第19話 石室山の秘密
「大きな秘密……ですか? たとえばどんな?」
「たとえばね……。あ、孝一郎くん、こんな話してて大丈夫かい?」
「ええ、今日は学校休みですから。このあとちょっと用事があるけど時間は決まってないし大丈夫です」
石室山の秘密、となると興味がある。あのオオカミといい、お姫様といい、昨日の体験はまだまだ謎だらけだ。
「そうかい」ケンタロおじさんは土手に胡坐をかいて座る。「孝一郎くんはこのあたりに伝わる龍神伝説を知っているかい?」
「龍神伝説ですか? そういえばこのあたりって龍のモニュメントみたいなものが多いですよね。たしか吉鷹村の近くには龍角寺ってお寺があったし。でもあんまり詳しいことはわからないな……」
「うん。簡単に言うと、昔、神を崇めず龍王の怒りを買った村人は長い日照りに苦しめられていたそうだ。村人は反省し、龍神に祈りをささげたが龍王の怒りはおさまらない。そんな村人たちを哀れに思った印旛沼に住む小龍が天に昇り、龍王の意に背いて雨を降らせた。怒った龍王は小龍の体を三つに断ち切って地に落としてしまったそうだ」
「うわ……小龍、かわいそうですね」
「うん。村人たちも小龍を哀れに思って、落ちてきた龍の頭を龍角寺に、胴体を龍腹寺に、尻尾を龍尾寺に、それぞれ埋葬して弔ったそうだよ」
「でもその話と石室山にどんな関係があるんですか?」
「わたしが北総地方の伝説や古文書を調べた限りではね、小龍が住んでいたという印旛沼は大昔、いまよりずっと広くて、利根川下流域や茨城県の霞ヶ浦なんかも含めて、それぞれあまり境界がはっきりしない広大な湿地帯の一部だったんだよ。そして石室山はその湿地帯の中の小龍の住んでいた巣だったのだそうだ」
「龍の巣……」
「うん。そして石室山には龍の卵が埋められている、と言われているのさ」
「へえー、龍の卵ですか。面白いですね。でも伝説ですもんね、本当に埋まってるわけじゃないですよね」
「孝一郎くんは……」ケンタロおじさんが悲しそうな目で俺を見る。「夢が無いねえ、若いのに」
「い、いや、そんなことはないと思うけど、さすがに龍の卵とか御伽噺みたいなのはちょっと……」
「伝説は必ずしも御伽噺や創作とは限らないよ。事実、龍角寺、龍腹寺、龍尾寺は実在する。それに孝一郎くんだってその目で見たんじゃないのかい?」
「え? 何をですか?」
「龍の卵さ」
「あ……」
そう言われてみれば石室山の南拝殿に祭られていたのは丸い卵のような形の石だった。
「あの拝殿に丸い石が祭られていることは知っていたよ。夏の龍神祭のときには開帳されるからね。でもあまりそばには近づけないし、学術調査のお願いをしても断られてしまうから、あれが何なのかはわからないんだ。ただ一度祭りのときに吉鷹村の人に聞いたときには『あれは御神体の移し身だ』と言っていたよ」
「うつしみ?」
「移し身。つまり石か何かでできたレプリカってことさ。おそらく本物は石室山中腹にある本殿の奥か、もしくは伝説が本当なら山の中に埋められているのかもしれない」
「へえ……。だとしたら埋められてる本物って何なんですか?」
「それが知りたいからいろいろ研究しているのさ。実は龍の卵の実物は、昭和初期まで東京のとある研究機関に保管されていたという記録があるのだけれど、第二次世界大戦の空襲で焼失してしまったんだよ」
「え? そんな昔とはいえ、実物が存在していたんですか?」
「うん。もともと千葉県北部の古い領主の家に、家宝として伝えられていたもので、残されている資料によると完全な形ではなくて、割れて半分ほどが紛失した『龍の卵のかけら』らしいんだ。それを分析してもらうために東京の研究機関に預けたらしいんだけど、すぐに戦争が始まって、ほとんど分析が進まないまま、その実物は焼失してしまったらしい。いまでは分析途中の資料しか残されてないんだけど、その資料によると龍の卵は非常に細かくて複雑な構造を持った金属だということなんだ」
「いや、だって龍の卵っていうのは大昔から石室山に埋まってたんじゃないんですか? そんな昔のものが複雑な構造の金属だなんて、そんなことがあるでしょうか?」
俺は疑問に思って聞いてみた。
「そうだね。いつ誰がどうやって作ったかわからない古代の遺物をオーパーツと言ったりするけれど、龍の卵はまさにオーパーツかもしれないね。この『失われた龍の卵』と『残された分析資料』は日本考古学界のミステリーとして、一部の学者には興味深い研究テーマになってるんだ。実は最近、有名な宇宙物理学の教授が、この龍の卵は時間の流れを制御するタイムカプセルではないか、という主旨の論文を発表して話題になったことがあるんだよ。その論文によればこの龍の卵の材質と構造は――」
「ちょ、ちょっと待ってください」なんだか話がどんどん難しくなりそうだ。「タイムカプセルとか、御伽噺の次はSFになりそうですね。なんか俺、そういう難しい話は苦手で……その、すみません」
「あはは、ごめんね。僕はこういう話が大好きでね。つい力が入っちゃうんだ。まあ、現実的に考えるなら龍の卵っていうのは恐竜の卵の化石とかかな」
「恐竜の卵……ですか」
「うん。もし恐竜の卵の化石が完全に近い形で地中からごろごろ出てきたとしたら、昔の人なら龍の卵だと思って神社を建てて崇めるかもしれないよね? 実際、石室山の頂上には龍神社がある。わたしは実物を見たことは無いが……。孝一郎くんは今年の龍神祭の『駆け登り』に出るのだろう?」
