第61話 石室山の価値
いつの間にか席を立ってトレイに湯呑を乗せて持ってきた圭吾さんも、トレイを持ったまま固まっている。
芳乃も強張った表情のまま固まっている。
30兆円。
30兆円って……いくらだ?
いや、30兆円は30兆円だよな。1兆円は1億円の……1万倍? 1億だってピンと来ないのに30兆???
「千葉の田舎の小さな山ひとつに30兆円とは、ずいぶん法外な金額ですね」
我に返った圭吾さんが神々廻優花と橘常務の前にお茶を置く。
すると、俺たちの分のお茶をトレイに乗せて運んできた城築先生が言った。
「日本の国家予算が一般会計で100兆円くらいですから、その3分の1近い金額です。もちろんそれは土地代という意味ではないですよね。あなたたちが欲しいのは山の中に埋まっているもの、ですね?」
石室山の地下に埋められているもの。もちろんそれは「龍の卵」に他ならないだろう。
「はい。やはり先生はご存じなのですね。あの山の秘密を」
そう言うと、神々廻優花はテーブルに置かれたお茶を静かに一口飲んだ。
城築先生はソファに腰を下ろすと口を開いた。
「わたしはこれまで長い間、この地方の郷土史と、石室山の伝説について研究してきました。あの山の地下には『龍の卵』が埋められているという言い伝えがあります。それが何なのか、どういったものなのかは、わたしなりに予想は付いていますが確証はありません」
神々廻優花は芳乃のほうに向きなおって言った。
「芳乃さん。あなたはあの山に埋められているものが何か知っていますか?」
芳乃は冷めた目線で神々廻優花を睨みつけると口を開いた。
「城築先生の言うとおり、あの山に埋められているものは龍の卵だ」
「では、龍の卵の正体を知っていますか?」
龍の卵の正体だって? 神々廻優花はそれを知っているというのか?
芳乃は神々廻優花を見つめたまま何も答えない。
「わたくしたち北総エナジーグループも、城築先生と同じように石室山と伝説の龍の卵について調査と研究を続けてきました。それも莫大な費用を充てて、です。そして我々は龍の卵の正体について、ある確証を得ました」
神々廻優花はそこで言葉を切って芳乃の顔を見る。
「なんだよ、龍の卵の正体って」
俺はたまらず聞き返した。
「知りたいですか?」
優花は俺のほうを見てにっこりと笑った。
「なんだよ、もったいつけて。それとも龍の卵の正体を話し合いの切り札にするつもりか?」
「いいえ。ここまできてそんな小手先の駆け引きをする気はありません。申し上げましょう。龍の卵の正体は……スーパーレアメタル、すなわち、ロジウム、パラジウムを主原料とした合金です」
「ふむ、やはりそうか」
城築先生は顎に手を当ててうなずいた。
俺は先生にたずねる。
「城築先生、ロジウムとかパラジウムっていうのは?」
「自然界に存在する金属のうち、産出量が少なくて特に希少なものをレアメタルと呼ぶが、ロジウムやパラジウムはその中でも特に希少で高価な金属だ。俗にスーパーレアメタルと呼ばれることがある」
そう言うと先生は手元のタブレット端末を操作した。
「現在、ロジウムのグラム単価は5千円前後、パラジウムは3千円台といったところだね。これは金やプラチナに匹敵する価格だよ。しかもこういったレアメタルは産出国が出荷量をコントロールするから大量に入手することが困難だし、世界情勢なんかによってはとんでもない価格に暴騰したりすることもあるんだ」
「金やプラチナに匹敵!?」
俺は神々廻優花に質問する。
「でもどうしておまえたちは龍の卵がレアメタルだと思うんだ? なにか証拠があるのか?」
その質問に答えたのは橘常務だった。
「先ほども申し上げましたとおり、我々北総エナジーグループは莫大な費用を投じて調査をしてきたのです。一例として我々は二年前に特殊な人工衛星を二基打ち上げ、地上、海底を問わず、地球上のすべての地殻をスキャンして地下資源の調査をおこないました。その結果、地球上で唯一、我々の求めるレアメタルが日本の、千葉県北総地方の石室山に大量に埋められていることを突き止めました。探し求めたものがわたしたちの地元の千葉県北部にあったことは驚きでした。まさに幸せの青い鳥は自分たちのすぐ近くにいたのです。しかし石室山はA級特区内で発掘調査は許可されず、地主である千堂さんには話を取り次いでももらえない状況でした。そこで我々は本社ビルを下総市内の石室山の見える場所に移転して、特殊な遠隔探査装置を使ってより緻密な調査をおこなったのです。いま現在、石室山の龍の卵と呼ばれている物質がレアメタル合金である可能性は100パーセント、です。埋蔵量もプラスマイナス10パーセントの誤差範囲で把握しています」
「ほう……埋蔵量というのはどれくらいですか?」
城築先生が聞く。
「約4千トンです」
橘常務が答えた。
4千トン。またわかりずらい数字が出てきたな。たしかうちのポンコツ軽トラックが1トンくらいのはずだから、それが4千台か。まあ、すげえ分量だってことはわかる。
俺は自分のSPD端末の電卓アプリで計算する。
「えーっと、その合金のグラム単価が仮に4千円だとすると、4千トンで……16兆円というところか」
「ふん」
ここまで黙って話を聞いていた芳乃が口を開いた。
「不毛な話し合いだな。レアメタルか何か知らないが、わたしがあの山を売ることは有り得ない。16兆円だろうが30兆円だろうが、たとえ一千兆円だろうが同じことだ」
そう言って芳乃は不機嫌な顔で腕を組んだ。
それを見て神々廻優花が身を乗り出して芳乃に話しかける。
「芳乃さん。あなたは伝説の松虫姫の末裔で、代々それこそ命がけで石室山を守ってきたのですよね?」
「ほう……そんなことまで調べたのか。しかし、それがわかっているなら――」
「そうであれば!」
神々廻優花は強い口調で芳乃の話に割って入る。
「そうであれば……なおのこと、芳乃さんはいま、わたしたちに石室山を売るべきです」
「言っていることがわからないな」
芳乃はますます不機嫌だ。
城築先生が神々廻優花に問いかける。
「神々廻CEO。あなたは芳乃さんが松虫姫の子孫であることもご存じなのですね? そのことと、あなたがたに石室山を売らなければならないことは、どのような関係があるのですか?」
「それについては、とてもシンプルな理由があります」
神々廻優花は姿勢を正して答えた。
「理由とは?」
城築先生が問い返す。
「わたしたちは龍の卵で日本の危機を救えると考えています。そして、それこそが龍の卵の存在意義であり、ひいては代々の松虫姫が石室山を守ってきた理由でもあるからです」




