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-BLACK MARIA-  作者: 高砂イサミ
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December 8 (Sat.)


 - - <メール本文>- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


  お父さんへ


   あれからもう1週間です。

   アズマさんは、ケガは大丈夫みたいですが、まだあんまりお話できてません。


   でもアンジュさんはいくらか話してるみたいです。

   わたしも、もうちょっとがんばってみようと思います。

                                   詩織


   '57.12.8(Sat.) PM9:27


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -



 1週間の間に玄関と窓の修理が入り、詩織達は元の部屋へ戻っていた。

 この3階建てマンションは相川家の所有なので、基本的にどの部屋を使ってもかまわないと言われている。それでもやはり、幼い頃から過ごした場所がいい。少なくとも詩織はそう思う。

 だから「どの部屋でもいっしょ」といった風の姉妹の態度は、軽くショックだった。

「わたしが、気にしすぎなのかな。……でも……」

 勉強机の隅の写真立てに目を向ける。

 そこに向かって何か言いかけた時。ドアの向こうで複数の足音と、声がした。

「お兄さん、てば!」

「落ち着いてちょうだい、アズマ君」

 詩織は何事かと部屋のドアを開けた。すると、今にも玄関から出ていきそうなアズマにクリスがへばりついていた。

「ど、どうしたんですか」

「シオリちゃん……!」

「これなのだけど」

 アンジュが自分のe-phoneを開いて見せた。画面はウェブニュースのトップ記事だった。



 『元議員の事件・事故相次ぐ


  今日午前11時頃、元参議院議員の高橋氏が自宅で倒れているのを家族が発見。

  感電によるショック症状と見られる。氏は意識不明の重体。

  しかしながら、どのような経緯で感電したのかはわかっておらず――』



「え。また?」

「そう、また」

「でも……それが?」

「犯人に心当たりがあるようなの、彼」

「!」

 詩織は例の4人を思い出した。彼らのこと――なのだろうか。

 と、アンジュがアズマの肩に手を置いた。

「ともかく。怪我の経過はいいようだけれど、あなた1人でどうしようというの。どうにかできると思っているの?」

 アズマはその手を払いのけ、半分だけ首を巡らせた。重く暗い目つきに詩織はドキリとする。対してアンジュは、まったく動じていないようだった。

「今のあなたでは無理よ。自分でも、わかっているのでしょう?」

「……あ、あの。警察には……」

「無駄だ」

 いつかと同じく、アズマはたたきつけるように遮った。アンジュも首を横に振った。

「証拠がない限り警察は動かないわ。特にニホンでは、SPPもSPMも公に認められていないから……事件との因果関係を証明するのは難しいでしょう」

 そしてもう1度、アズマを見て首をかしげる。

「“M”の犯行ということ――間違いはないのよね?」

「あんたには関係ない……」

「そんなことはないわ」

 アンジュは微笑した。


「私達も彼らも、まがりなりにも“血縁”でしょう? 悲しいことを言わないでちょうだい」


 ずきり、と。

 詩織の胸は痛みを訴えた。


 3人を見比べる。クセのない黒髪にまっ黒な瞳。年齢性別の差はあるが、面立ちは、やはり似ている。

 自分だけ――違う。

「ともかく戻って。また牧田先生に叱られるわよ」

「外、寒いよ! カゼひいちゃうよ!」

 クリスが、アズマの黒いセーターを握る手に力を込めた。

 と――まるで風船がしぼむように、場の雰囲気がゆるんでいった。クリスがそうっと離れても、アズマはそこにたたずんだままだ。

「……お兄さん」

 クリスに手を引かれるまま、アズマの足が動く。操られるようにリビングの方へ戻っていく。とにかく落ち着いたようで、詩織はほっとため息をついた。

 しかし同時に心配にもなる。アズマは、初対面の時が嘘のように、ああして魂の抜けたような状態でいることが多い。思い切って話しかけてもほとんど上の空だ。しかも心なしか、日に日に顔色が悪くなってきている。

