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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
91/97

第七章「天満月国その弐」 参

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

紫焔を捕らえた朔月から呼び出しを受け、紅蓮が私室を訪ねると、そこには年若い二人の兵士がいた。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


※紅蓮視点



三.


 紅蓮(ぐれん)は母国に戻ってから精力的に活動していた。

 駐屯所に足を運び、多くの兵士たちと顔を合わせる。休む暇はない。

 しかし、西の駐屯所の牢だけには近づけなかった。朔月(さくづき)からの承認が得られないからだ。許可など無視して侵入しても構わないが、それは最終手段だ。


 紅蓮は兵士たちにそれとなく尋ねることで、囚われた(かなめ)と菜々子が無事であることは把握していた。

 尋問等も行われていない。どうやら朔月は二人を拘束するだけに留めているようだ。

 単純に興味の外なのか、紫焔を捕まえることを優先しているだけなのか。朔月の思惑は分からない。

 何にせよ、要と菜々子がこのままいつまでも無事でいる保証はない。少しでも早いうちに助けなければならないだろう。 


 紅蓮は現在、朔月に監視されている。

 気配を断っているようだが、常に遠くから視線を感じていた。至近距離で見張られていないだけ易しいものだ。

 兵士たちとの会話が漏れる心配はない。

 紅蓮は素知らぬ顔で顔見せとばかりに兵舎を歩き回った。


 兵士たちから請われ、特訓することもある。

 年若い兵士たちは呑み込みが早く、上達速度にも目を瞠るものがあった。ほんの少し、かつての紫焔(しえん)の面影が重なる。

 この国の集落で彼を鍛えていた頃は随分と平和だったように思う。


 そうこうして過ごしている間も朔月からは何の音沙汰もない。

 犬狼(けんろう)討伐の任務はなかなか言い渡されなかった。犬狼の襲撃は止んでいないというのに。

 市井の人々が次々と被害を被っている。

 兵士のほとんどがそんな現状を憂いていた。当然だ。街に家族を残し、ここに来ている者も多い。

 潤沢な武器があるわけではないにせよ、動くに動けない現状に不満を持つ者もいる。


 ──新王陛下は何を考えておられるのか。


 兵士たちの間で不穏な気配が渦巻いている。

 最強とさえ謳われた紅蓮が生きていた。本人も討伐に向かう意思がある。それなのに命令を下さない。

 不満が蓄積されていっても変わらず動きはないまま。

 待てど暮らせど討伐任務が始まることはない。


 兵士たちから話を聞くと、紅蓮が城に戻る数日前に一部隊が特殊編成されていたことが分かった。

 彼らは犬狼討伐へと送り込まれたが、成果は芳しくない。部隊からの連絡はすぐに途絶え、今や殉職扱いとなっている。

 その生死を確認することも儘ならない状況なのだ。


 満月の夜。

 紅蓮は朔月に呼び出されて私室を訪問した。


「今宵は満月だ」

「討伐の命令を出す気にでもなったのか」


 紅蓮は容赦なく皮肉気味に返す。

 朔月がくっと喉の奥に笑い声を吞み込むような息を漏らした。


「犬狼どもは満月に狂うと知っているか?」

「兵士たちから聞いている」

「──では、やつらは月が満ちていくごとに力を増し、欠けていくごとに凶暴性を削がれていく傾向があることは? 満月の晩に集う数こそが総数に近いという話は知っているか?」

