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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第10章 未来へ歩む道
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第82話 頂上人

俺と芳乃、春香は医療チームの看護師に傷の応急手当をしてもらい、作戦本部の主要メンバーと共に石室山神社本殿へ登ってきた。


 芳乃を先頭に俺、春香、母さん、城築(きづき)先生、大原首相、舟橋教授、一条理事長、神々廻(ししば)優花、(たちばな)常務が本殿の前に並ぶ。

 芳乃は本殿の建物に上がると正面の扉を開けた。本殿の中は薄暗くて、ここからは何も見えない。芳乃はそのまま中に入ると、すぐ手前で正座をし、柏手を打つと深々と頭を下げた。そして立ち上がってこちらに向き直ると「皆さんも中に入ってください」と言った。


 本殿の建物の中は十畳ほどの板の間で、基本的に南拝殿と同じような造りだが、建物の正面奥に神棚は無く、代わりに丈夫そうな両開きの木の扉がある。扉にはたくさんの金具が打ち付けられていて、丈夫そうな(かんぬき)がかけられていた。よく見ると何ヵ所か鍵穴のようなものもある。扉の前には丸鏡、お神酒(みき)などが載せられた白木の台。両脇には燭台(しょくだい)(さかき)と思われる枝を刺した素焼きの壺などがあるが、全体的に質素な空間だ。


「ここは石室山玄室の入り口です。この扉は開けることは出来ませんが、この奥に姫神様、すなわち初代松虫姫、不破内親王の魂が眠っておられます。いま姫神様はわたしたちの言葉に耳をかたむけています。みなさん、どうぞ手を合わせて、心の中で姫神様へのご報告をお願いいたします」


 芳乃はそう言うと扉の正面に正座をして、もう一度柏手を打ち、深々と頭を下げると体を起こして目を閉じたまま手を合わせた。姫神様への報告をしているようだ。


 俺たちも全員芳乃に倣い、正座をして柏手を打って頭を下げ、目を閉じて手を合わせた。

 俺は心の中で、土蜘蛛との戦いで力を貸してもらったことを感謝し、礼を述べた。


 ふと見ると背中を向けた芳乃の周囲が、薄暗い本殿の建物の中でわずかに青白く光っている。他の人には見えていないようだが…………。間違いない。あの光は生体エネルギー、つまり姫神様の魂だろう。


 俺には見えるぜ、芳乃。おまえはいま、姫神様と話をしているんだな。


 芳乃は誰よりも長く手を合わせていたが、やがて報告を終えると、ふたたび深々と頭を下げてから立ち上がり本殿の建物を出た。俺たちも芳乃に続いて建物を出る。

 本殿の扉を閉めると、芳乃が俺たちに向かって言った。


「ただいま姫神様から皆様へお伝えしたいお言葉を預かりました。これは吉鷹村の者に伝えたうえで、のちほどわたしからお話をさせていただきたいと思います。まずは姫神様から皆さんに感謝の気持ちがあることだけ、この場でお伝えいたします。今日力を貸していただいた皆さん、本当にありがとうございました」

 そう言って芳乃は深々と頭を下げた。


「まあ、良かったじゃないか」大原首相が答える。「ともかく石室山の宝は守られたんだ。姫神様と、ここにいるみんな、一人ひとりのおかげでね。特に孝一郎くんと春香ちゃんは大活躍だったようだね。怪我のほうは大丈夫かな」