「え、ええ。招紙が来れば、ですけど」
石室山は普段は立ち入り禁止だが、夏の龍神祭と年末年始の篝火詣の期間だけは参詣が許される。それでも一般の人が入れるのは南拝殿までで、その先にある姫神社とも呼ばれる本殿や、山頂にある龍神社に行くことはできない。
しかし龍神祭二日目以降の月明かりある深夜におこなわれる「駆け登り」という行事に参加する者たちは、石室山南拝殿を出発して、山のどこからでも自由に登ることができる。ただし参加できるのは吉鷹村から「招紙」と呼ばれる参加証が届いた吉鷹村、石室山近辺に住む地元の若者だけだ。昨年は六十人ほどだったらしい。昔は数えの十五歳で元服した男子だけに届いたそうだが、いまは高校一年相当の男女に届く。「駆け登り」に参加し、夜明けまでに「龍の刻印」を探し出して山頂の龍神社にたどり着けたものは頂上人と呼ばれ、龍神様がどんな願いでも叶えてくれる、と言われている。
「うらやましいねえ。わたしは高校に入るときに下総市に越してきたから、言ってみればよそ者だし、石室山からは遠かったから駆け登りの招紙はもらっていないんだよ」
「そうなんですか」
「孝一郎くんには、ぜひ数年ぶりの頂上人になってほしいな。そして龍神様に会って願いを聞いてもらってくれよ」
数年ぶり。そう、駆け登りの儀式では、龍の刻印を見つけて頂上にたどり着けたものが、ここ数年いないのだ。たしか最後の頂上人は五年くらい前だった。その前は十年くらいいなかったと聞いている。たしか四人いっぺんに頂上人になった年もあると聞いているが、そういったことは滅多になく、頂上人になるのはかなり難しいらしい。龍の刻印がどのようなものかはわからないが、当日、参加者には龍の刻印がある場所のヒントが告げられる。それを見つけ出して夜明までに山頂に行けばゴールだ。
石室山は北総地方ではかなり大きな山だが、それでも標高は三百メートルにも満たない。他県の人から見たら山というより、ちょっと大きな丘くらいだ。形もお椀を伏せたように丸くて、崖や急勾配などはおそらく無いだろう。ゆっくりハイキングしても一時間もあれば登れそうな山だ。それが十五、六歳の元気のある若者が、いくら暗い山道とはいえ夜明けまでに山頂にたどり着けないなんてことがあるだろうか。
何か理由はあるのだろうが、詳しいことはわからない。
駆け登りに参加するものは、山で見たことを一切人に話してはいけない、という誓約をする。とはいえ、口約束だけで数十人の若者が参加するのだから、どこからか情報が漏れそうなものだが、不思議なことに駆け登りの詳細な話は聞いたことがない。
「あはは、頑張ります。けど、願いを叶えてくれる龍神様だってただの伝説ですよ」
「孝一郎くんはホントに夢が無いねえ……」
ケンタロおじさんはそう言って本当に悲しそうな顔をした。
「いやあ、話としては面白いし、わくわくしますよ。でも龍の卵や龍神様が実在するかって言われたらそれはやっぱり御伽噺かSFの中で、ですよね」
「そうかい……。なんかちょっと残念だけど、それならもう少し現実味のある伝説があるよ」
「現実味……ですか?」
「うん。孝一郎くんは石室山の『石室』という言葉から何を連想する?」
「石室……『石の部屋』ですかね?」
「石の部屋、というのは具体的にはなんだい?」
「日本人は石造りの家に住む習慣は無いですから、山の中に石で部屋を作るとしたら、やっぱり『お墓』とかですかね?」
「ピンポーン!そのとおりだよ。石室山は巨大な昔のお墓、つまり古墳だという説がある」
「巨大な……お墓?」
「そう。わたしもいろいろな民間伝承や古文書を研究してきて、それが事実だろうと確信している。石室山は円墳だ。それも関東、いや、日本最大クラスの巨大な陵墓なんだよ」
「そんな……まさか……。あれが円墳だとしたら歴史的大発見じゃないですか? もし円墳だとしたらいったい誰のお墓なんです?」
「松虫姫さ」
「松虫姫……」
俺はケンタロおじさんからその名前が出てきたことに驚いた。
「そう、松虫姫。知ってるかい? 松虫姫伝説」
「ええ、いちおう名前は知ってますよ、松虫姫」
「そうかい。知ってるなら話が早いな。そもそも松虫姫という人は今から千三百年以上前の皇女で実在の人物なんだけど、その生涯は謎だらけなんだ。若い頃、難病の治癒のために下総の国、つまり現在の下総市あたりに来ていて、病気の平癒を薬師佛に祈願しながら何年かこの地に住んでいたそうだ。いまでもその末裔が吉鷹村に住んでいるという伝承もあるんだが、信頼できる記録は残っていなくてね。それこそ御伽話かもしれないな。吉鷹村に問い合わせても何も教えてもらえないしね……」
「いまうちにいますよ」
「………………へ?」
「いま俺の家にいます。その……何代目だかの松虫姫さんが」
ケンタロおじさんが口を開けたまま固まった。そして。
「な、な、な………………なんだってーーーーっ?!!!」
あの穏やかでいつも落ち着いているケンタロおじさんが大声で叫んだ。
豆柴のケンタロウがその声に驚き、「ギャン!」と叫んで飛び起きた。
「いまごろ……たぶん妹と朝ごはんを食べてるんじゃないかな……」




