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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第12章 姫神
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第94話 進むべき道

 石室山に土蜘蛛(つちぐも)が侵入した事件のあと、北総市内に残された傷痕(きずあと)は、ここ数日のうちに急ピッチで回復作業が進んでいた。


 破壊された将官川(しょうかんがわ)の橋はすべてに補強された仮設橋が架けられて、大型バスやトラックの通行も可能になった。

 北総第一水門橋、第二水門橋も応急修理がなされ、上を通る国道356も片側交互通行が可能になった。


 TLEX-1によって大きく掘削(くっさく)された増尾祖父の水田は埋め戻され、五月の田植えには間に合うよう、最新の農業用土木技術で復旧作業がおこなわれていた。


 利根川を挟んで対岸にあるアレックス・ロボティクス社には強制捜査が入り、工場の地下に免振設計がされた巨大な格納庫があることがわかったが、何に使う予定だったのかは黙秘しているという。また地下倉庫から国の許可を得ていないトンネルが北総市方面に掘り進められていることも確認したが、その入り口はダイナマイトで破壊されており、アレックス・ロボティクス社は「北総市側から何者かがこちらに向かって掘り進めてきたトンネルだ」と言い張っているらしい。


 北総市内で発生した大規模な停電や通信障害は、謎の外国人グループによる設備の破壊が原因であることはわかったが、ベルメキスタン共和国との関連性についいては、いまだに決定的な証拠がなく、さらに慎重に捜査を進めているところだ。


 芳乃の誘拐未遂事件も、市内の防犯カメラなどから情報を集め、捜査は進められているが、いまだに犯人の手がかりは見つかっていない。犯行に使われたワンボックスカーは盗難車であることがわかったが、車内に指紋など証拠になるものは残されておらず、かなり計画的な犯行であると思われた。




 社団法人の正式名称は「公益社団法人 石室山ミライ」に決まり、一週間で登記が完了して、正式に発足(ほっそく)した。

 四月最後の日曜日。順聖堂学園円卓会議室にメンバー全員が集まり、ささやかな発足式がおこなわれた。


 代表理事の投票はただの冗談だよ、と誰か言ってくれるのを期待していたが、そんなこともなく、登記書類の代表者には、しっかりと富岡孝一郎の名前が記載された。


 理事会のメンバーは、代表理事投票時の候補者と同じ、千堂芳乃、高瀬圭吾、城築勝巳、大原薫、舟橋俊矢、一条亜理紗、富岡菜々実、富岡孝一郎、富岡春香、神々廻優花の十名に加え、北総エナジーの橘真琴常務、所沢総合科学大学の棚辺真沙人(たなべまさと)教授を加えた合計十二名となった。


 この日はじめて顔を合わせたヘキサイト理論の棚辺真沙人教授は、髪の毛を短く丸刈りにした、小柄でほがらかな、どこにでもいそうな六十過ぎくらいのおじさんだった。パズルゲームが好きで、さらには太極拳の達人らしく、にこにこしながら終始、パズルと太極拳の話ばかりしていた。失礼かもしれないが、とても高名な宇宙物理学の権威とは思えない。


 しばらくは順聖堂学園の会議室を借りて会議や庶務がおこなわれることになったが、法人の当面の運営資金は北総エナジーから出資され、順聖堂学園の学区内に法人本部社屋が建てられることになった。


「予算は30兆円あるから、世界一豪華な高層ビルを建てましょう!」と張り切る優花をなだめて、みんなで意見を出し合い、低層三階の建物になった。それでも見取り図を見るとフロアは広く、立派な会議室が大小四部屋、事務室、資料室などに加えて、なぜか剣道などに使える道場がある。なんでこんなもんがあるんだ、とビル建設の指揮をとる優花に聞くと「あら、だって、いざという時のために孝一郎さんは格闘術の鍛錬が必要でしょ?」と答えた。


 …………やっぱり俺は戦闘要員あつかいなのだろうか?




 発足式で代表理事の名刺を受け取った俺は、「なんだか偉そうな肩書が付いちまったな」とつぶやくと、それを聞いた城築先生が言った。


「企業とか団体っていうのは偉そうな役職をそろえて世間体を整えたほうが何かとやりやすいのさ。孝一郎くんは交渉なんかがあるときは偉そうにしていればいいよ。難しいことや面倒なことはまわりの大人がサポートしてくれるからね。神々廻CEOほどじゃないけど、高校1年生の理事長なら話題性も抜群だ。会社だと思わず、石室山チームのリーダーだと思っていればいいよ」


