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アルタード・カオス  作者: シノヤン
チャプター2 : ケルベロス

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第11話 ロスト・ターゲット

「それで、生存出来た兵士達の様子は ?」


 フェンファン・テクノロジー社の医療棟では、視察に訪れていたシュウが医療棟最高責任者であるルーカス・サヤマと廊下に設置された窓ガラスから、リハビリを受けている兵士達の姿を眺めていた。


「ええ。生き残った者達については応急処置を施して、そのまま休ませています。かつての時代のように、自分の四肢の一部が無くなったまま生き続けないといけない…そんな現実を見せなくて済むのは有り難いですね。移植用の素体を別次元で既に選定済み。動けるリーパーたちをフル稼働させて回収に当たらせています。また、軍事部所属の負傷兵たちとも契約を更新し、ヒロシ・タニシタの確保に協力するという条件付きで移植素体の順番を特別措置として繰り上げています。セレブや権力者がお得意先です…本来であれば許されませんが、我が社にとって一大事という事であればやむを得ないでしょう」

「その通りだ。クレームを付ける人間がいたら私と軍事部…もしくはリーパーに知らせろ。セレブやインフルエンサーなど、所詮は他者が作り上げたものを貪る以外能の無い、劣等なエコノミック・アニマルだという事を分からせてやる」


 二人は暖かな雰囲気のある応接室に入り、中央に備えられているテーブルに着いた。この無機質な現代都市では珍しい、木目調の壁に仕立て上げられている壁に囲われた部屋…家具もアンティークであった。


「ようやく、好みに改装出来ました。私の故郷のケンタッキーから仕入れたものです。エリュシオンにいると、どうも木の匂いが恋しくなってしまう」

「結構だ。医療棟最高責任者としてこの座に就き、大きな問題も起きずにこうして社員たちの福利厚生を責任もって支えてくれている…これぐらいのワガママを許される権利があなたにはある」


 ルーカスが皺だらけの頬を釣り上げて笑い、テーブルに置いていたウイスキーを開ける。このために用意したのであろう二つのグラスにそれぞれ注ぎ、その内の一杯をシュウに渡した。ストレートで飲むのは得意ではないが、突っぱねるのもリスペクトに欠ける。シュウは乗り気な風を装って受け取り、互いに軽くぶつけて音を鳴らして靴に含んだ。熱い。だが心地のいい痺れと、突き抜ける樽の香りが癖になる。


「ワイルド・ターキー…あなたには少々安物かもしれませんがね」

「何の問題も無い。こう見えて、ウイスキーは得意でね」


 ここらで一丁、ボスとしての威厳を見せてやろう。シュウはグラスの中身を一気に呷ってみせる。流石のルーカスも目を丸くしていたが、何事も無いようにシュウは笑って二杯目を催促した。


「さて、まさかこうして仲良く晩酌をして終わりというわけでもないでしょう。かつてWHOの事務局長であったあなただ。何か面白い話があっての事では ?」

「…国連に密偵、いわゆるモグラを飼っていましてね。気になる情報がありました。やはり、国連側は我々エリュシオンが持っている次元間伝達装置について、嗅ぎまわっている様です」

「やはりか。時代遅れのナショナリズムに囚われた亡霊たち。まだ自分達の覇権が復活すると信じ込んでいるんだな。既に競争は終わり、どちらが上でどちらが下かも明確だというのに」

「しかし、油断はできません。その気になれば、武力を以ってでも我々に牙を剥くでしょう。ああいう手合いは、いつの世も面子のために躍起になるものですから」

「だろうな。念のため、軍事部にも話を通しておこう。だが、ひょっとすると…次元間伝達装置さえ、旧時代の産物扱いになるかもしれない。しかも、それほど遠くない未来にだ」


 シュウの自信ありげな態度に、ルーカスは酒を飲む手が止まった。ふと脳裏によぎったのは、アーカイブで微かに見せられた奇怪な銃撃戦。実験による突然変異を起こした被検体という触れ込みの排除対象…ヒロシ・タニシタ。


