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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編
84/84

第六章「天満月国」 漆

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

来る満月に備え、寄合所で忙しく働きまわる紫焔。いよいよ満月を翌日に控えた夜、朝陽が負傷した兵士を抱えて戻って来る。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


七.


 夜も深まり、朝陽(あさひ)の勧めで紫焔(しえん)は彼の家に泊めてもらうことになった。

 紫焔の体重を受けて木製の寝台がぎしりと軋む。


「朝陽が長椅子で本当に良いのか?」

「お客さんには寝台だろ。ただし今日だけな」

「もちろん」


 家主である朝陽は寝台の近くにある長椅子に寝転がった。


「……いつか」


 紫焔は天井を見上げてゆっくり目蓋を閉じる。


「ん?」

「いつかまた、この店を開ける日が来ると良いな」


 綺麗事だと朝陽は受け取るだろうか。それだけ今の彼が置かれている状況は決して易しくはない。

 紫焔の願望は夢のような絵空事でしかなかった。


「その日が来たら、絶対に食いに来てくれよな」


 しかし、応えた朝陽の声は終始穏やかだ。

 紫焔は閉じていた目蓋を持ち上げて身を起こす。

 朝陽は長椅子に寝転んだまま、両腕を枕にして視線だけをこちらに向けていた。


「約束な」

「うん。絶対に食べに来る」


 こくりと大きく頷く。そして、紫焔は満面の笑みを返した。



 翌朝、目を覚ますと長椅子は既にもぬけの殻だった。

 紫焔は慌てて起き上がり一階へと駆け下りる。

 朝陽は調理場にいた。鍋からほわほわと湯気が立っている。同時に空腹を刺激する良い匂いが鼻孔を擽り、紫焔はうっかり腹を鳴らした。


「おはよーさん」

「おはよう」


 腹を撫でながら朝陽の隣に立つと、鍋の中がよく見えた。

 煮込まれているのは栄養たっぷりの野菜の数々。そこに肉も少し混ざっているのが見える。


「寄合所に持って行くんだよな? 俺が運ぶよ」

「まぁ待て」


 香辛料を振りかけて鍋の中をかき混ぜ、朝陽は鍋に蓋をした。そして体を横へと移動させ、隣で手際よく野菜を切っていく。

 紫焔が見惚れている間に素早く皿に盛りつけられたそれを「ほいどうぞ」と渡された。


「朝飯な」

「え、いいのか?」

「腹を空かせてちゃ碌に働けないだろ。俺も一緒に食べるから帳場に持って行ってくれ」

「了解」


 帳場の机の上に皿を二つ並べ、場を整える。

 そうしているうちに調理場から朝陽が洋盃(コップ)を二つ持ってやって来た。差し出された一つを手にして中を覗くと、白い色の液体が湯気を立てている。


「これって山羊の(ミルク)?」

「そ。朝晩はとくに寒いからな。飲んで体温上げときな」

「ありがとう」


 天満月(あまみつつき)では頻繁に飲まれるものだ。久しぶりの故郷の味に紫焔は体だけでなく心も温めた。

 朝陽が作った朝食は豪快な盛りつけからは想像できないような繊細な味わいで、口に含んだ瞬間に咀嚼せずともその美味しさが伝わるほどの出来栄えだった。

 紫焔は一口頬張るたびに頬が緩むのを止められず、素直すぎる反応を見た朝陽に苦笑されてしまう。


「美味しいんだよ」

「どーもどーも。そんだけ喜んでもらえるとこっちも腕が鳴るよ」

「朝陽くらい料理が上手だったら、俺も芋なんて感想は貰わなかったかもなぁ」

「何だそれ?」


 ついつい愚痴が零れて朝陽を困惑させる。

 紫焔は笑いながら、かつて自分が振舞った料理を食べた相手が「芋だ」としか言わなかったことを話した。


