第12話 ダーティ・ワーク
愛車の窓を遮光機能によって塞ぎ、自動運転を使って移動させている間、ヒロシは携帯端末に表示される情報を眺めていた。標的に関わる詳細と写真及び映像だが、その説明にはどこか恣意的な感情が孕んでいるような文言もある。
「標的は会合の後、このナイトクラブへ立ち寄っているそうです。施設側の予約者リストから特定をしています。警護をしていたエス・ピー達については、業務を引き継ぐ間の休憩という事で別室で食事を…失礼、聞いていますか ?」
音声通話によってセバスチャンの声が聞こえるが、ヒロシは標的とされる者達の説明の方に集中し、さほど耳を傾けていなかった。拉致と殺害が最終目標となっている、日本から派遣されたという政治家達。だが、一通りのプロフィールに付け加えて、彼らがこれまでに起こしている不祥事やそれを糾弾するような内容が付け加えられていた。「反社会勢力への資金提供を行い、政治への抗議活動へ見せかけた違法薬物取引等の犯罪と、その他の迷惑行為を依頼している外道」、「不倫、そして口封じのための殺害、更には資産運用詐欺のケツもちをしているコソ泥」、「母国で起きた戦争の前線に行きたくないという理由で逃げ込んできた外国籍の難民でありながら、戦災者ビジネスで寄付金を巻き上げ、それを上納する事で政治家に取り入ったクズ」、「愛国者を気取っているが、違法風俗で未成年の外国人をレイプするのが趣味の下劣な猿」…
それ以外にも証拠の資料付きで山ほど出てくるのだが、どれについても念入りに救うべきでない外道であり、滅ぼすべき存在だと言い聞かせてくるのが印象深い。
「標的についての説明がどうも中立でないようだが、これはお前らの趣味か ?」
ヒロシはダッシュボードから拳銃を取り出し、チャンバーを確認しながら言った。
「こういった仕事における教育で一番重要なのは、敵となる存在を同じ人間だと思わせず、道徳と倫理を優先させないように心がける事です。彼らもまた、愛すべき者や人並みの幸せがあるただの人間だという意識を持てば、大なり小なり躊躇が生まれる可能性がある。それを避けるために、我々は脳内への作戦データ流入時にこういった情報も付随させる様にしています。相手を人間として扱う必要は無いと…ナノマシンを使えないあなたには文書で教えるしかないと思っていましたが、どうやら必要なさそうですね」
「頼まれた以上、仕事はやり遂げる。そこに相手の事情を混ぜ込みたがる人間は、そもそもこっちの世界に来るべきじゃない。それが俺の仕事に対する思想だ」
「でしょうね。そうでも無ければ、あんな《《準備》》をするわけがないですから」
下準備の余念の無さに思いを馳せるセバスチャンの声を余所に、ヒロシは予備弾倉の確認も終えて助手席にそれらを置き直した。そこから思い立った様に、自分の手の甲や前腕をボンヤリと見つめる。試すには良い機会だ。
「ナイトクラブに間もなく到着する。先に内部へ向かっていて良いか ?」
「ええ。恐らく標的もお楽しみの最中でしょう。仕事に支障が出ない範囲で自由に過ごしてください。私も部下を引き連れて向かいますから、合図が届き次第動いてくれれば合わせます。それと―――」
「言わなくても分かる。余計な気力を使うが、顔については誤魔化しておこう」
そう言うとヒロシは顔の姿形を作り変えた。再び髪が抜け、今度は固い髪質をした、黒の短髪に留める。皮膚はやや浅黒くなり、耳、鼻柱の形、更には目元も作り替え、ついでに顎髭も生やした。再びダッシュボードを開け、隠していた別のスマホを取り出した。フィリピン人の青年。つい最近になって、エリュシオンの富川工業傘下の商社で就職をしたという設定である。