「技術開発部と、生体化学部の研究者たちに情報を共有していただいた…ヒロシ・タニシタの件ですか ?」

「ああ。彼の体に起きた異変の正体。それが解明できれば、もはや大掛かりな装置を使った回収作業も、オペさえも必要なくなる。だからこそ急がなければならない。国連に彼の存在を嗅ぎつけられる前に」


 そこまで言ったシュウは、二杯目が注がれたグラスを彼の眼前に向ける。


「全ては、エリュシオンの繁栄のために」

「いいでしょう、社長。私もお供しましょう」


 再びグラスはぶつかり、今度はルーカスも期待に応えるかのように力強く呷る。両者共に、ただ一つの問題点が心の中で引っ掛かっている事は、この際気にしなかった。




 ――――エリュシオン保安局、その地下に存在するサーバールームでは一人の男が黙々とデータベースの照会を行っていた。この島に現時点で存在する住民の情報を、数時間おきに纏め上げて保管をする。フェンファン・テクノロジー社によって管理をされているアカウント情報が今や戸籍の代わりとなっている時代である。しかしそれは、企業という営利のみを追求し続ける金の亡者達に、己の存在の証明を託すことを意味する。言い換えれば、企業の機嫌次第で存在を消す事など容易いのだ。そのため、数分おきにデータをコピーし、更新され続ける企業側のデータと比較をしていた。抹消されたり、死亡と判断された戸籍について何があったかを調べるためである。全ては、彼等の目的のために。


「お疲れさんジョセフ。グミ食べる ?」


 男の背後からジユとスティーブンが現れ、デスクに向かっていた男が振り返ったタイミングで、ジユが持っていたレジ袋を投げる。難なく掴んで中身を見ると、気に入っているグミキャンディが一通り入っていた。彼は昔からグレープ味が好きだった。


「どうも」


 ボサボサの頭を掻き、頬のこけているその男が微笑んで開ける。そして二、三個口に放ってからウェットティッシュで指先を拭き、再び背を向けてモニターを睨みだす。


「どうだ ? 二週間前に湾港付近で起きた銃撃戦について何か分かったか ?」


 スティーブンが彼の隣に立ち、モニターに映し出された大量の戸籍データや、監視カメラの映像群を覗き込む。


「まず横転したこの車については、知り合いに頼んで照会を掛けた。かなり時間はかかったが、ヒロシ・タニシタが所有していたものとみて間違いない。そこからすぐに現れた連中については、監視映像のデータを武器取引所に送って確認をしてもらった。随分と出し渋っていたが、少し小遣いをチラつかせたらすぐだったよ。フェンファンで確定だ。そして信じられない事に、この直後に現れた二つ目の小隊については、ネクサス・ニューロで確定。どういうわけかヒロシ・タニシタを挟んで殺し合いを始めたんだ。先程までヒロシ・タニシタを殺そうとしていた人間達が、一転してお互いに相手から彼を守ろうとするような動きを見せ始めたんだ」


 複数のモニターに映し出された、俯瞰的な視点から覗く銃撃戦の一部始終。見慣れない小隊たちの動きもさることながら、ヒロシ・タニシタと思わしき男の常軌を逸した行動と身体能力も映っている。やはり何かが起きているのだ。


「そして最大の問題は…これだよ。この小隊同士による衝突が起きた直後、この区画一帯の監視カメラとインターネット接続に障害が発生した。当然、録画された映像も無ければ、音声も無い。通信記録さえもだ。前日までに行われている定期メンテナンスでは異常は見られなかった事から、恐らく人為的な工作によるものと考えて良いかもしれない。通信障害といっても、公共に提供しているシステムが閉じただけだ。やるならプライベートの…たとえば通信保護を使って公に許可されていない回線ルートやアドレスを使うとかな。小さい範囲内であれば、移動局としての機能を搭載した車両があれば可能だ。どこの企業もそれぐらい持っているだろう。だが問題は―――」

「誰が何のためにそこまでしたのか…でしょ ?」

「ご名答。障害は一定時間が経過した後に復活したが、その後には死体と…企業の連中に回収される重体の兵士達だけしか残っていなかった。この攻撃を仕掛けた第三勢力がいたとみて間違いないだろう。ヒロシ・タニシタも行方不明。だがそれと同じぐらいの時間帯で、周辺の大気に人為的な熱源が確認されている。姿は目撃されていないが、恐らく光学迷彩を使用した飛行型のビークルがいた可能性が高い。更に、湾港においても通信障害が発生していたそうだ。ヒロシ・タニシタが向かっていた事も含め、間違いなく彼の移動先を読んだ上でで行動している」