「そいつ、きっと気を遣うのが苦手なんだな。それでもなんとか紫焔を傷つけないように絞り出した感想だったわけだ」


 頑張ったんだな、と朝陽が誰かも分からないはずの相手の健闘を称える。


「どういう意味だよ」

「だって不味いって言えなかったんだろ? 優しさだなそれは」

「……やっぱり、不味かったのか」


 かしゃん、と手から匙が滑り落ちた。

 紫焔は紅蓮の顔を思い出してがっくりと肩を落とす。


「まぁまぁ、そういうこともあるって。大丈夫。料理なんて慣れだ」

「慣れかなぁ」

「やってりゃ美味しく作れるようになるさ」

「……朝陽」

「ん?」


 じっと慰めてくれる朝陽の顔を見つめる。どこからどう見てもその顔は輝いていた。


「楽しんでるだろ」

「バレたか」


 朝陽はイヒヒと歯を見せて笑う。


「人の失敗談って良いおかずになるよなぁ」

「性・格」

「冗談だよ」


 からっと笑う朝陽には邪気がない。言葉通り、悪意も感じられなかった。


「責任取って朝陽に料理を教えてもらおうかな」

「おー、そんな機会があればな」

「機会っていうのはつくるものなんだよ。朝陽先生」 


 紫焔は人を食ったような笑みを浮かべて見せる。瞬いた朝陽にとある提案をした。



 寄合所は昨日と変わらず人で溢れている。

 朝食を終えた後はひたすら手当や衣類の洗濯などに明け暮れた。


 紫焔もあくせくと働きながら、それとなく寄合所に来た人たちにあれこれ質問してみた。軍や犬狼(けんろう)についてだ。

 大抵は新聞記事に掲載されていた通りの内容が返ってくる。しかし、その中には朝陽と同じように右軍への信頼を失っていない者もいた。

 それはかつての右軍が確固たる功績を残してきた証だろう。


「紫焔、昼の準備」

「分かった」


 忙しく動いている間に時間は早馬の如く過ぎていった。

 朝陽に声をかけられた紫焔は腕まくりをして調理場へ移動する。実は今朝、紫焔が彼に提案したのはこの昼食の手伝いだった。

 そこで料理を教えてくれるように依頼したのだ。朝陽はあっさりと快諾してくれた。


 その日の昼食、夕食は朝陽を手伝って紫焔も料理を作った。

 評判は上々。先生の腕が良いおかげだろう。

 こうして一日はあっという間に過ぎた。


 まるで嵐への備えのようにあちこちに板を張り、守りを固めていく。その間も怪我人の手当は続く。

 紫焔は扉の補強を手伝いながら衣類の洗濯に走り、朝陽の料理を手伝って止まることなく動き回った。

 そして、とうとう夜が訪れる。空に浮かぶ美しい月が地上を照らした。

 明日は満月だ。


「怪我人だ!」


 食料を補充に向かっていた朝陽が男を支えながら寄合所に戻って来た。

 既に外は暗闇が支配権を握っている。


 朝陽が運んできた男は肩から腕にかけて酷い裂傷を負い、ぐったりとした様子で床に座り込んだ。しかし、周囲がどよめいたのは怪我の酷さからではなかった。

 男は軍服に身を包んだ兵士だったのである。


「ちょっと朝陽、こいつ兵士だぞ」

「何で連れて来た!?」

「分かってるよ、落ち着け皆。寄合所の前の道で倒れてたんだ。放っておけるかよ」


 朝陽が周囲からの非難めいた声に応える。

 兵士は息も絶え絶えに顔を上げた。


「まだ、外に一人……残ってる。助けてくれ」

「外に?」


 紫焔が確認するために聞き返した瞬間、板を張りつけた窓からどんと衝撃音が届いた。

 寄合所に集まる人々が途端に息を潜める。外からは獣の唸り声が聞こえていた。犬狼がそこまでやって来たのだ。


「頼む、助けてくれ」

「……今、外には」


 朝陽が声を絞り出す。

 出れば犬狼との遭遇は避けられない。どん、と再び板にぶつかる音が響いた。

 犬狼はその鋭い嗅覚で寄合所の中に大勢の人間がいると気づいたのだろう。下手に出て行くわけにはいかない。

 兵士が血に塗れた手で朝陽の腕に縋りついた。


