第13話 気付き
ハラタキ一行の身辺警備を任されていたエスピー達が異変に気付いたのは、ヒロシ・タニシタが行動を起こすより前だった。クラブの深部、待機室らしい一室の中で、用意された食事と飲料を補給していた時の事である。
「いつ終わるんだろうな」
「さあ、知るかよ。施設の警備が頃合いだと思ったら呼びに来ると言ったが、大丈夫なのかね。こんなこと今まで初めてだぞ」
「そりゃ他の国だったらありえん対応だが、ここはエリュシオンだ。貧乏政府のお抱え公務員より、傭兵の方がよっぽど腕が立つ。そういう場所だと聞いた」
「それはそうだろうな。エントランスの警備員見たか ? ウチの陸軍よりもよっぽど上等な装備だった……なあ。ところでヤマダのやつ、小便から戻ってこないが大丈夫か ?」
ケチ臭い政府への文句と、金持ちたちへの羨望を口から零し合っている時、同僚が一人戻ってきていない事に気付く。次の瞬間、微かな悲鳴が響いたかと思えば、全員が表情を変えるよりも早くそれが途切れた。その場にいた十人近い仲間達が一斉に顔を見合わせる。只転んだだけと考える事も出来るが、それならばそれらしい物音…たとえば、生きている事を報せる筈の足音が響くはずである。自分のドジを自嘲するような笑い声や悪態も聞こえない。
何かの音がした。足音。だが、常人に出せるそれとは違う。さながら象でも入り込んだかのような、重く引き摺る様な動きを感じる。金属が擦れる音も僅かにだがあった。同時に、水っぽい何かを引き摺っている。こちらに向かって来ている。マズい。武器は没収されているままだった。なぜもっと早くに疑えなかったのか。
「…俺が確かめて来る」
覚悟を決めた一人がそう呟き、慎重にドアを開ける。先程までは煌めいていたネオンの照明が消えており、扉を出た通路の左右を見渡しても細長い暗闇が待ち構えているだけだった。
いや、いた。左手の通路の奥。暗闇に紛れていたそれが姿を見せる。鋼鉄の巨人。セバスチャンであった。人間味を残す頭部の上半分から、色白な男が青い瞳でこちらを見据えている。その片手には、血の混じった泡を吹きだしている同僚が携えられ、その胴体には何かがめり込んだ跡の様なクレーターがあった。
「てめ―――」
てめえと叫びかけたが、それよりも前にセバスチャンが死体をぶん投げ、エスピーにぶつけて転倒させる。そのまま死体に挟まれて動けなくなっている彼に対し、もう片方の手で握っている大口径のショットガンを向け、発砲した。可変式の頭部装甲が作動し、ヘルメットで完全に顔面を覆い隠す。事前に把握しているからか、道筋に迷いはない。そのまま待機室へとカチコミをかけ、狼狽える標的たちを淡々とミンチ状にしていった。
――――ヒロシが自らの体に起きた異変について、更なる発見をしたのは仕事が始まる前の二週間の間である。流石の富川工業といえど、身体測定と健康診断、その他の肉体に係る調査研究をしようにも骨が折れている様子だったらしいのを、セバスチャン達からの報告で耳にした。血液、髪の毛、皮膚片、爪、臓器…どれを採取してサンプルにしようとしても不可能だと。
負傷をするたび、ヒロシは異空間から負傷した箇所を棒立ちの贄から、今日はどいつにしたものかと気休め程度に悩む素振りをした上で手に入れる。自販機で飲み物を選んで買う程度の暇が体感ではあるのだが、外から見ればそれは僅か一瞬の間…どれ程の致命的な損壊だろうと、二秒を上回る事はなかったというのだ。あくまで全身を同時に爆散させてそれなのだから、局所的な負傷ではもっと速いのだろう。自分で行った実験に間違いはなかったとヒロシは確信する。
一方で興味深かったのは、少々気になっていた自らの痕跡である。負傷時の出血、断裂や破損による身体部位の拡散。その散らかった自分の古い肉体はどうなるのか。答えは、消滅であった。再生が終わると同時に、それらは全て黒い塵へと変わり、やがてされさえも大気中に溶けていく。再生前と再生後で何か現場の環境に変化はあったのか。巨大な実験室の中にヒロシを閉じ込めた上で、企業側はチェックをしてくれていたようだが、驚くほどに何もなかったらしい。室内の大気構成も、微生物や細菌の数も、一切の変化がない。まるで初めから何も起きなかったかのような平凡さ。それ以外に言いようが無かったと。
仕事をする上でこいつは便利かもしれない。ヒロシは考えていた。再生によって古い肉体が消滅する。それは言い換えるのなら、証拠の隠滅も容易いという事である。一度体を爆散でもさせるか、燃やし尽くすか、もしくは負傷などをしていなくとも、現場に痕跡を残したと思われる身体部位を無理やり再生させる。こうすれば強制的に証拠を排除…いや、そもそも初めからその場に無かったという事に出来てしまうのだから。
いや、そこまで難しくする必要もないかもしれない。遺伝子やその塩基配列の情報が一致しようとも、あまりに目撃された姿形がヒロシ・タニシタ本人と異なるという事であれば、それだけでも十分に疑いの目が向く確率は低下する。つまり、見た目を作り変えてしまうのだ。整形手術や移植手術の難易度が大幅に下がっている時代とはいえ、性別や皮膚の色、髪質まで全てを変えてしまうのは流石にハードルが高い。そこまでして自分の全てを捨て切ろうと必死になれるほど、人間は強くないと皆が高を括っているのだから。
そんな四六時中行われていたテストの中で、それは起きた。相変わらず実験室で、様々な自殺方法を試していた時に、ふと頭によぎった記憶がある。車から脱出した際に発揮したあの筋力。アレについて確かめなけばならない。あの時、自分は状況を打破するための腕力が必要だと考え、あの身体を手にした。一体、どこまで出来るのか ?
