表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
4th episode
17/66

December 9 (Sun.) -1-


 - - <メール本文>- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


  お父さんへ


   今日はみんなででかけることになりました。

   車じゃなくて外に出るのはひさしぶりです。

   今からちょっとドキドキしてます。

                                   詩織


   '57.12.9(Sun.) AM8:05


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



            * * * * *



 マンションから10分ほど歩いたところに、『運動公園』の看板を掲げた広場がある。フェンスで囲われ、サッカーゴールとバスケットゴールが置かれて、一応野球もできる程度にはスペースが確保されている。詩織がここへ来たのは3度目だった。

 今日もよく晴れていて空が高い。

 が、周囲に人影はなく、持参のシートを敷いてのんびりとくつろぐにはちょうどよかった。

「……なんか、すごいね」

「うん! すごいね!」

 とはいえのんびり座っているのは詩織とクリスだけだ。

 到着後、花柄のビニールシートを敷き終えるやいなや、アンジュはいきなりハイキックを繰り出した。不意をつかれたアズマは、それでもとっさにしのいだ。アンジュがにやりと笑ったのを、詩織は見た。

 そのままの流れで、2人はかれこれ30分近くやり合っている。

 アンジュが連続の突きから膝蹴りを見舞った。アズマはそれをいなし、一瞬の隙を逃さず中段蹴りを放つ。どちらも息を呑むほどに速い。

「すごい、ね……」

 詩織の口からはそれしか出てこない。目は釘付けのまま、冷えた指にはーっと息を吐きかけたところで、2人が後方に飛び離れて距離をとった。

「悪くないわ。けれど、キレイすぎて実践向きではないわね」

 アンジュが「終了」とばかりに腰に手を当てた。深く息をついたアズマは、手で左腕に触れた。

 そういえば、と詩織は思い出す。手合わせの最中、アズマはほとんど左手を使おうとしなかった。アンジュもそれを指さして指摘した。

「まだ動かすのはつらい?」

「……」

「それとも、“左手”を使うのが不安なのかしら……?」

 詩織はそろりと立ち上がり、2人が途中で脱ぎ捨てた上着を拾いに行った。うしろからクリスもついてきて、アンジュのコートを持ってくれた。

「仮にそうだとしても、できるだけ左も動かしなさい。全体のバランスが悪くなるわ」

「おねえちゃん。はいっ」

「ああ、ありがとうクリス」

「タオルいります?」

「ありがとう、詩織ちゃん。でも、これは私より――」

 アンジュは微笑すると、詩織が手渡したハンドタオルを放り投げた。それをアズマが片手でキャッチする。

 アズマは、少しばかり血色がよくなっているせいか、家を出る前より健康そうに見えた。

「すっかり汗をかいてしまったわね。のど乾かない、アズマ君?」

 そしてアンジュの方はといえば、今まで本当に運動していたのだろうかというほど涼しげな様子だ。コートのそでに腕を通すと、軽やかな所作で白いポーチを拾い上げた。

「途中に自販機があったと思うから、買ってくるわ。クリス、運ぶのをてつだってくれる?」

「はーい!」

「詩織ちゃん達は荷物を見ていてね」

「あ、はいっ」

「すぐに戻るわ」

 アンジュとクリスは手をつなぎ、公園の外へ出ていった。

 詩織は1歩、後ろに下がった。

「あの。座りません、か」

 アズマはじっとフェンスの外を見ている。――が。

「あいつ」

「え」

「化け物だな」

 それだけ言って、上着を肩にひっかけながらシートに腰を下ろした。

 彼が自分から口を開いたのはいつ以来かわからない。けっこう意外で、詩織は一瞬ぽかんとしてしまった。

 黒い瞳が詩織に向けられた。「何をしてる」と言われた気がした。

「あ……え、と」

 口ごもりつつ目をさまよわせるうち、ふと気付いた。アズマはまた左腕を押さえている。詩織はちょんとシートの上に膝をついた。

「ほんとに、だいじょうぶなんですか、腕……」

 アズマはちょっと目を見開き、次いで視線をそらした。

「別に」

「痛かったり、とか」

「いや」

「あ、それなら。よかったです」

 詩織はすとんと肩の力を抜いた。

 沈黙。

 アズマは無人の広場のどこかを眺めつつ微動だにしない。詩織もそれにならってじっと座っていた。それでも、いつになく穏やかな雰囲気だった。

 しかし。寒い。

 不意に冷たい風が吹きつけ、詩織は思わず首をすくめた。

 アズマの視線が動き、何事か言いかけたように、見えた。

「――っ!!」

 言葉はなかった。アズマは突然腰を浮かせ、そのまま硬直した。

 詩織が何事かとまばたきした時。


「やあ。ひさしぶり、かな」


 後方で低くやわらかな声が聞こえた。

 詩織はなぜか、全身にぞくりと怖気が走るのを感じた。



            * * * * *




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