車から降り、駐車場へと勝手に動いてくれる愛車を眺めた後で、意気揚々と青年は歩き出した。受付では生体認証か、携帯電話の画面による会員コードの提示かを選べるのだが、彼に選択肢は無い。携帯電話でコードを表示してから、受付用の装置に読み込ませて承認を貰い、エントランスのアーチ状のゲートをくぐる。案の定だが、警報が鳴った。周りの騒音である程度は掻き消されるが、間近で聞いてみるとやはり迫力がある。そこから間もなく、二名の警備員が現れた。
「失礼、こちらへお願いします」
案内されるがままに連れて行かれ、サブマシンガンを携行している他の警備員がいる場所へと連れて来られたのだが、青年は特に気にしていない。想定内だからだ。
「危険物を確認しましたので、こちらでお預かりします。さあ」
「ああ~、そうでしたか。分かりましたよ。うっかり持ってきていたんだ」
警備員が両手で差し出すように示し、青年は素直に応じる。拳銃と弾倉が渡されるのを見て、一部の者達は少々面食らっているのか、一度だけ顔を見合わせた。
「それと、要請をいいですか ?」
上着やポケットに何もない事を確認させつつ、青年が尋ねた。
「要請 ?」
「最高権限に紐付けされた緊急の口頭要請です。この場で預かってもらった荷物は、こちらの任意のタイミングで回収と使用が出来るようにしておいてください。勿論、この敷地内で。要請用のIDは携帯電話の端末から読み込んでもらえれば。あと、要請確認証については、事後改めて発行して送信します」
青年が再び携帯電話を取り出し、彼らが持つ個人情報検索用の装置の上に置いた。自動で内部の記録データの中から、身元確認用のIDを割り出されるのだが、ナノマシンによって脳内に流れ込んだデータを見た警備員たちは青ざめた。一部の企業のみが持っており、要請自体への拒否は不可能…更には外部への情報提供の全面的な禁止という制限が付随する権限。それも、富川工業の関係者としての権限を確認した。このナイトクラブの出資企業の一つである。
「…カウンターエリアにいるバーテンダー達に要請内容を共有しますので、必要であれば彼らへ尋ねていただければ。それと、通信による位置情報と顧客情報の確認が必要ですので、認証を行った端末の通信は決して切らないでください」
「ありがとうございます。チップは、この場にいる者達全員に対して送金命令で振り込ませておきますよ」
自ずと道を開けてくれた警備員たちに謝意を示し、青年はナイトクラブへと続く薄暗い入口へと消えていった。この手の要請は決して珍しくないのだが、経験則として言うならば碌な事が起きたためしがない。警備員たちは早くも憂鬱になりだした。
物好きを装いこそするが、やはりこういう場所は好きじゃない。青年が中に入ってみると、レーザー照明が飛び交い、何の理由があるか分からない過剰な重低音によるEDMで空気が震え、薬物と酒に溺れながら珍獣と呼ぶにふさわしい醜態で踊り狂うか盛り合う愚衆の姿が一面を埋め尽くしている。躱すか、はしゃいでる事で気付かないのをいいことに突き飛ばしつつ青年はカウンターに向かう。丸刈りにした頭から首にかけて、顔半分をタトゥーで埋め尽くしている男がバーテンダーとして前に立ってくれた。
「スティンガーを一杯」
座った青年がそう言うと、バーテンダーは頷いて酒を用意してくれる。あまりベラベラと喋りかけないタイプなのだろうか。ならば気を割く必要が無いので助かる。用意された酒を片手に持ち、軽く口へ流し入れてから青年は周辺を見回すと…いた。わざわざ探すまでも無かった。広いホールの中心で、恐らく事前に用意してもらったのであろう娼婦や男娼と盛り合っている。若い女の議員が何人か、そしてそれ以外はみすぼらしい爺か中年親父、後はまともに遊びをした事が無いせいか拙い動きを見せつけている若手。無様に肥えた白人もとい白豚もいる。真ん中にいる男が恐らくリーダー格だろう。
