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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
90/90

第七章「天満月国その弐」 弐

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

朔月と言外に腹の探り合いをする紅蓮。そんな中、紅蓮の前に思わぬ人物が現れる。



以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止

※紅蓮視点



二.


 紅蓮(ぐれん)は王の私室に呼び出された。

 扉の前には二人の衛兵が立っている。彼らは紅蓮を横目で見るに留め、口を開くことはなかった。朔月(さくづき)に近い兵士達ほど教育が行き届いている印象だ。

 紅蓮は両脇からの視線を流し、扉を叩いてから部屋に入った。


()()()()()()()と、かつて私が重宝していた()()()()。二人を捕えて西の牢に入れておいた」


 朔月が感情の籠らない声で告げた。

 西の駐屯所に常駐するのは元左軍の者ばかりだ。さすがに考えている。

 おそらく朔月は、紅蓮を試している。

 ──朔月につくか、紫焔につくか。

 要たちを(だし)に使って立場の選択を迫られているのだ。


「この二人は不法入国者だ。極刑に値しよう」

「通常、不法入国者の罰則は禁固三年および罰金であったかと」


 紅蓮からの反論が予想外だったのか、朔月が不快そうに顔を歪めた。


「庇うか」

「極端な罰則は不信を買うと言いたいだけだ」

「現行法などあってないようなもの。私の一声でいくらでも書き換えられよう」


 ふんと鼻で笑う朔月はどこか自慢げだ。

 紅蓮はあくまでも淡々と返した。


「それでは暴君だ」


 朔月は突如眦を吊り上げて紅蓮の目の前に勇み寄る。


「信楽紅蓮。お前はこちら側につく気があるからここへ来たのだろう?」

「……まぁ、そうだな」

「ではその無礼な態度をまず改めよ」

「善処する」


 いけしゃあしゃあと言って返した途端、朔月が円卓に置いていた紙刃を投げつけてきた。

 紅蓮は反射的にそれを避けようと動く。襲い掛かって来た紙刃は紅蓮の目元を僅かに掠めて床に落ちた。

 紙刃の落下音が沈黙の室内に嫌に響く。しかし、その音で冷静さを取り戻したのか、朔月はすっと気を静めた。


「ところで、お前は前の主殿の行方が気になりはしないか?」

「……見張りを、立てているんだろう?」

「そうだ。その見張りからの連絡が入った。無事にこの国へ入ったと」


 紫焔が七年ぶりに母国の地へ。

 紅蓮は複雑な心境になって無言を返す。


「お前は見張りが誰なのかを気にしていたようだったな。教えてやろう」


 朔月が片手をあげる。その瞬間、それまで僅かもなかった三人目の気配を紅蓮は感じた。

 部屋の死角にいる。紅蓮はほとんど反射的に警戒した。

 そこからぬるりと現れたのは見覚えのある女である。


 緩やかに波打つ長髪。腰に巻き付けた帯に刺さる巨大な紙。

 女は名をリリファ・ソーラン・ブライムスという。己の足で現地に赴き、地図を書いていると話していた人物だ。

 紅蓮たちはこのリリファと陽輪ノ国(ひわのくに)を出国した船の中で遭遇している。


「お久しぶりです」


 ぺこ、と頭を下げる彼女からは殺気など微塵も感じられない。

 紅蓮からすれば彼女は完全に意識の外にいる存在だった。俄かには信じ難い光景だ。


「あの、それであの方とはいつ会えますか?」


 リリファのきらきらした双眸には悪意はおろか何の含みもない。子供のような無邪気ささえ感じさせた。

 紅蓮は振り返って朔月を睨む。

 無礼で無骨な男が初めて見せた感情らしい感情に、朔月がしてやったりと目を細めた。


「この女は非常に稀な才能を持っていてな。どこへなりとも潜り込んで相手に気取られない。戦闘能力は皆無ではあるが、お前たちの動向を見張るだけならばこれほどの逸材はいない」


