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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第四章 失踪人と死神

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第二十三話 セガール

 そのビーストの名を口にした途端、柄の悪い男たちの顔つきが、更に悪くなった。

 殺気だった視線を受け流しながら、椅子の裏でしゃがみ込んだままの白い頭を見据える。

 ホスピスで働く彼の特異性は、触れた人間が感じている疼痛の緩和。その力は、彼の血液内の成分に由来する、と記録されていたのを思い出す。

「一石二鳥の、典型的な例ですね」

「二兎追う者にならないよう、心して対応するように」

「了解、課長」

 周囲から、恫喝の声が被さる。

「なに普通に通信してんだよ、ボケ!」

「ナメてんのか? 犯すぞゴラァ!」

 男たちからヤジと脅しが押し寄せる。手を合わせ、それなりにしおらしくした。

「すみません、すみません。上司からの通信なんで、そこは大目に見て下さいよ」

「……上司じゃあ、仕方ねぇな」

 安田が肩を落とす。なんだ、そこは素直に応じるのか。

「そうなんですよ、すいませぇん。すぐ、切りますね」


 通信を切断しながら、サキムニを軽く小突いた。安田を見つめたまま、かそけき声で指示を出す。

「サキ。引き続き、実地訓練ね」

「え?」

 涙ぐんだ彼の目が、こちらを見上げた。軽く微笑んでやる。

「君の特異性で、有事の際には、私を補佐しなさい」

 ぎょ、とサキムニの目が丸くなった。しかし、すぐにこくり、と小さくだが頷いた。

 それに頷き返し、改めて男たちを見渡す。

「すでにご承知かとは思われますが、私どもはプランシー社の者です」

「見りゃ分かるよ」

 安田が顎を突き出し、目を細めた。じっとりした視線は社章に向けられていた。

「で、イビスさんの勤め先からの捜索依頼を受け、何の因果かここに辿り着きまして」

「ふざけんな! 無理矢理ついてきたんじゃねぇか!」

 叫んだ日ノ出に、すかさずビンタをする。


 すっぱ抜いた音に、ギャラリーがかすかに動揺を見せた。

「なんだこの女?」

「普通、会社員がすぐ手を出すか?」

「なんて暴力的なんだ。喋っただけでビンタだなんて、俺ら以上じゃねぇか」

「かなりヤバい部類のヤツに、俺たちは見つかってしまったのか?」

と、目で相談し合っている。彼らの推測は、おおむね正しいと評価しよう。

 ハイハイ、と手を叩いて、視線を再度こちらへ集中させる。

「普段なら、イビスさんの保護が最優先ですが。今回はそこに、警察が捜査中の麻薬事件も、絡みついている可能性があります。ですのでイビスさん以外の皆さんにも、ご同行をお願いしたいのですが」

