第三十二話 伊達男
スーツの胸ポケットから銃を取り出す男の仕草は、実に自然だった。先ほど、ハンカチを取り出したのと同じような気取らなさである。
それに反応し、彼の腕をねじ掴んだ己の本能を、今一度褒めてやろうと思う。
ビーストの骨をも断ち切る腕に掴まれているというのに、男は拳銃を手放さなかった。
代わりに顔からは、脂汗が吹き出ている。
「実にいい動きだね、お嬢さん。まさか気付かれるとは思わなかったよ」
「この血は?」
目で、床にちらばる赤い染みを示す。
「さあ、誰かが鼻血でも流したんじゃないかな?」
「シャツの袖口にも付いていますが」
掴んだ腕を捻り、男の派手なシャツにしみ込んだ赤黒いものを見せつける。
オゥイ!と、男は叫んだ。イタリア語か、何かだろうが。
「参ったな、このシャツはお気に入りだったのに……ところで美しいお嬢さん、あなたもただの迷子ではないようだね?」
みしみしと腕を拘束されているのに、こちらへウィンクをかましてくる。間違いない、彼はイタリアの伊達男だ。
私の偏見交じりの見解により、彼をイタリア人=マフィア関係者と判断した。
息を吸って、尋問する。ついでに、拳銃ももぎ取った。
「私はプランシー社に所属する、宿毛という者です。あなた達が連れて行ったビーストのメフィスト君の身柄を保護すべく、今回こちらへ忍び込みました」
「あれ、アイツって今はモンペリエの物だったんじゃ?」
「現在、訳あって私が保護者になっています」
「ほー。こんなゴージャスでセクシーな保護者なら、オレも保護してもらいたいもんだ」
軽口の絶えない男だ。
「なんだか、愉快な人ですね」
能天気な感想を呟いたサキムニをにらみ、男の腕から奪い取った拳銃を押し付ける。そしてもう一度、男をにらんだ。
「ナンパは結構ですから、さっさとメフィストの居場所を教えなさい。ざっくばらんに申し上げれば、あなた達のその他の悪事に、私は何の関心もありません。あの子さえ無事に引き渡していただければ、大人しく退散します」
自由な腕で、男は顎を撫でた。
「そう、だな……美人の頼みだ。あんたにあいつを返すかは、俺の一存じゃ決められないが。でも、会わせるぐらいなら構わないよ」
ほっと息を吐いた私へ、その代わり、と男が付け加える。
「お嬢さんの名前、ファーストネームを教えてよ。オレも教えるからさ」
「あなたの名前には、興味ないですが」
「オレはエリオ」
私の言葉を遮るように宣誓された名前に、サキムニが飛びあがる。
「エリオ? ひょっとして、エリオ・ダメリーニさんですか!」
「何なのサキ、その頭悪そうな名字の男は?」
「彼岸市支部の、ボスの名前ですよ!」
思わず私も、驚きの声を上げそうになる。
私たちの反応が心地よかったらしく、エリオは満足げだ。
「いいね、ウサギ君。物知りじゃないか。ところで、このお姉さんの名前を教えてもらえるかい?」
「あ、光先輩ですよ。……いてっ」
「なに普通に、マフィアに個人情報さらしてんの」
口の軽いサキムニを、再度小突いた。今なら少しだけ、いつも不機嫌な青柳の気持ちが分かる。
「あんたはもう帰りなさい。ここからはお役御免でしょうし」
「でも……」
不満と不安を漂わせる童顔に、小さく笑いかけてやる。
「心配しなくても、フェミニストのイタリア人は女に酷いことしないよ。そうでしょ?」
横目にエリオを見れば、軽く肩をすくめるだけだった。
なので更に、腕へ力を込める。
「それにいざとなれば、こいつの両手両足を折って、人質にでもしてやる」
「わわ、それは止めてくれ! 動けないんじゃ、ベッドの中で困っちまう!」
痛みで青白くなった顔を振り、
「分かった、光ちゃんの案内はきちんとする!」
と叫んだので、サキムニも渋々うなずいた。
「でも先輩、無茶したり、あんまり手足折らないで下さいね」
「信用ないなぁ。私、そんなに折ってる?」
「はい、すごく折ってます」
ぶしつけな言葉を最後に、サキムニは空間を飛び越えた。
瞬く間に消えた彼に、エリオは口笛を吹く。
「すごいな、あのウサギ君! エスパー魔美みたいだな!」
古い漫画を知っているなと思いつつ、ポーチに入れていた手錠を取り出し、エリオの腕にはめた。手錠もモンペリエの塔からの、レンタル品である。
「あれ? フェミニストなオレを信用してくれるんじゃなかったの?」
「方便に決まっているでしょう。後ろ手に拘束しなかっただけ、優しいと思いなさい」
「日本人は、本当にお世辞や建前が好きだね」
武器を奪われ、腕を拘束されているのに飄々とした態度を崩さない。やはり食えない男だと思う。メフィストやエウリノームといい、彼といい、マンフロア・ファミリーの構成員は皆、こうもふてぶてしいのだろうか。
思案しつつアミィへ手短に、状況を伝える。
音楽堂の外で待機しているらしく、すぐにサキムニと合流するとの返答があった。
「それじゃあ光ちゃん、ご案内しましょう。腕が塞がっているので、エスコートは勘弁してくれよ」
気障ったらしくウィンクする彼の尻を蹴り、先行をうながした。