 自身の椅子に寄り掛かって話に応じてくれるジユに、明確に答えられる範囲で現況の報告をしたジョセフだが、やがて机から距離を取り、椅子の手すりに両腕を置いて休憩に入った。


「だが、いずれにせよこの一連の騒動において、終始台風の目になっているのはヒロシ・タニシタだ。そしてそんな彼の追跡を真っ先に始めたのは、銃撃の目撃情報からしてフェンファン・テクノロジー社だろう。さっき言った第三勢力と違って特に対策をしていないのは、恐らく彼等も高を括っていた。いつものように、都合の悪い人間を暗殺か誘拐するノリだったのかもな」

「だけど、その判断は誤りだったみたいだな。ヒロシ・タニシタの力を見るに」


 腕を組み、モニターに映っているヒロシの姿を睨みながらスティーブンが言った。ジョセフも静かに頷いて同意する。


「ああ。人間とは思えない腕力やタフネスだ。標的がこんな奴だとは、フェンファンも想定していなかっただろう。おまけに他の勢力が、どういうわけかヒロシだけじゃなく自分達も殺しに来た。猶更取り乱したに違いない。何が起きたのか、何をするつもりだったのか、どうにか聞き出さないとな」


 否定意見は一切出ない。満場一致である。だが聞き出すにしても問題があった。まずフェンファン・テクノロジー社がこちらに耳を貸す可能性は限りなく低い。せいぜい、いつも通り談笑交じりに知らぬ存ぜぬで話を切り上げられてしまうのがオチだろう。だが、残る糸口についてもやはり絶望が垣間見える。それは奇遇な事にフェンファン・テクノロジー社も同じく抱えている重大な謎によるものであった。


 ヒロシ・タニシタはどこへ消えた ?




 ――――世界最大の総合エンタメ・パブリッシャーである、リードエクスター・エンターテイメントの本社には、代表取締役であるキム・チャヌクが後ろに二人組を引き連れていた。ビルの高層階に作られた、最新のソフトウェアサービスの制作部門を案内していたのだ。


「今やエンタメは、かつてのような探して発掘をする…そんな探究者的素質を持つ必要が無くなりました」


 デバッグと実機でのテストを、複数のモニターで同時に行っているスタッフを横目に、キムは二人組へ言い聞かせた。富川工業から派遣された、車載システム部門を統括する初老の男…コウサク・カミナカ。そしてその補佐役兼代理であるらしい女がいる。ブロンド髪の白人。笑顔を浮かべているが、まるで張り付いているかのようであり、どこかぎこちない。ボディガードじみたスーツを着て、革靴を履いていた。隠しているだけで、セキュリティも担当しているサイボーグなのかもしれない。キムは少しだけ警戒しておくことにした。


「私としては、そういう時代も嫌いじゃありませんでしたがね。まあ、ハズレを引いた時のガッカリ感は凄まじいものでしたが」


 カミナカがそうぼやくと、キムはごもっともとでも言うかのように小さく頷いてみせる。


「ええ、お気持ちはよく分かります。だからこそ、今は作らせる時代になったんですよ。我が社が持つ生成AIサービス…”マキナ”にかかれば、自分が望む物語を、自分が望むビジュアルで、自分が望む声で、そして自分が望む媒体で制作し、消費が出来る。ありとあらゆる時代から集めた映画、クラシックもポップも問わない音楽たち、バンドデシネ、アニメ、マンガ、ゲーム、ウェブトゥーン、小説…ありとあらゆる権利を獲得した著作物たちをデータベースに一から造り上げる事が出来る。ほんのちょっとのサブスクリプション費用を収めるだけで、誰もが理想の夢の世界に入り浸れる力を得られるんです」


