第84話 円卓会議
「円卓会議室か、懐かしいな」
大原首相は感慨深げにつぶやいた。
俺たちはいま、順聖堂学園の円卓会議室と呼ばれる部屋に集まっている。
石室山で大原首相から、「緊急に石室山の防衛対策を協議する必要がある」という提案で、順聖堂学園の会議室を借りて関係者が話し合いをすることになった。
吉鷹村から総代の圭吾さんが呼ばれ、しばらく別室で芳乃と話をしていたが、それが終わるのを待って全員が円卓会議室に集合した。
メンバーは、大原薫首相、舟橋俊矢教授、一条亜理紗理事長、城築勝巳先生、神々廻優花CEO、という日本の各界に大きな影響力を持つ、そうそうたる顔ぶれに加え、石室山守護職として千堂芳乃、吉鷹村の高瀬圭吾総代、そしてあまり役に立ちそうにはないが、俺たちの家族、富岡菜々実、孝一郎、春香が参列し、合計十人となった。橘常務は北総エナジーの代表は神々廻CEOに任せると言って、報告のため本社に戻った。
円卓会議室は、中央に円形の会議テーブルがある。このテーブルは何ヵ所かある継ぎ目がスライド式になっていて、ある程度大きさを調整できるようだ。いまは周囲に椅子を並べると十数人ほど座れるくらいの大きさになっていた。
テーブル中央には数台のタッチパネルモニターが、やはり円形に並べられている。市内の停電は一部復旧したらしく、会議室には明かりが点いている。SPDの通話やネットは、俺と芳乃が石室山に入った直後に復旧していたらしく、いまは正常に使えるようになっていた。
円卓には、いわゆる上座や下座が無くて、すべての人が平等に話し合える場所、という意味があるらしく、大原首相に促されて、俺たちは思いのまま、ばらばらと席に着く。
皆がそれぞれの席に落ち着くと、大原首相が立ち上がり口を開いた。
「この席には我々の偉大な先輩である城築先生もおられるが、わたしが言い出したことでもあるので僭越ながら会議の進行を務めさせていただきたい。なお、会議の様子と発言は、会議室に備えられたビデオレコーダーで記録させていただく。すべての参加者の発言は尊重され、なにものにも拘束されない。ただしこの会議で発言されたこと、決議されたことはすべて機密事項であり、最終的に議事録をまとめ、参加者全員の承認を得るまで許可なく外部に公表してはならない。ここまで異議があれば申し出てほしい」
大原首相は円卓の参加者を見回した。もちろん異議のある人間はいなかった。
「よろしい。それではまず今回の一連の事件についての見解を述べさせていただく。本日の停電と通信関連の障害は、市内への送電設備、通信設備を破壊されたことが原因だ。また将官川に架かる橋と水門の破壊も合わせて、あきらかに北総市内の通信、交通機能の麻痺、混乱を狙ったものであることは間違いない。首謀者など、詳細は調査結果を待たなければならないが、このような破壊行為は決して許されるものではない。今回は幸いにも市民に怪我人はなく、自衛隊数名が軽傷を負っただけで済んだが、一つ間違えば死者が出てもおかしくない事態だった」
大原首相の口調には怒りがにじみ出ていた。首相は今後政府主導で徹底的に調査をおこない、かならず証拠をつかんで、国際社会のルールの下で断固糾弾すると激説した。
「状況から見て、今回の破壊行為の目的は、謎の木製ロボットによる石室山侵入をバックアップするためと見て間違いはないだろう。トンネルが利根川対岸の工場地下から掘り進められていることを考えれば、首謀者はアレックス・ロボティクス社。そして裏ではベルメキスタン共和国が関与しているとみて間違いないと思う。しかし問題はその木製ロボットだ――」
大原首相はそういうと手元の携帯端末を操作して、自分が撮影した木製ロボットの残骸の写真を、テーブル中央のモニター画面へ転送した。
「見てのとおり、唯一の証拠のロボットは、木で出来た人形だ。動力も機械的な仕組みも何もない。こいつが動くところを見ていたのは、芳乃さんと孝一郎くん、春香さんの三人のほかは、レーザー掘削の穴に降りた数名の自衛隊員だけだ。穴の中で撮られた不鮮明な写真と、バラバラに崩れ落ちた残骸だけでは証拠としてはあまりにも弱い」
そのとき俺は石室山で神々廻優花が言ったことを思い出した。
「なあ優花。おまえあのとき、本社の望遠鏡で俺が戦っているところを見ていた、と言っていなかったか? そのときの記録映像とかは残ってないのか?」
「ええ、本社に動画記録は残されているわ。わたしも本社から自分の端末に逐次送られてきていた石室山の映像を見ていました。このデータは、いちおう証拠物件として政府に提出するように指示も出してあります。でも、その映像にロボットは映っていないの」
「ロボットが映っていない?」
「ええ、本社の監視用望遠鏡は赤外線レーダーテレスコープなんです。体温のある動物や、ガソリンエンジンとか、発熱するモーターのようなものがある機械は映るんだけれど、熱源の無いものは映らないのよ。孝一郎さんや芳乃さんや二頭のわんちゃんの様子から、おそらく写真で見た蜘蛛型ロボットと激しく戦っていることは予想できたのだけれど、肝心のロボットは関節の摩擦熱がわずかに認められるくらいで、外形はほとんど映っていなかったわ」
「そういうことか……」
次に俺は芳乃に向かってたずねた。
「芳乃。あのとき俺が石室山で聞いたことを、ここで話してもいいか?」
「土蜘蛛のことだな。もちろんかまわない」
俺はあの木製ロボットが生体エネルギーという気の力で動いていること。操っているのは土蜘蛛と呼ばれる太古から天皇家に敵対してきた種族であることを説明した。
「なんだか突拍子もないことを言っていると思われるかもしれないけど、俺はあのとき、石室山を満たしていた松虫姫の生体エネルギーの力を借りて土蜘蛛の木偶と戦ったんです。まあ、自分自身いまでも半分信じられない気持ちだけれど」
「突拍子もないなんて思わないわ」
俺の話を聞いた一条亜理紗理事長が言った。
「すくなくともわたしたち同期の四人は石室山で不思議な体験をしているし、姫神様と龍神様の力を信じているわ」
舟橋教授と母さんも同意した。
「僕も信じるよ」城築先生が言った。「僕はいままでずっと、龍の卵や、それを守る大いなる力を信じて石室山の研究を続けてきたんだからね」
よかった。常識で考えたらとても信じられないような俺の話を、ここの大人たちはみんな少しも疑うことなく信じてくれた。俺は、この人たちは信用できる味方だ、とあらためて確信した。
しかし。問題は北総エナジーの神々廻優花だ。
確かに今回、北総エナジーは石室山へ迫る地下トンネルを発見し、ともに正体不明の敵と戦ってくれた。だがそれは、龍の卵に万が一のことがあれば、北総エナジーにとっても大きなダメージになるからだろう。
北総エナジーは……神々廻優花は、はたして信用していいいのか。
俺はまだ自分自身の気持ちを決めかねていた。