 朔月曰く、リリファは船の上で出会った後に紅蓮たちを追いかけて来た。

 陽輪ノ国からどこへ向かうかまで把握されていたのかと驚く。しかしどうやら彼女は最初、巌流国(がんりゅうこく)の隣国周辺を探っていたらしい。

 そこで情報が得られないと悟り、リリファはすぐに一行が巌流国に向かったと結論付けた。そして見事に紅蓮たちを発見したのだ。

 その鋭い嗅覚と身を隠す上手さはまさに類稀なる才能だった。


 リリファは攻撃性を持たない。悪意も殺意もない相手では、紅蓮が気づけなかったことにも頷ける。

 今の彼女の様子から見ても、自分が朔月に利用されていたとはまるで思っていないようだった。


「あの、新王陛下?」

「働きに応じて天満月(あまみつつき)の地図を与える」

「ありがとうございます!」


 ぱっと表情を明るくしたリリファの手に、朔月から地図が渡された。

 それを大事そうに抱えた彼女は上目遣いになってもう一度同じ問いを繰り返す。


「それで、あの方にはいつ会えますか?」

「ご苦労。もうお前は必要ない」

「……どういう意味ですか?」

「会わせる必要がないという意味だ。あの男は近いうちに処刑台にのぼる。顔が見たいのであればその時に見ると良い」

「処刑台!?」


 朔月は声を張り上げたリリファを煩わしそうに見下ろし、従者に命じて退室させようとする。しかし、予想外のことを聞かされた彼女は抵抗して朔月に手を伸ばした。

 リリファが再三言っていた「あの方」とは紫焔(しえん)のことだったのである。


「待って! 彼の同行を伝えるのは無事に母国に迎え入れるためだと、そう仰っていたではありませんか!」


 リリファの悲痛な叫びは扉の閉まる音と共に消えていく。


「騙して利用していたのか」

「必要な報酬は与えている。何の文句があるというのか」

「報酬……」


 紅蓮は懐から白い紙を取り出した。

 白城の里で第三者から渡された伝言だ。そこには、天満朔月の配下に下れば大将以上の地位と賃金を約束する旨が記されている。


「疑心暗鬼になるな。お前への報酬も当然、支払おう」

「随分と羽振りが良いものだな。国は疲弊している様子だが」


 朔月は紅蓮の指摘を笑みで呑み込む。


「王家が富めば国はいずれ栄える。国とは王だ。まずは王が豊かにならねばならない。金があれば人は買える。人員は吐いて捨てる程手に入るのだ。信楽紅蓮、お前がここにいることもその証拠ではないか」


 天満朔月が金を潤沢に蓄えているのは、国家・国民に使うべき金を王家で独占しているからだ。しかし、金で人が動くという現実は確かに存在する。

 生きるには金が要る。食料を手に入れるためにも、怪我や病気を治療するためにも必要なものだ。

 紅蓮は肯定も否定もせずに朔月の言い分に耳を傾けた。


「それはさておきお前の元主殿のことだが」

「──捕えるなら協力するが」

「時が来れば指示を出す。それまで待て」


 朔月は興味が尽きた様子で片手を振る。これ以上の話はないということらしい。

 紅蓮は踵を返して王の私室を出た。




 収穫はあった。最も懸念していた監視者の素性は知れたのだ。

 次に紅蓮が行ったのは、強引に退室させられたリリファを探すことである。彼女はすぐに見つかった。


「約束が違う」


 門の前で悲痛な声が叫ぶ。

 リリファは敷地から追い出そうとする兵士たちに抗っていた。


「そんなことのために見守っていたわけではない」


 何度も繰り返される叫び。

 兵士たちは詳細な事情も知らず、リリファの訴えに困惑している様子だった。

 紅蓮はそこに割って入り、彼女を連れて門から離れた。


 興奮冷めやらぬリリファを石垣の上に座らせる。

 門番には声までは届かない位置だ。

 紅蓮は彼女が落ち着いた頃合いを見計らって声をかける。


「王にはなんと言われていたんだ?」

「……彼は、罪の意識に苛まれていて母国に戻ろうとしない。でも王は彼を受け入れたいと思っていると。だから協力してほしいと言われました。それなのに……」


 リリファは俯いて、朔月から報酬として受け取った地図を握り締めた。


「地図を手に入れたのに、こんなに悲しい気持ちになったのは初めてです」

「その地図はどんなものなんだ?」

「これは七年前までの天満月の地図です。私の知らない、知ることのできない時代のこの国が、ここにはあります。とても貴重なもので……」


 リリファはさめざめと涙を流した。地図を受け取ったこと自体を後悔していそうな様子だ。


「……いいか、よく聞け」


 紅蓮は膝を折って、腰掛ける彼女と視線の高さを合わせる。


「今すぐに身を隠せ」

「え?」

「報酬と言っていたが、この弱り切った国にとってはたとえ七年前ものであったとしても詳細な地図が他者へ渡ることは看過できるものじゃない。おそらくだが、その地図ごとお前は消される」

「え!?」

「身を隠せ。お前ならば必ず生き延びられる」


 紅蓮は淡々と、しかし偽りなく伝えた。

 情報は武器だ。使いようによっては命取りとなる。天満朔月が易々と他国の者に明け渡すとは思えない。

 もし、リリファに渡された地図が偽物だったとしたら──ここまでの心配はしなくて済むか。答えは否だ。

 朔月の紫焔への執念は並のものではない。海を越えた国にまで追手を寄越すほどだ。紫焔の存在を認知している彼女を野放しにするだろうか。

 杞憂ならばそれで良い。しかし、杞憂でなかった場合は彼女の命が失われる。


「分かり、ました」


 ぎゅうと地図を握り締めたリリファは、憤懣やるかたなしといった様子で頷く。そして、勢いよく顔を上げて紅蓮に縋りついた。


「あなたは、あの船で私を助けてくれた彼の味方ですよね? 彼のことを助けてください。お願いします」

「俺は……」

「どうか、どうかお願いします」


 縋りつく細い腕をそっと外し、紅蓮は立ち上がる。


「軍の人間だ。お前の希望は聞けない」


 目の前の顔がみるみるうちに絶望へと塗り替えられていく。しかし、撤回はできない。

 紅蓮と見知らぬ女の様子を、門番が遠くからじっと窺っている。声までは届かずとも下手なことは言えない。

 紅蓮は「すぐに身を隠せ」と念を押してから踵を返した。




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