 キムの説明には熱が篭り、同時に感情が昂って来たのか、ジェスチャーが大袈裟になっていた。


「勿論、セキュリティもバッチリ。創作者やパフォーマーたちは、著作権を我々に預ける代わりにデータが使われた回数や、使用してくれたユーザー数に応じてインセンティブを得られる。かつて流行ったNFTの技術を利用してオリジナルのデータを厳重に管理し、不法な手段でデータを利用されようものなら我が社が叩き潰す。この恩恵故か、今じゃ多くのデベロッパーやクリエイターが我々に頭を下げ、保護下に置かれたいと申し出てくれるのです。AIと違い、我々の作品にはリスペクトの精神と魂があるなどと感情論を振りかざす時代もありましたが…結局、自分の腹が膨れれば彼らは何だっていいんです。そもそも…無断で作られた二次創作で飯を食う人間が蔓延っていた時代もあったというのに、何がリスペクトなものか。その点で言えば、我々の方がよっぽど作り手達に向き合っている」


 カミナカも、補佐役の女も感心したように頷く。生成AIが抱えていた問題である著作権を無視した利用の是非に対し、AIの管理者側が権利を持って自由に扱えるようにしてしまえばいいという回答は中々に力技であるが、文句も少なく済む。企業連合にとって最後の悲願であった、各国のエンタメ業界の壊滅。それを実現させたのが、四年前に登場した”マキナ”である。


「でも一番の敵はAIに対して警戒をする世論だった。だというのに、リードエクスターはシェア・スキル・ライブラリーのデータで公開されていた戦術を用いて、見事に味方にしてのけたというわけですか……ああ、口を挟んですいません。こういう場に来たのは初めてで、ちょっと興奮していまして」


 補佐役の女が口を開いたかと思えば、慌てて申し訳なさそうに言葉を止めた。中々に可愛げがあるじゃないかとキムは微笑み、同時に彼女の主張は正しいと心の中で太鼓判を押す。エリュシオン企業連合に属する企業は、条約によって自分達の持つ技術やマーケティング手法などを、連合に所属する企業にオンライン・ライブラリー機能や交流会を通して公表する事が義務付けられている。それはエリュシオン企業連合の覇権をより強固なものにするための作戦であり、同時に裏切りは許さないという楔でもあった。ルールが形骸化し、極秘にされている情報もあるが、公開されている分だけでも有用であるというのも事実であった。


「いえ、あの作戦をご存じとは…流石は富川工業。勉強熱心な方が多い。ですが、大したことはしていませんよ。いつの世も、ただの力技が最も有効な時だってある」


 キムは懐かしそうに、かつての大博打について思いを馳せる。まず行ったのは、火種を探す事であり、彼が目をつけたのは些細な嫉妬と不満であった。クリエイターやエンタメ企業の中には、芸術の作り手という驕りが大なり小なりある。時にそれを権威として利用し、自身を支持する者達を利用してアンチ的なスタンスを取る人間を攻撃する事もしばしばであった。当然、それに反感を抱く人間も多い。つまり、この手の連中に対して世論が棒で殴る機会を与えてやればいいのだ。


 次に必要なのは駒である。政治団体、ギャングや半グレ、DEI活動家、簡単に靡きそうな大御所のクリエイター達…金をチラつかせれば、簡単に操れる人間達だけを選定し、様々なルートを通して足が付かないように指示を出し、業界に手先を潜り込ませる。思い返してみれば、余計な仕草をせずに黙って活動していれば、疑う事すらせずに文句も言わない人間がオタク層に多かったのが幸いだった。


 その後、各国のマスメディアとSNSのインフルエンサーに働きかけた上で、「エンタメ業界は業界ぐるみの脱法的なスキームや、反社会勢力との癒着によって私服を肥やしている」という情報を流布した。脱税、脅迫、取引先への迷惑行為…デマでも何でもいい。とにかく数を打って目につかせる。この時点で日本やアメリカでは、個人で活動しているインディ・クリエイターたちが敵視され始めた。料金の提示もせず、わがまま放題な上に納期すら守れないという人間がザラにいた界隈でもある。疑われるのは当然であった。