「頼む」


 それは、切実な願いだった。しかし、朝陽だけでなくその場にいる誰もが言葉に詰まる。重苦しい空気が室内を支配した。

 そんな中で口火を切ったのは、犬狼に襲われて負傷した市井の人々だった。


「ふざけるなよ……あんたら兵士は、そうやって必死に縋りついた俺たちを見捨てたじゃないか」

「そうだ、そうだよ! あんたらがふがいないせいで、私たちは今もこうして医者にもかかれないままなのよ?」


 一人が声を上げると、右から左からと次々に声が上がっていく。非難の的となった兵士は苦々しい表情で口を噤んだ。

 どんどん、とその間も外からの衝撃音は続いている。

 紫焔は恐怖がその場に波及するのを肌で感じた。


「俺たちだって命がけで……」


 口惜しそうな兵士の反論は、周囲で飛び交う非難の声で押し潰される。

 紫焔は兵士を見下ろし、彼を連れて来た朝陽を見上げた。

 朝陽は外を窺っている様子だ。取り残されたもう一人の兵士を気にかけているのだろう。それでも、寄合所に集まる人々の悲痛な叫びが彼の足をこの場に縫い留める。

 彼自身もこれまでずっとここで負傷者を手当してきたのだ。兵士に対して思うところがあっても不思議ではない。

 この場にいる誰もが恐怖し、混乱と怒りで冷静さを欠いていた。


 紫焔は兵士の肩に手を置いてから立ち上がる。

 まだ場の空気に呑まれずにいられるのは、新参者の自分だけだ。


「俺が助けに行く」

「は? 馬鹿なこと言うな」


 朝陽がぎょっとしてこちらを見た。

 紫焔は彼に笑みを返す。少しばかり強がりが滲んだ笑みだった。


「けど本当は皆だって、見捨てるのは違うかもって心のどこかで思ってるだろ?」


 犬狼に襲われる恐怖はここにいる皆が知っている。しかし、助けに出たところで新たな犠牲者を生むだけになるかもしれない。

 これまで受けてきた仕打ちがどうしても彼らの決意を鈍らせている。それは当たり前のことだ。


 国民を守り、助けてくれるはずの頼れる存在が今やほとんど機能していない。本来であれば受けられる治療は軍に集中し、医者の手が足りない。

 毎晩のように訪れる犬狼への恐怖。人々は体以上に心を折られていた。

 しかし、紫焔はここにいる誰とも事情が異なる。


「皆を傷つけたのはここにいる彼じゃないし外に残された人でもない。犬狼だ」

「そりゃそうかもしんねぇけど、そもそも軍がちゃんとしてれば……」

「朝陽や皆が複雑な気持ちになるのは分かる。皆に命をかけて助けに行ってくれとは俺だって思わない。でも、俺は助けに行きたい」


 紫焔は言い切って扉へと向かう。すぐに追いかけて来た朝陽が腕を掴んできた。


「俺だって見捨てろなんて言いたくねぇよ。でも現実問題としてさ、犬狼が外にいるんだぞ? どうやって助けるっていうんだよ」

「……手強いけど、勝算はある」

「えっ?」

「朝陽。俺がここを出たらすぐに扉を閉めてくれ。犬狼が入って来ないように」


 紫焔は朝陽に念押しし、扉にかけていたつっかえ棒を外していく。


「紫焔、あんた見ず知らずの他人のために死ぬ気か?」

「……命を粗末にする気はない。前にそれで大事な人を傷つけたからな。あんな顔させるのは二度とごめんだ」


 ぐっと扉を押し開け、紫焔は隙間から外を覗く。

 今は扉の周囲に犬狼の姿がないようだった。出ていくには絶好の機会だ。


「だったら今からあんたがしようとしてることは何だってんだよ?」


 朝陽の困惑した声に、紫焔は振り返った。


「これは俺の我儘だ」


 後は頼む、と言い残して扉をさらに開き、隙間を縫って駆け出す。


「死ぬなよ!」


 叫ぶ朝陽の声が背中に投げかけられた。彼も随分とお人好しな男だ。

 紫焔はそっと笑いながら、それでも振り返らずに走った。




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