第二十一話 ウィッカ
まず物々しい装備で街を闊歩する私にしかめっ面を浮かべ、次いでその後ろを追いかけるサキムニに目を留め、顔をほころばす。
すれ違う一般人の大半が、その反応を見せた。青柳の作戦は、まずまずの成果を見せている。忌々しいことに。
イビスの失踪は拉致事案扱いとなったが、本日は真夏日のため、装備は防弾ベスト程度。普段と比べて軽装だ。しかし、首筋からは、それでも汗が流れ落ちていく。
顔に汗をかきにくい体質なのだが、背中はすでにびっしょり湿っている。
体力のないサキムニは、タオルハンカチを額に当てながら、こちらを見上げた。次いで、情けない声を上げる。
「光先輩ぃ、ちょっと休憩しませんか?」
「まだまだ。次の地点の聞き込みに行ってからにしよ」
景気づけに、彼の背中を軽く叩く。
「ここから近いし、もうちょっと頑張りなさい」
武力として何の期待もされていないサキムニは、半袖のチェックシャツにサスペンダー付きのハーフパンツ姿である。軽装云々以前に、方向性が大きく違う恰好だ。しかも、女性社員に結ばれた蝶ネクタイが、コミカルさと可愛らしさに、更なる拍車をかけている。
彼を眺めていると、不思議の国に迷い込んだような錯覚に陥りかける。駄目だ、熱中症かもしれない。
ペットボトルの水をあおり、ウィッカを開いた。
サキムニの同行は、プランシー社のイメージアップが目的であったが、今回の捜索においては、彼の特異性も併せて役に立っていた。
イビスの行動範囲は広い上、途切れ途切れなのだ。
ビースト達の行動記録は、黒の腕輪から常時送られてくるはずなのだが、
「地図にある足跡は線にならず、まばらに広がるだけ……腕輪の調子が悪いんですかね?」
「もしくは、電波も届かない地下へ潜っていたか、のどちらかね」
へにゃり、とサキムニの片耳が折れる。
腕輪も万能、とまではいかない。
地下深くの怪しいお店にでも入られようものなら、電波も途切れ途切れとなり、追跡は困難となる。また、仮に電波を遮蔽する、金庫のような部屋に監禁でもされていれば、なおお手上げだ。
点在する彼の痕跡を追う上で、サキムニの特異性である転送能力は、不安定ながらも大活躍であった。ウィッカ上の地図を指さし、指示を出す。
「じゃあサキ。私はこっちに行くから、あんたはここ中心に、聞き込みお願いね」
「了解です!」
物だけを別地点へ転送するより、自分自身の転送の方が得意らしい。うきうきと胸を張って、サキムニが敬礼をした。
彼が次元を歪ませようとした、その時である。
「あれっ、光じゃん!」
聞き覚えのある声が、後方から呼びかけてきた。
振り返ると、やはり愛花だった。時間帯から察するに、お昼休憩中らしい。涼しげな水色のワンピース姿で駆け寄ってくる
「相変わらず、ゴツい恰好してるねー。仕事中?」
「趣味でこんな格好してるワケないでしょ」
「って、何この子―!」
彼女はふてくされる友人を押しのけ、ぼんやりと立ち尽くすサキムニの姿に、顔をとろけさせた。
青柳課長、イメージアップ作戦、大成功のようです。
「ねね、このかわいい子何? ビーストだし、あんたの彼氏じゃないよね?」
「会社の後輩。サキムニ、このズケズケ突っ込んでくるお姉さんは、愛花。大学時代の友達ね」
かわいいと言われ、頬を赤らめながら、サキムニがぺこりとお辞儀をする。
そのぎこちない仕草に、愛花の母性が刺激されたらしく、「やーん!」と黄色い声が上がる。
「あ、違う! サキムニちゃんに、メロメロになってる場合じゃなくて!」
はにかむサキムニをのぞきこんでいた、にやけ顔を上げ、きりりと表情を引き締める。
「あんたに謝ろうと思って。今日、夕飯に誘おうとしてたトコなの!」
「謝る?」
「この間の合コン! ほら、男子二人がひどいこと言ったんでしょ?」
まさか、その顛末まで筒抜けだったとは。正直、面喰った。
サキムニは合コンの情報すら初耳なので、
「え、うそ? いつ行ったんですか!」
と、またうろたえている。
説明するとややこしいし、色々と恥ずかしい。
「こっちのプライベートだから。サキはさっさと転送して、聞き込みしなさい」
「はぁい」
のけ者にされたのが悔しいのか、珍しくじっとりした目でこちらをにらみながら、歪みに消えていく。
わぉ、と愛花が呟いた。
「ほんと便利ね、ビーストって。ウチの会社にも一体いるけど、分身出来たりするし、ずるいなぁ……っていうか、あの子、彼女いるの? 今フリー?」
思わず失笑する。
「あんた、彼氏いるでしょ」
「それはそれ。これはこれで」
そう言う割に、案外一途なのだから、卑怯なものだ。
「……それで、あの後、どうなったの? やっぱり私のせいで、白けちゃった?」
「逆、逆。蓮く……幹事の花園君が、カンカンに怒ってね」
愛花の説明によると、トイレから戻ってきた別役と日ノ出の様子がおかしかったので、花園が問い詰めたらしい。
しかもそこへタイミングよく、私からのメールが届く。
それを読んだ愛花も加わり、合コンは取り調べに変わった、とのことだった。
苛烈を極める尋問に折れ、二人は陰口を全て私に聞かれ、あまつさえ会費を押し付けられて帰してしまったことを、暴露する羽目になったそうだ。