 そして世論がエンタメ業界やそれに携わる人間達に懐疑的な目を持ち、議論が賑わってきた段階になると、金で雇った駒を動かし始める。密かに活動していた彼らに莫大な報酬を与えた上で、コミコンやコミックマーケット、制作現場、更には映画祭などで様々な問題を引き起こさせる。非合法な売春、窃盗、薬物の取引、エンタメとは何の関係も無い破壊と殺傷を伴う政治デモ活動、そして生放送中での業界のいざこざに見せかけた殺人。これによって世論を、「全ての原因は、このような犯罪の温床と化している現状を放置していたクリエイターとパフォーマーと業界…そしてそれを盲目的に支持する客層側にある」と誤認させたのだ。


 そこからとどめを刺すように、活動家による圧力を使って業界側に表現規制を行わせ、健全だと判断された活動以外の一切を封じた。こうして梯子を外され、路頭に迷っていたクリエイターや消費者達に、すぐさま”マキナ”という生成AIサービスを発表する。「客が任意で掛けられるセーフティ機能を除き、一切の規制は行わない。インセンティブも与える。誰も損をしない本物の自由な創作の場を与える」というお題目と共に、瞬く間に支持を集めてみせた。特に協会や組合の大御所たちが真っ先に平伏す姿が決定的になり、誰も文句を言えない内にプラットフォームとして急速に成長する事となったのだ。日本やアメリカでは媚を打った作家や業界関係者が古臭い化石たちの攻撃対象になって殺されたりもしたそうだが、まあ知った事ではない。


「火種はそこかしこにありましたから火を付けるのは簡単でしたし、私も被害を受けた身という事もあってノリノリでした。でもしょうがないでしょう ? 中学生の頃、イラストを描いて欲しいと、相場がよく分からない中でどうにか頑張って金額を日本円で20万ほど提示したんです。大金でしたよ。今ほど円安が進んではいない時代でしたから。そしたら金額が気に入らないと言ってそのイラストレーターにSNSのアカウントを晒された挙句、信者たちから誹謗中傷の嵐でした。そこからですね。私が旧来の腐ったエンタメなんて滅んでしまえと思ったのは」

「ハハッ、これは中々過激ですな」

「だが、私の様な不満を持つ人間は少なくなかった。だからこその現在ですよ」


 やがて一同は、富川工業が提供した試験用らしい乗用車両の前に立つ。セッティングを終えた車両が始動すると、面白い事にデフォルトで設定されているものとは全く違う声と口調の音声が流れ始める。更にはナビゲーション用のパネルにAIで制作したキャラクターがナビゲーターとして映るだけでなく、車載用のホログラムによってあたかも助手席に座ってくれているかのような光景まで見せてくれた。


「我々のAIサービスはアップデートを重ね、遂に車にまで力が及びます。自分好みにカスタマイズしたキャラクターが相棒として…ドライブの仲間としてカーライフに付き添ってくれる。見事な物でしょう ? これはまだまだ序の口です。ここからお見せするのは―――」


 キムがそこまで嬉しそうに語って披露をしていた直後、付近で待機していた富川工業の護衛が足早に接近し、補佐役の女に何やら耳打ちをした。


「…少し、急用が出来ました。カミナカさん。私はここで」

「ああ、気を付けて行ってくれ」


 補佐役の女はそこまで伝えてから、キムに対しても笑顔を崩さずに一礼をする。そして急ぐようにその場を去るが、一度だけポケットにあったらしいスマホを取り出して確認をする。その場の誰もが知らない事ではあるが、「武運を祈りますよ。エル・ビー」というメッセージがカミオカのナノマシンから届いていた。そのメッセージを確認してエレベーターに乗り込んで下層に向かい、エントランスを出る頃には不慣れな笑顔が完全に消えていた。そこから自動運転で到着済みの愛車に乗り込み、車が動き出した直後に全てを解除する。


 髪の色が変わって急激に伸び、筋肉が僅かに盛り上がり、皮膚が変色し、出る溜息には先程までと違った低い声が混じる。眼球は文字通り零れ落ち、歯も抜け落ちた後で急速に生え変わっていく。零れ落ちた肉体の部位はすぐさま消滅し、やがてルームミラーで改めて自分の姿を確認する。問題は無い。


「俺だ。状況を説明しろ」


 ハンドルを握って手動運転に切り替え、ヒロシはすぐさま()()()()へと報告を要求した。

作者のコメント:お待たせしました。チャプター2の始まりです。


※次は恐らく、五月月中旬辺りになるかと思います。

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