「ええ、()り傷だけですから。これくらいなんともありません」

「あたしも大丈夫です」

 俺と春香はそう答えた。


「それにしても」一条理事長が口を開いた。「この山でわたしたち四人がそろうのは久しぶりね」

 四人、というのは一条理事長と大原首相、舟橋教授、そして母さんの同期の四人ということだろうか。

 すると舟橋教授が言葉を続けた。


「そうだね。毎年一度は会っているけれど、この山の本殿で、となると、二十三年、いや二十四年ぶりかな」


「二十四年前に本殿で? ……そうか」

 突然芳乃が何かを思い出したように口を開いた。


「あなたたちは、二十四年前の四人、ということなのか」と芳乃が言った。「つまり、あなたたちは夢をかなえた、ということなのですね」

「いいえ、千堂芳乃さん」大原首相が答える。「わたしたちは、まだやっと夢の入り口に立ったばかりです。わたしたち四人は、あの日の誓いを決して忘れません」


 一条理事長も、舟橋教授も、そして母さんも、黙って頷いた。

 俺はわけがわからず、芳乃にたずねた。

「芳乃……二十四年前の四人とか、夢とか、誓いって、いったい何のことだ?」


「孝一郎。この四人は、いまから二十四年前、菜々実殿がいまのおまえと同じ高校一年生の時の、頂上人(ちょうじょうびと)なのだよ。わたしも家の記録で、そのころ四人同時に頂上人となったことがあることは知っていたが、その四人の名前は知らなかった。頂上人の願い事は、あらためて紙に記録されて奉納されるが、名前は残さず、公表もしないことが古くからのしきたりだからだ」


「頂上人って……あの、夏の龍神祭の駆け登りの……あれか?」

「そうだ」

「夜明までに龍の刻印を持って石室山の頂上にたどり着けたら、龍神様が何でも願いを聞いてくれる、っていうあれか?」

「そうだ」

「それじゃあ……」俺は続けてたずねた。「みんな龍神様に願いを叶えてもらって、総理大臣になったり、科学者になったり、理事長になったりした、ってことなのか?」


 芳乃が冷たい目で俺を見る。なんか嫌な予感がする。

「孝一郎」

「なんだ?」

「おまえは……バカなのか?」

 …………やっぱり。


「この四人はあくまでも自分の努力と実力でいまの地位をつかみ、そして立派な仕事をしているのだ。失礼にもほどがあるぞ」

「いや……しかし……頂上人、なんだよな?」


「孝一郎、おまえはひとつ間違っている。龍神様は人の願いを叶えたりなどしない。あくまで、願いを聞くだけだ」

「聞くだけ?」

「そうだ。駆け登りで頂上人になったものは、石室山頂上にある龍神社に入ることができる。そこにある龍神口という穴から自分の願いを石室山に眠る龍神様と姫神様に伝え届けることができるのだ」


「龍神口って、今朝芳乃が言っていた、石室山で唯一、龍の卵のある場所まで通じているっていう通気口だよな。そこに願いを……伝えるだけ?」

「そうだ。おまえは何を勘違いしていたのだ。ドラゴンが何でも望みを叶えてくれるとか、そんな漫画やアニメみたいな話があるわけがないだろう? もう少し常識で物事を考えろ」


 いや、いやいやいや……。それって、いままでさんざん非常識なものを見せつけてくれた人が言うセリフじゃあないですよね? 芳乃さん。

 そのとき、舟橋教授が俺に向かって話しかけた。


「でもね、孝一郎くん。僕たちはそのとき、たしかに大きなエネルギー、というのか、気力のようなものを石室山からもらったんだよ。そして僕たちは、夢は必ず叶うだろう、という確信を持ったんだ」


「そうだったんですか。失礼なことを言ってすみませんでした。でも…………」

「でも?」

「たしかに舟橋教授や、大原首相や、一条理事長は立派な仕事をしていると思いますけど、俺の母さんは小さな会社で食料品なんかの流通の仕事をしているだけです。あ、もちろん、それだって立派な仕事に違いないとは思いますけど……さすがに皆さんと比べたら、その、なんと言うか、普通過ぎて、せっかく頂上人になったのに、たいしたことはしていませんよね」

 俺がそう言うと、舟橋教授は悲しそうな顔で「ふうっ」と息を吐くとこう言った。


「孝一郎くん。きみは自分のお母さん、菜々実さんのことを何も知らないんだね」

「え?」

 俺は春香と顔を見合わせた。


 たしかに俺も春香も母さんの仕事のことや、若いころのことはほとんど何も知らない。でもそれは母さんがそういったことをまったくと言っていいほど話したがらないからだ。俺や春香が何か聞いても、自分のことについてはまったく話さない。いつからか富岡家ではそういったことを聞くのは、暗黙の了解で禁止(タブー)になっていた。


 いったい舟橋教授は、うちの母さんの何を知っているというのだろうか。


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