盛り上がっていた場を冷めさせたわけだから、てっきり愛花に恨まれているのかと思っていたが、真逆の展開だったようだ。
「一緒に行ってた結衣もさ、陰口の内容聞いてブチ切れ! 普段は大人しいコなんだけどねー。あたしも、バカだなコイツらとは思ってたけど、あそこまでバカとは思わなかった! 花園君も、ひどいメンツ連れて来てごめんって、謝ってたよ」
「なんか、ごめん。そもそもの原因も、私なのに」
笑顔で愛花が首を振る。
「んなことないよ。あの店員さんに絡んでた時点で、あたしたちも、『ちょっと無いな』って思ってたから。むしろ、ズバっと言い切ってくれて、助かったもん」
でもね、と愛花が愛用の、こぢんまりとしたカバンをまさぐる。
「光に陰口叩いてたコトが、まだ許せてなくて。コレ、返してないんだ」
はにかむのと同時に差し出されたのは、パンクなシールだらけのウィッカ。
「別役くん、だっけ? あの子のウィッカ。店に置き忘れてたから、引き取ったんだけど、腹立つから没収中」
「返してあげなよ」
もう、合コンから三日は経っている。
「あはは。どうせなら、光に土下座してもらってから、返してやろうかな、と」
まるで自分の所有物であるかのように、こちらへ気軽に放り投げてくる。
「ついでに中も見ちゃおうよ」
「あれ、意外。まだ見てないの?」
「今夜のお楽しみにしようかなー、と思ってて」
うひひ、と茶目っ気より悪気たっぷりに笑う。
ため息はついたが、特に止める理由も思い浮かばなかった。
それに、不快感を与えてくれた人間の弱みや秘密は、根性の曲がった人間にとっては甘美な果実だ。
ウィッカを開くと、ロックもかけられていない。不用心なものだ。
そもそも、己の分身とも言うべきウィッカを三日も放置している辺り、用心もあったものじゃない。よく消防士を続けられているものだ、とかえって感心した。
まずメールやテレビ通信の記録を見るが、大半が下品な男同士の会話であるため、途中で投げ出す。
「写真とか画像は? バカだからさ、自分の全裸写真とか、エッチな画像ばっかり蓄えてそう」
「はいはい」
別役の裸に全く興味はなかったが、休憩時間を忘れきっている友人に付き合い、フォルダを漁る。
最初に出てきたのは、友人数人と、どこかのカラオケ店で撮影した写真だった。
その中の人物に、目が留まる。
「物部 久志?」
泣きっ面まで見た顔だ。忘れるわけがない。別役と肩を組み、のんきに笑っている。
「え、誰?」
「危ないおクスリで、今取り調べ受けてる子」
「あらあら大変。じゃあ、あたしは何にも聞いてない方向で」
耳に手を当て、わざとらしく愛花が背を向けた。友人としての付き合いが長いからか、この辺りの線引きは上手い。
すぐさま青柳へ、通信を繋ぐ。
「どうした、イビスが見つかったか?」
「いえ、別件です。知人が置き忘れていたウィッカに、物部 久志が写ってまして」
「お、物部の友人か?」
「詳細は分かりませんが、写真を見る感じ、それなりに親しい間柄だったようです」
現状では、中学~大学までの交友関係を洗っても、麻薬につながる糸口が見えていなかった。
無論、青柳は食いついた。
「よし、イビスのことも無論念頭に入れつつ、その知人とコンタクトを取ってみろ」
ちらり、と愛花を見る。手元でいじっていた、ピンクの表紙のウィッカをこちらへ開いて見せた。日ノ出宛のメールが、既に作成されていた。
『お店の人から、別役くんのウィッカ忘れてるよーって連絡あったの。今日、また二人と会えないかなぁ?』と、デコレーションてんこ盛りの、乙女な文体が踊っている。
ぐ、と親指を立てて、青柳へ意識を戻した。
「はい。私の友人経由で、本日面談を試みます」
「あまり、民間人を巻き込むなよ」
心証が悪くなりますからね、と心中で相槌。
「お前らと違って、彼らに身を守る術はないのだからな」
しかし返って来たのは、市民を守る警察官としての言葉。少し、見直してしまった。
「了解です、課長」
通信を切ろうとした時、すぐ目の前の空間が歪んだ。
「しぇっ、しぇんぱぁーい!」
鼻水まで垂らして、サキムニが飛び付いてきた。汚いから、引っ付かないで欲しいのだが。
「何なの、あんた! イビスの死体でも見つけたの?」
「は? 死体だとっ?」
まだ通信中だった青柳が、裏返った声で叫ぶ。
「あ、いえいえ、違います。サキが、大泣きで戻って来たもので……」
ごにょごにょと言い訳をしながら、防弾ベストに鼻水をこすりつける、ウサギ耳を引きはがす。
通信も、ヘッドセットを外してスピーカーモードにする。
「何があったの。泣いてちゃ分かんないでしょ」
「カ、カツアゲに遭いました!」
「は?」
私、青柳、愛花から、一様にきつい語調での問いかけが出た。
「あんた、一応社章付けてるよね? 何不良にナメられてんの」
「仮にもビーストが、不良に負けたのか? 我が社の恥か、お前は!」
「サキムニちゃん、それはイタイなぁ……」
三者三様に責められ、うなだれるサキムニ。
その目が、開きっぱなしだった、別役のウィッカに吸い寄せられる。
「あぁっ! この人です!」
ハンカチで鼻水をぬぐいながら、サキムニが写真を指さした。
「この人たちに、カツアゲされたんです!」
それは久志を挟んで中指を立てている、別役と日ノ出だった。