「……」

 そろそろと歩いていって、リビングのドアに手をかけたところで、中からアンジュが開けてくれた。

 アズマは奥のソファに座っていた。そのそばから、クリスがとことこと寄ってきた。「どうしよう」という顔だった。

「シオリちゃん……」

「困ったものだわ」

「具合……よくないんですよね?」

「いいとは言えないわね。でも」


 身体よりも、むしろ――


 アンジュが口だけ動かしてそう云った。詩織はアンジュを見上げ、もう1度アズマに目を向ける。

「何かできること、ないんでしょうか」

「どうかしら」

「……ねえねえ、お姉ちゃん」

 クリスが何かに気付いた顔で、アンジュのそでをつまんだ。

「前に言ってたよね? 元気が出ないときは、体動かすといいねって。お兄さん、お医者さんに行く時以外は、ずっとうちの中にいたよ?」

「そういえばそうね――」

 アンジュがすいと身体を返した。猫のように、音もなくアズマに歩み寄る。そして最後の1歩と同時にすっと腕を上げた。

 同時に、アズマがはじかれたように飛びのいた。

「意外といい反応をするのね」

「なんの真似だ」

「別に? 本気で殴りかかろうとしただけだけれど?」

 アンジュはこともなげに笑って手を下ろした。

「何か武道を修めていたようね? その構えは、空手かしら」

「お兄さん、空手できるの? すごいね!」

 戸惑うような表情で、アズマが構えを解いた。まだ少しだけ緊張感が残っている。

「手合わせ願えるかしら? こちらは半ばほど我流だけれど。適度に運動をしておくのもいいでしょう」

「あ! だったらあそこの公園行こうよ! 運動公園!」

 クリスがぐっとこぶしを握り、頭上にふり上げた。

「みんなで遊びに行こ! 明日もお天気いいって!」

「遊びに……ね」

「あ、それならわたし、お弁当作ります!」

 詩織が言うと、クリスはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「シオリちゃんの! お弁当っ!」

「……正気なのか」

 アズマの冷たい一言に、クリスがぴたりと動きを止める。

 アンジュが真顔になり腕を組む。それを横目に、詩織はそっと足をすべらせた。

「この1週間は何事もなかったのよ。もしも問題があると思うのならば、詳しく教えてほしいのだけれど。……話してくれないということは、何か特別な事情でも?」

「……」

「黙っていてはわからないわ」

「お出かけ、ダメかなあ……?」

「どうなの?」

「だから。あんた達には関係ないと――」


 チンッ


 電子音が響き、3人が一斉にキッチンカウンターの奥を見た。そこからそろりと出た詩織は、アズマの前へ向かった。

「え、と。どうぞ……」

 顔は見ずにホットミルクを差し出した。

 ひと呼吸分ほど間があって、手からふっとカップの重さが消えた。ほんの少し目を上げると、大きな手がカップのふちを持っている。

「……」

「……」

「あの、……おやすみなさいっ」

 急に顔が熱くなり、ぺこりと頭を下げた詩織は、そのまま3人に背を向けた。



            * * * * *



 詩織が小走りでリビングを出ていった。ふと、アンジュは視線を落とした。

「クリス。あなたも先に部屋へ戻っていてくれる?」

「? はーい」

 クリスは不思議そうな顔をしつつも素直に従う。

 ぱたん、と奥の扉が閉まったところで、アンジュは肩をすくめた。

「おとなげなかったかしらね。ごめんなさい」

「……」

「いい子でしょう? クリスも、詩織ちゃんも。あまり物騒な話を聞かせるべきではなかったわ。ただ、正直な話、こちらも焦っているの。ろくな情報を入手できないのよ。これでは対策をたてることもできない」

 アンジュはダイニングテーブルを回り、手を置いた。指でこつこつと机をたたき、アズマを見据える。

「ともかく今、1つだけ。質問に答えてもらえないかしら」

 アズマも無表情にアンジュを見返した。カップを受け取った時から、尖った気配は消えている。

 アンジュはそれでも、警戒するように目を細めた。

「あなたが前に言っていた“ツカサ”という人物だけれど。私にはあの時、何かの中心になっているように聞こえたわ。……彼が事件の首謀者なの?」

 アズマは無言だったが、“ツカサ”と発声したその一瞬、カップを持つ手に力がこもった。

「そう。そういうことならば、あなたが私達を『他人』と言うのもわかる気がするわ。Mリストでその名前を持つのは1人だけだった」

「……っ」


「神崎師。――あなたのお兄さんね」


 アズマがふいと顔を背ける。アンジュは小さく苦笑し、背筋を伸ばした。

「私はクリスを寝かせてくるわ。いい? 言ったとおり明日は出かけるわよ? どちらにしても、身体をなまらせて肝心な時に動けないようでは困るの」

「……」

「あなたも、それを飲んだらおやすみなさい」

 ひらりと手を振り、アンジュは奥の部屋へ向かう。残されたアズマは手の中のカップに目を移した。

 まだわずかながら湯気が立っている。

 しばらくたたずんだ後、アズマは、ゆっくりとカップを持ち上げた。



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