試すにしても、あの時と同様の思考をする必要がある。自分が欲する機能を思い浮かべなければ。今後の自分の仕事に何が必要か、それを考えた時に真っ先に浮かんだものは武器であった。銃器は勿論だが、携行が出来る近接用の装備…刃物がいい。それも、肌身離さず共に動けるようになっていなければ。体に仕込んでしまうのだ。出来るかどうかではない。望まなければならない。それがいる。何が何でも自分は手に入れる必要がある。
再び、異空間へと訪れた。目の前には贄たちが並び…その中にようやく見つけた。前腕の側面から鋭利な突起物の出ている個体がある。躊躇う必要はない。そして、成功した。帰還を果たしたヒロシは、自分の両腕に備わっている刃を見つめ、小さな満足感を噛みしめる。
「以前に提示した説として、あなたの体そのものが次元間伝達装置と同様の機能を備え、身体の欠損を修復する機能を獲得したのではないかという話はしましたね ? そうすると、今回もその副次的なものだと考えられます。知っての通り、異次元や並行世界の広がりの全てを観測するというのは、現時点では不可能です。それほどに膨大な可能性の中で、あなたの遺伝子情報と合致しているか、もしくは恐ろしく酷似しており、尚且つそのような身体機能を備えている生物がいたと考えるのが筋でしょう」
モニターでヒロシの身体に起きた異変を観察していた研究員が、実験室から出てきたヒロシに対して語る。腕から生えた刃…もといブレードは、ヒロシが不必要と判断した途端に消滅させる事が出来た。また出現させられるといいのだが。
「あり得るのか?」
「あくまで想像の域を出ませんがね。だが、あり得ないと断ずる理由もない。この世における事実というのは、我々の思考や観測した現象を言語化したものにすぎない。だからこそ、いかにして言語であなたという存在を語れるようにするか。そのためにはどんな可能性も捨ててはいけないんですよ」
恍惚と、それでいて興奮をしている様子の研究員に仏頂面を向けた後、表情筋を変える事なく鼻を鳴らしてヒロシはその場を後にする。廊下に出ると、セバスチャンを連れたエレーナが小さく手を振っていた。
「技術者や研究者ってのは、もう少し合理的というか、あんな哲学めいた思想からはかけ離れてる連中だと思っていたが」
横を歩き出しながらヒロシが口を開く。エレーナは笑っていた。
「未知の領域に向き合い、疑い、いかにして知識として支配し、人の手で再現するか。そこに取り憑かれて、繰り返し続けるのが技術研究の醍醐味ではなくて?」
「…俺は苦手だ、そういうのは」
――――やはり自分にはこちらが性に合っている。青年に変装をしていたヒロシは、殺しと破壊の中に囚われながらそう考えた。既に大半は死に、残った者達も抵抗はせずに隠れながら逃げようとする。だが、ヒロシは俊敏に動き、まだ殺すべきではない標的を見つける度、ブレードで足を簡単に動けない程度に斬り裂くか、持っていた拳銃で正確に肩や大腿を打ち抜く。
ハラタキを始めとした、生き残らせてもらった者達は恐れていた。あの男の体の仕組みもそうだが、まるでこちらの居所を把握しているかのような迷いのない動き…そして一連の殺戮の中にはある共通点。殺されずに助かった者達が揃いも揃って、ハラタキが懇意にしているか、彼自身が率いる政党とその関連勢力の人間達ばかりである。それ以外の者達は、抵抗しようが泣こうが許しを乞おうが、付近にいた娼婦や男娼も巻き添えに、血と骨と臓物をぶちまけさせていた。 派手なレーザー照明によって、亡骸と呼ぶのも躊躇われる残骸が照らされ、白黒の残忍な彩りが出来上がっている。ヒロシはその中を悠々と歩いてきた。
「ショウイチ・ハラタキだな」
やがて、ハラタキの前に立ち、生気を感じない黒い瞳が見下ろしているその姿は、ハラタキを絶望させる。すぐには殺さない。だが、生きて返すつもりもない。そんな意思が伝わってしまう冷徹さがあった。
「標的はどうなっていますか ?」
ヒロシの背後から、セバスチャンが姿を見せる。義体のカラーが黒を基調としているせいで分かりづらいが、床や壁に負けず劣らずの血濡れぶりであった。
「必要そうな連中だけは生かしてある。応急処置をさせて車に載せろ」
「そう言うと思いまして、既に手配済みです」
するとセバスチャンの背後から、さらに別のシノビ部隊が姿を見せた。そこから周辺の警戒をしつつ、医療担当員に一見すると雑な応急処置を行わせ始める。途中、議員らしい女がヒステリックに怒鳴ったが、私がやると言って女性の隊員が顔面に膝蹴りを入れるのを目撃したヒロシは、それなりにウマが合う職場だと真顔で小さく頷いた。
作者のコメント:仕事辞めたーい。湖の見える森の中の丸太小屋でのんびり過ごしたーい。
追記:次々と振られた仕事と出張のせいで更新が大幅に遅れております。誠に申し訳ございません(異動か転職考えようかな本当に…)
※次回は10月中には更新したいと思っています。