「何?」


 紅蓮は耳を疑った。

 満月の夜は多くの犬狼が凶暴性を増し、被害が甚大になる。紅蓮が耳にしたのはそこまでだ。

 兵士たちがあえて情報を隠したわけではない。

 彼らは知らない。たった今、朔月が告げたこの予測を。


「それは根拠のある話なのか?」


 紅蓮の問いに朔月が口を開く。

 しかし、返答の言葉が紡がれることはなかった。

 まるでその瞬間を計ったように、犬狼が王城の敷地内に現われたためである。


 王の私室は城の最上階の中。

 犬狼が暴れているのは門近くの広場。現場に到着するまでそれなりに時間がかかる。

 紅蓮は報告を受けた後すぐに駆け出した。しかし、こちらが駆けつける前に事態は収束する。


 事を治めたのはなんと、敷地内に侵入していた紫焔だった。


 ──無事だったか。


 入国後の紫焔の消息が分からないままであったことは、紅蓮の無愛想な仮面の下に動揺を生んでいた。

 その場に居合わせた兵士たち曰く、紫焔は犬狼の頭上に飛びかかり、見事に獣の動きを封じたらしい。

 新王やその側近たちの目を盗んで兵士たちから零れ落ちたのは感嘆の息だった。


「まるで伝説の神のようだった」


 そんなふうに話すのは、紫焔がこの国の王家にのみ伝わる見目を正しく受け継いでいたからだ。

 希望を失いつつあった兵士達の双眸に、僅かながら光が宿っている。

 新王の足元から少しずつ、本人さえ気づかぬほど些細な波紋が広がっていく。

 紅蓮はその事実を肌で感じていた。




 広場で大立ち回りした紫焔はすぐに兵に捕らえられた。

 朔月は紫焔を玉座の間に連行させ、わざとらしく紅蓮をその場に呼び出す。

 下らない演出だ。


 紅蓮は最初から口を挟むつもりはなかった。

 朔月はよほど紫焔に恨みがあったのか、嘘まで並べ立てて紫焔の精神を追い詰める。

 まるで紅蓮が、陽輪ノ国(ひわのくに)で再会した時から朔月の命で動いていたかのような語り口だ。

 紅蓮は内心で舌打ちする。


 紫焔は犬狼を一刻も早く退治すべきだと必死に訴えた。しかし、朔月は聞く耳を持たない。

 表向きは既に兵士を何人も送り込み、その度に大きな損害を受けているせいである。

 朔月が腹に抱える裏の事情については不明だ。


 その晩、天満月(あまみつつき)国では多くの被害が出た。

 王城も幾度か犬狼の襲撃を受け、そこまできてようやく紅蓮に刀を握る許可が下りた。

 紅蓮は兵士たちと共に王城に侵入した犬狼たちを撃破する。討ち漏らし、追い返すこととなった犬狼も数体いた。

 戦績としては悪くない。

 しかし、今月の満月の夜だけでも多数の死傷者が出た。満月は何も今日限りではない。この先何度も訪れる。

 その度にこのような被害を出していては、国は立ち行かなくなってしまうだろう。


 この国の先行きの不透明さを紅蓮は痛感した。








 紅蓮は王の私室へと向かっていた。

 夕刻になってから呼び出しを受けたのだ。中へ入ると、そこには朔月と年若い二人の兵士がいた。彼らも呼び出されたらしい。

 朔月は到着した紅蓮を見るなり、口角を持ち上げて妖艶にも見える奇妙な笑みを浮かべた。


「今回初めて()()を目にしたが、他人としか思えぬものだな」

「似てないからでは?」


 紅蓮はあっさりと応える。

 事実、朔月と紫焔は似ていない。紫焔が実の母親の容姿に似ているのか、朔月が先王の妻似なのか。

 王の色の遺伝だけは紫焔ばかりに偏ってしまったようだ。


「やつには卑しき血が混ざっているからな」

「母親の顔は知らないが、()()は王にも似ているようだが」


 紅蓮の言葉には”容姿ではない部分が似ている”という説明が必要だろう。

 しかし、朔月には正しく伝わった。


「信楽紅蓮。次にいらぬ口を利けば飛ぶのは紙刃ではないぞ」

「失敬」


 朔月と紅蓮のやりとりに目を白黒させているのは若い兵士たちだ。

 紅蓮は僅かばかり申し訳なくなった。仕方なしに話を切り上げ、本題に踏み込む。


「何か用が?」

「──ああ、余興でもどうかと考えてな」

「余興?」


 朔月が優雅に室内を歩く。彼は窓辺に立ち、カーテンを引いて外の景色を眺め出した。

 月が顔を出している。その月は一部が欠けていた。

 これから徐々に犬狼の襲撃は減っていくはずだ。そして、新月から満月へと向かうごとに再び襲撃が増えていく。

 まるで満月が犬狼に力を与えているかのごとく。


 つくづく、天満月は月と縁のある国だ。

 王家の者はそれ特有の色を持ち、月の光に反応して浮き上がる紋様を体に刻まれた状態で生まれ落ちる。

 しかしそれも、時代とともに薄れている。

 現に、朔月の体は月の光を浴びても紋様が浮かび上がらない。それがたとえ満月の夜であったとしても変わらない。

 朔月には王家の者に伝わるという紋様がないのだ。


「弟君は牢に囚われるなど初めてのことだろう。さぞかし怯えているに違いない。寂しい思いをさせてはならぬ」


 一人満足気に頷く朔月に、兵士たちも困惑している。


「そこでふと思いついた。なんでも弟君は異国の地で身売りをしていたとか」


 雲行きの怪しい内容に紅蓮は眉を寄せた。


「それが何だ」

「夜は人肌恋しくなるやもと思ってな。どうだろうか? 弟君をお慰めさし上げるというのは」


 その相手として年若い兵士二人が選ばれた。

 朔月はこれらの発言を真面目に口にしているわけではない。この男はただ紫焔を侮辱したいだけだ。彼が望んでいるのは紫焔をとことん追い詰めることだろう。

 慰めなど口実にすぎない。そのための手段が何であっても構わないだけだ。

 そして、紫焔を貶めることで紅蓮の出方を窺っている。

 紅蓮についた見えない首輪の手綱の先が、己の手元にあるかどうか。それを確認したいのだ。


「これは弟君へのせめてもの手向けだ。私からの温情である」

「余興と言うのであれば」


 紅蓮は朔月の言葉を遮るように口を開いた。動揺していた兵士たちが紅蓮を窺っている。


「もっと良いものがある」

「……何だ?」


 紫焔の処刑日は近い。その前にやっておくことがある。

 紅蓮の提案を、朔月は痛快だと言わんばかりの表情で受け入れた。




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