「石室山チームですか。でも俺みたいな若造じゃあ、お飾りにもならないですよね」

 と俺が言うと、こんどは圭吾さんが笑って答えた。


「そんなことはないですよ。孝一郎さんには、もしもまた事件が起きたら、石室山と芳乃様を命がけで守ってもらいますので」


「ええ? もうあんな立ち回りは勘弁してほしいなあ……」

 と、俺が情けない表情で言うと、メンバー全員から笑いが起こった。

 ……いや、冗談で言ったつもりじゃあないんだけどな。





 代表理事はなんの役にも立たないけれど、石室山ミライの仕事は、正式に発足する前から粛々(しゅくしゅく)と進んでいた。


 舟橋教授、棚辺教授、北総エナジーを中心とした、龍の卵分析チームには、分析用の龍の卵が引き渡された。

 特殊な非破壊検査によって、卵の中に元素番号126番のウンビヘキシウムを含む可能性が非常に高いことが判明した。しかしそれが幻の希少金属ヘキサイトであるのかどうか、そこから本当に高効率のクリーンエネルギーを取り出すことができるのかどうかは、専用の検査設備の製作から始めなければならないため、もう少し日数が必要とのことだった。


 何度かオンライン会議をおこない、大原首相の提案で、近いうちにこの石室山の龍の卵の存在を全世界に発表しよう、ということになった。

 大原首相の主張は以下のようなものだった。


「龍の卵が非常に貴重なエネルギー資源であることは、もはや疑いの余地は無いだろう。その龍の卵を、テロ同然の破壊工作をしてまで奪おうする組織の存在が明らかになったいま、石室山の防衛は日本にとって緊急を要する最重要課題だと認識している。そのために石室山周辺にあらゆる防衛、監視体制を敷く準備をすすめている。また、龍の卵の分析が進んで、ある程度その性質が明らかになり、クリーンエネルギーとして利用できることが確実になった時点で、我々は石室山の龍の卵の存在を世界に発表するべきだと思う。そうすることで世界中の監視の目が石室山に向き、大きな抑止力となる。同時に我々は、このエネルギーを独占せず、将来的に世界中のすべての人のために平和目的でのみ使用することを宣言しよう。そのうえでなお、暴力的な手段で龍の卵を奪おうとするものは、世界中から敵対勢力とみなされてることになるだろう」




「なあ、芳乃。おまえは本当にこれで良かったのか?」


 石室山ミライの発足式の翌日、月曜日の朝、俺は学校に向かう道を芳乃と共に歩きながら聞いてみた。


「なにがだ?」

「龍の卵だよ。おまえが龍の卵を提供すると言ってから、話はどんどん進んでいる。もちろんすべて石室山ミライのみんなで話し合って決めていることだけど、それは言ってみれば、もう龍の卵は芳乃一人の気持ちだけではどうにもできない、ってことじゃないか」


「そのとおりだな」

 芳乃は俺のとなりを歩きながら、表情を変えずに答えた。


「いまさらだけど、石室山と龍の卵は、千堂家の代々の松虫姫と、吉鷹村の人たちが命がけで守ってきたものなんだろ? それを思うと、俺は本当にこれで良かったのかな、って考えちまうんだよ」


「そうか。孝一郎がそれだけ真剣に石室山と龍の卵のことを考えてくれることは嬉しく思う。しかし、これはわたし一人の意思ではない。あのときも言ったように、姫神様からの宣託があり、吉鷹村のものたちとも話し合いをして決めたことなのだ。これから石室山を守り、龍の卵をどう使うか考えるのはわたしたちなのだよ」


「そうか。芳乃がそう言うならいいんだ。責任は重いけど、また困ったときは姫神様が助けてくれるだろうからな」

 俺が笑いながらそう言うと、芳乃の足がふいに止まり、俺を見上げて意外なことを言った。


「いや、それはあまり期待できないかもしれない」


「期待できない……って、いったいどういうことだ?」

 芳乃の静かな物言いに、俺は不安になって聞き返した。


「過去千三百年、石室山は何度か危機にみまわれ、そのたびに姫神様は大いなる力を貸してくれた。しかしその姫神様の魂、すなわち石室山に眠る、初代松虫姫の生体エネルギーは、力を使うたびに消耗し、だんだんと弱まっているのだ」

 芳乃はそう言うと、ふたたび学校への道を歩き出した。

 俺はそのあとを追いながらたずねる。


「消耗して弱まると…………どうなるんだ?」

「最後まで力を使い果たせば、あとは消えて無くなるのだ」


「消えて無くなる?」俺はその単純な答えが理解できない。「消えて無くなると…………そのあとはどうなるんだ?」

「ただ無くなるだけだ。その先は無い」


「そんな馬鹿な……。千三百年龍の卵を守り続けてきた姫神様の魂がいなくなるっていうのか!?」

「姫神様の生体エネルギーには限りがある。しかしそれが無くなっても魂そのものが消滅するわけではない。そもそも死んだ人間の魂を、ひとつの場所に縛り付けておくこと自体が間違っているのだ。姫神様の魂は、その役目を終えたとき天上界へ帰ってゆくだろう。姫神様もその時が近いことを知っている。だからこそ龍の卵の未来を我々に託したのだ」


 芳乃はそう言うとふたたび立ち止まり、俺の目を見つめて言った。

「これから我々が進むべき道は、我々自信が決めなくてはならない」


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