった。


 そんなアカシャの様子を見て、ロジャーはしばし思案してから口を開いた。


「お嬢ちゃん、いいかい。この仕事は、わしからお嬢ちゃんへのこの先の信用だけじゃねぇ、お嬢ちゃんがわしを信用出来るかの試金石でもある。こないだ助けた恩を感じてくれてるかもしれんがね、親切の裏で悪事を企てる奴ってのも世の中には居るんだ」


 ロジャーの言葉を、アカシャは真剣な顔で聞いていた。


「恩を着せて、信じ込ませて騙す奴は、きっとお嬢ちゃんが思うよりずっと多い。わしがそうじゃないっていう保証はまだ無いんだ。だからこそ、信用(それ)はこっから築かなきゃならねぇ」


 アカシャは静かに頷いた。


「一度の恩や、耳障りの良い言葉よりも、時間と手間をかけて積み上げて築くもんの方が強い。これはわしの考えだがね」


 それからロジャーは、アカシャの目を見据えて続けた。


「だから焦らず、気を張りすぎず。盲目にならずに警戒もして、その目で見極めながら、堅実に進んだ方がいい。……少し説教臭くなっちまったかな」


 ばつが悪そうに頭をかくロジャーに、アカシャは笑んで応えた。


「いいえ、ありがたいです! ……それに、その最初の一歩がロジャーさんと出会って始まった事が今、物凄く嬉しいです……!」


 しみじみと言葉を返せば、ロジャーは照れ隠しのように片眉を吊り上げてみせた。


「おいおい、お嬢ちゃん気が早ぇなぁ……それが吉と出るか凶と出るかわかるのはこれからだってのに。まぁ、あまり御託を並べてたら前になんか進めねぇな」

 

 それから一つ思いついたように、にやりと笑う。


「ああ、そうだ。それじゃあ、ゼロから始まるんだし、今日の仕事がまっとうであるという保証はひとまず……この都市(まち)に居る英雄たちの名に誓おう」


「英雄に、ですか?」


 急に出た英雄という言葉に思わず反応してしまう。


「おうよ。誓いを違えたら、この都市(まち)の女どもに殺されちまうからな。最初の口約束の保証にはいいだろう? 勝手に名前を使われる英雄には悪いが、このくらいなら大目に見てくれるだろうさ」


 ロジャーは白いひげをたくわえ皺を刻んだ顔に、悪戯を思いついた少年みたいな表情を浮かべて笑う。

 釣られるようにしてアカシャも噴き出してしまって、それで漸く少し肩の力を抜くことが出来た。



 ◇◇◇



 モイライ東地区の商人街には商人組合(ギルド)がいくつか存在する。

 そのうちの一つ、ロジャーが加盟しているギルドの共同作業場がある建物へと案内された。


 工房のようなものが併設された石の選別場はかなり広く、年格好もばらばらな男女が数人仕事をこなしていた。


「ほんとは初日は、顔合わせと仕事内容の説明で、さくっと終わっとこうと思ってたんだが……このところ依頼が増えて、てんてこ舞いなんだ。入って早々すまねえが、しばらく大変かもしれねぇ」


 口では詫びつつも、ロジャーは商人の顔つきで満面の笑みを作る。


「ちょうど機構軍から大口の依頼が入ってな。初仕事だが、分け前ははずむぞ。期待してくれ」


「……き、機構軍……!」


 目を輝かせたアカシャに、ロジャーはくつくつと笑った。


 ──やはりロジャーさんは、神様なのでは……!?


 実際にその仕事が伝手や情報に結びつくかは、まだわからない。

 それでも資金調達のつもりが、思いがけず大きな一歩となりそうな予感がして期待に胸が躍り、緊張とは別の力がその手に宿った。





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