「アアハハハハアアアハハハハハハ!!俺があああ未来の総理大臣だああああああ!!」
「よっハラタキ総理ィ!!」
「イエエエエエエエエイ!!」
「フーフー !」
女を相手に立ったまま後背位で犯しながら、薬もついでにキメているらしいハラタキという男が叫ぶ。すると、皆が同意するようにはしゃいだ。この世のありとあらゆる社会、流行、人、事柄を嘗め腐り、浮かれ切っている。これから自分達がどのような道を辿るかもしらず、いつまでも道が開かれてくれていると信じ込んでいる。秘密裏に行われた会合だと信じ込み、誰にも聞かれないからとあれほどふざけたマネをする人間がどうして許されようか。
脳裏によぎったのは、エレーナ・フカワと彼らの会合の一部始終の記録。側近の社員が止めるように言い聞かせても、ウダウダと言い訳を重ねて自撮りを続けるアバズレ。選挙や議会における答弁とは全く異なる見解を話し、エリュシオン側に気に入られようとする魂胆を隠さない、蝙蝠野郎としか言いようがないハラタキとかいう経済産業大臣。そしてまともに自分で意見は言わず、終始ハラタキの太鼓持ちをする以外に何もしない取り巻き共。挙句、話にならないと一方的に打ち切り、「説明は以上」などと見下した態度で出て行った。そしてこちらが全てを記録しているとも知らずに、廊下や移動中の車内で「南米土人の血を引くケガレ」、「所詮ポリコレパワーで権力を手にしただけの雌犬」、「枕仕事で富川を押し上げたのであろうパンパン」などと散々な言いようであった。そこに怒りはないが、信用するに値しない人間としての材料とするには十分である。
「エル・ビー。準備が出来ました」
携帯電話が鳴り、手に取ってみるとセバスチャンの声が聞こえる。
「そろそろ、つまらないパーティーを抜け出したくはありませんか ?」
「よし。抜け出す前に一発踊ってくる……失礼、荷物の回収をしても ?」
通話を切った青年が呼びかけると、バーテンダーはすぐに用意をしてくれた。回収をされていた拳銃と弾倉を箱に入れたまま渡してくれ、青年はそれを素早く開けてからホルスターやポケットにしまう。そして拳銃だけは片手に忍ばせて立ち上がり、すべきことのために足を動かした。手筈通り、警備達は騒乱に乗じてその場を離れてくれたのか、周辺は無防備である。
青年は引き金に指を置き、十分な距離に近づいた瞬間に腕を向ける。最初の標的は、褐色の子供へ挿入をしていた男であった。こいつは後で必要になる。よって、脚に向けて発砲した。
「ぎゃあああああああ!!」
悲鳴が上がるのも束の間、青年はもう片方の足にも弾を当てる。これでこの男は自力では歩けない。そこから次々と、目に付いた議員達へと銃弾を浴びせ始めた。議員たちはおろか、その音を聞きつけた他の客も混乱に呑まれ出す。そうして騒ぎが拡大し始めた頃、一人の男がこちらを抱くように捕まえて、抑えにかかった。白人の男である。
「このクソガキ!!」
力には自信があるつもりなのだろう。だが、その比べ合いに応じるつもりはない。青年は、空いているもう片方の手を使う事にした。前腕に力を込める。すると、尺骨の部分からそれは出てきた。刃である。艶めかしく血の付いている、有機生命体には似合わない黒鉄。ウロコフネタマガイの外殻に似た鈍重な輝きを放つその刃が、白人男の首の側面に刺さった。頸動脈が壊れたのか、血が情けなく噴き出す。顔や服が染まりながらも、刃を引き抜いて白人男を床に蹴り倒し、青年は再び獲物達へと狙いを向け直す。狩りの始まりであった。
作者のコメント:健康診断の結果が返ってきました。アルコールって怖いですよ本当に。
※すいません。本業で急務が入りましたので少し延期させていただきます。
※次は恐らく、7月上旬頃になるかと思います。