「言われて、ヘコヘコついてくと思ってんのか?」

「ご案内の上、ご理解して頂けるのが弊社としても、あなた方にとっても、良い選択だと思いますよ」

 ソファに座っていた男の内、ニット帽を被った男が、ゆらりとこちらへ歩み寄る。

「ダラダラダラダラよぉ、話が長ったらしいんだよ! 校長かよ、クソアマ!」

 上手い喩えだ、と称賛する間もなく、男の右拳が眼前に迫る。

「きゃー!」

 悲鳴を上げたのは、サキムニだ。

 半歩ずれ、わざと頬にかすめさせる。体を斜めに捻ったまま、通信。

「話し合いでの解決を目指すものの、相手方より暴力あり。危険度を急きょオレンジと判断します」

「はい?」

 独白に近い通信に、男が顔を傾けた。同時に、私の両手に紫電が走る。

「サキ!」


 叫ぶと同時に、体が歪みに吸い込まれる。

 うわぁ、と男たちから間抜けな声が上がる。

 それは、突然私たちが姿を消したことに対してか。

 それとも、消えたと思ったら、奥で仁王立ちをしている安田の前に現れたからか。

 ぽかん、と口を半開きにしている彼を捉えながら、机上へ着地。

 すかさず顎へ、蹴りを一発。後転して、机を飛び降りる。

 続けて、よろめいた脇腹へ膝蹴りをねじこむ。

 とどめとばかりに、増幅させた生体電流をまとう掌底を、安田の顎に打ち込んだ。

 濁音を漏らしながら安田の体は、椅子をも巻き込んで横倒しになり、動かなくなる。

 そばでしゃがみ込んでいたイビスは、サキムニが泣きながら引っ張り寄せていた。

 死なない程度の威力にはしたものの、安田はしばらく起きないだろう。横たわった体は、弛緩しきっていた。


 トップ狙いの反撃に、残りのメンバーは明らかにうろたえていた。

 尻込みする人間など、相手ではない。

 悠然と、振り向いて連中を見つめる。

「まだやる?」

 こっちはやる気満々ですよ、と暗に含める。両手に走る電流も、これみよがしにちらつかせる。

 ブルブルと、首を横に振る動作が返ってきた。あちらの被害は最小限で、こちらの手間も最小限の、実に平和的決着である。

「じゃ、ご同行願えますね?」

 今度はコクコク、と即座に首が上下する。

 足元から声がした。

「なんだか、スティーブン・セガールみたいですね、光先輩」

「それって、褒め言葉じゃないよね?」

 じろりとサキムニをにらみ、そして気づいた。

 イビスがしゃがみ込んだまま、媚を売るような笑みを浮かべてた。ちくり、と違和感がうなじを刺した。


 それを振り切って彼へ、放電を止めた手を伸ばす。

「それじゃあイビスさん。あなたも念のため、一度弊社まで来ていただけますか?」

 しかしイビスは手を取ることもなく、ますます卑屈な笑顔を浮かべた。

「どうしても、ついて行かなきゃダメですか?」

 一瞬、その問いに面喰う。

「どうしてもって……だってあなた、被害者でしょ?」

「いや、でも、そこまで俺、気にしてないっていうか」

「だとしても、麻薬の材料があなたの血液ですから。話は聞かせて貰わなきゃ」

 声を荒げたつもりはないのだが、段々、彼の顔色が悪くなる。

 先ほどの違和感が、再び首をもたげる。そして、言ってしまえ、と発破をかけて来た。

 ええい、ままよ!と切り出す。

「ひょっとしてあなた、被害者ではなく、関係者なの?」

「え?」

と、サキムニが飛び跳ねるのと、イビスが後ずさるのは、ほぼ同時だった。


 元々、繁華街を遊び場とし、勤務態度も芳しくなかったビーストだ。

 自ら進んで、悪い友人を作っていたという推測も、ありうる。

 また、自ら進んで、自分の血を商品にしたことも然り。

 顔面に脂汗を浮かせているイビスを見ていると、心は怒りに燃えず、むしろどんどんと冷めていった。私の表情を盗み見たのか、大人しくなっていた男どもから、短い悲鳴が聞こえた。

 なぜこうも、心は冷え冷えとしているのか。ホスピスを、そこにいる患者を、そして彼を生み出したプランシー社を裏切った行為への、軽蔑の念だろうか。


 凍てついた脳は、新たに一つの疑問を提示した。

「関係者なら、訊きたいんだけど。血液から麻薬を作る知識なんて、どこで手に入れたの?」

 埃だらけの部屋の中で、それだけは念入りな手入れをされている、実験器具、いや精製器具を示す。

「これの提供者は誰? あんたたちだけで、思いついたわけじゃないでしょう?」

 男たちは間の抜けた顔で、視線を交差させている。

「それはそうだけど……俺らも、安田さんに言われてやってただけだし」

「そうそう!」

 土下座をするかのように這いつくばり、イビスも大きくうなずいた。

「俺も、安っちから誘われただけなんですよ! だから、詳しく分かんないんだけ、ど」

 目を細めると、台詞半ばでイビスはたじろぎ、また後ずさる。しかしそれを許さずに、すぐさま肉薄し、壁際へと追い込んだ。

「よく分からずに、自分の血を提供していた?」

「だって、あいつから、すげぇ金になるって言われたんで」

「あなたの特異性は、そんなことのために使うものじゃない」

 きっぱりと切り捨てる。


 イビスの顔に、わずかながら赤みが差した。腰を浮かせ、こちらをにらみ返して来る。

「じゃあ一生、あの死にぞこないたちの面倒見てろってか? 安い給料で、散々働かされてさぁ! アンタらみたいに、好きで選んだ仕事じゃねぇのに!」

 かすれた怒声と共に、イビスが握り拳を作った。それを、硬直したまま見ている己がいる。

 咄嗟に何も、言い返せなかったのだ。


 青柳ならば、

「そのための労働力として、君は造られたのだ。諦めろ」

と即答しただろう。いや、多くの人がそう答えられるだろう。


 しかし私は、喉が詰まる感触に戸惑っていた。頭も混乱していた。

 それは決して、彼らに対する友愛や敬愛の念といった、高尚な感情によるものではない。

 サキムニや、アミィや、ゼパールや、サウジーネや、そしてメフィストの顔が脳裏をかすめ、言うべき台詞をかき混ぜ、濁ったスープに変えていくのだ。

 合コンの失敗談を聞いて爆笑し、静かに私の義手を受け止めてくれた彼を、どうしてただの労働力として認められようか。


「慣れ合い過ぎだ」

 脳内の青柳と、そして、冷静なもう一人の己が酷薄に、そう告げる、

 こちらがたじろいでいる間に、イビスが立ち上がって拳を振り上げた。少しのためらいを見せつつ、それが顔面に迫る。


 しかし、体とは恐ろしいものだ。

 半ば思案の殻に籠もった状態であっても、腕は素早く跳ね上がり、イビスの突きを真正面から受け止めていた。

「主張と暴力は、別物だと思うんですが」

「ひっ!」

 受け止めた手に力を込め、イビスを見下ろす。


 そうだ。彼の言い分には一理ある気もするが、だからと言って殴られるのはご免だ。

「君の主張をゆっくり教えてもらうためにも、大人しくついて来なさい」

「嘘つけ! どうせすぐ、廃棄処分にするつもりなんだろ!」

「問答無用の廃棄処分なんて、私がさせません……って、足癖悪いね、君!」

 足をばたつかせて暴れるイビスを抑え込むのと、扉を叩く音がするのは、ほぼ同時だった。束の間、室内に沈黙がもたらされた。

 来訪者か? だが、こんなごみ溜めに誰が?

 ノックの主は、こちらの返答を待たずに扉を開けた。

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